◆第27話:影、現る◆
深夜——
山中の、廃れた神社へと続く参道。
苔むした石段には、もう参拝客の足音など久しくない。
ひび割れた狛犬には片方しか頭がなく、灯籠の中の灯もとうに絶えている。
その鳥居の前に、三つ編みの若者と重厚な鎧の騎士が立っていた。
「『黒騎士』、いよいよです。彼女らが去る前に奇襲しなければなりません」
「今回の使命は、貴方に刻んだ通りです。エクリナを優先なさい。
他は雑兵に任せればよいでしょう」
口頭で最終指令を出した怪しげな若者。
「御意……仰せの……ままに……」
兜の奥で見つめるかのように視線を合わせ従う黒騎士。
「それと、この二体も連れていけ。雑兵を率いるのに必要です」
二体の兵が、異空間からぬるりと現れた。
「主ノタメニ……主ノタメニ……」
同じことしか繰り返さない、不気味な神の上級兵だった。
「調整しすぎて、少々壊れ気味ですが……まあ、下級兵くらいは率いられるでしょう」
適当に言う若者。
「さあ、行きなさい」
主に指示を出され、歩き始める三体。
深夜の森は不気味だったが、異形のものの闊歩に獣たちは離れていった。
ザ、ザ、ザ――
鎧独特の足音を鳴らし、着実に進んでいた。
◇
山の麓。
宿から離れた林道の先、薄霧が立ち込める中に、不穏な気配が忍び寄っていた。
黒きローブに身を包んだ、三体の影。
そのうち一体、黒き重鎧を纏った異形の剣士だけが、わずかに感情の灯を宿していた。
その瞳に宿るは、怨念か、それとも執念か。
だが、残る二体に人間らしさはない。
顔を隠した仮面の奥には、感情の欠片もなく、ただ命令に従うだけの兵器のような存在。
傀儡であった――
「……あの魔力。間違いない……魔王が……近くにいる」
黒い騎士は低く呟く。
その声には、かすかな意思の響きがあった。
「剣士も確認……その他も同伴……使命、完遂ノ時期、接近……」
騎士は確認するようにつぶやく。
「主ノタメニ……主ノタメニ……」
二体の傀儡が、どこか壊れた人形のように、とぎれとぎれの声で繰り返す。
黒騎士の腰に添えられた双剣が、鈍く瘴気を放つ。
『魔哭神軍の残党』
だが、意思なき意思がある者は彼ひとり。
他の二体は、ただ雑兵。送られた“道具”に過ぎない。
黒い騎士は告げる。
「魔王と……相対せよ……目的は、ただ一つ……因子の回収」
「これが……使命……」
黒い騎士は、二体の上級兵に命じる。
「お前たちは……兵を率い……剣士たちと戦え」
三人が進むほどに、足音が増えていく。
ザッ、ザッ、ザッ――。
気づけば、いつの間にか百を超える兵が背後に列を成していた。
ボロボロの鎧をまとい、錆びた剣や斧を握りしめた、
魔哭神の下級兵たちである。
壊れた上級兵の二体は言葉なく頷く。
宿へ続く道をゆったりと着実に歩む。
引きずられた剣の刃が、石を擦るたび、甲高い火花が夜気を裂いた。
それは亡霊のように、怨霊のようにも見えた。
言われるがままに、与えられた命令をなぞるように行動する傀儡たち。
神なき世界で、新たな命令だけを道標に、戦場へと赴く。
その様子を、さらに離れた林の影から見下ろす者がいた。
少年のような、少女のような中性的な姿。
紺色の三つ編みをたなびかせ、薄く笑みを浮かべている。
「……いよいよですか。『黒騎士』は試作品としては上出来ですね。あれがどこまで通用するか……」
「身体能力、反応速度、魔力出力……どれも規格外。けれど、“意思”だけが欠けている。
だからこそ、道具としては扱いやすい。ふふ、やはり将級兵を元に改造したのは正解でしたね」
細く白い指先が、宙に浮かぶ幾つもの魔法式の映像をなぞる。
若者は、黒騎士の図面を改めて見下ろし、満足げに口角を吊り上げた。
冷たい瞳の奥に潜むのは、観察者の眼。
それは、さらに深い計画と暗き欲望を秘めた影だった。
「楽しみだな……エクリナ……か」
「神に気に入られた玩具、しっかりと見せて頂きましょう」
若者の口元が、玩具を与えられた子供のように、しかしどこか歪んだ角度で吊り上がる。
それは信仰というより、執着に近い色を帯びていた。
怪しく告げた若者は、忽然と姿を消した。
残るは、微かな空間の揺らぎだけであった。
物語は、静かに、しかし確実に動き始めていた――。
それは、長き因縁へと続く序曲にすぎなかった。




