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魔王メイド・エクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第三章:静穏と影の狭間

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30/201

◆第26話:湯郷と笑い声◆

翌朝。

宿の朝食を終えた一家は、それぞれの時間を自由に過ごしていた。


「……ふむ、庭の造りもなかなか。木々の手入れも行き届いておるな」

エクリナは縁側に座し、湯上がりの身をそよ風に晒しながら、優雅に緑茶を嗜んでいた。

隣ではセディオスが新聞を広げ、どこか穏やかな表情を見せていた。


「温泉、気に入ったか?」

「うむ。我が選んだわけではないが……評価に値するな」

その言葉に、セディオスは微笑んで湯呑を傾けた。


一方、ライナとルゼリアは再び風呂へと向かっていた。

「お風呂は朝も入らないとっ!」

「……湯あたりしないよう、気をつけてくださいね」

その掛け合いはどこか微笑ましく、仲睦まじい姉妹の空気を漂わせていた。


「……いい空気ですね、エクリナ」

庭から戻ってきたティセラが、そっと呟く。

「うむ、初めての土地だが……これもまたよい」

エクリナは湯上がりの緑茶を一口啜り、穏やかに微笑んだ。


「館に帰ったら、いくつか改装したいですね」

ティセラは一呼吸おいて言葉を続ける。

「皆が気に入った大きなお風呂も欲しいですが……先に街へ買い出し用の空間転移術具を製作すべきかもしれません」


湯けむりに癒された瞳でありながら、その声はいつもの冷静さを宿していた。


「先の様な転移構築で普段用として製作するのだな?」

「はい。私たちの装備が館の保管庫に接続して転移しているように、エクリナの空間転移術式と私の制御方式を組み合わせれば、術具への搭載は十分に可能かと」


「ふむ……ならば、帰宅次第、製作を頼むぞ。我が親友」

エクリナは満足げに頷き、心底楽しそうにそう命じるのだった。


 ◇


昼になり、『霊泉郷セイリョウ』の街に繰り出す五人。

思い思いに浴衣を着て、ライナとセディオス以外は、その上から羽織を重ねていた。

街では湯けむりが立ち上り、硫黄の香りが強い。


湯けむりの合間を縫うように、木札の看板や紙灯籠が揺れている。

どの店先にも、見慣れぬ器や菓子、香草が並び、通り全体が小さな祭りのようだった。

『珍しいものばかりだな』と、エクリナは周囲を見渡しながら感嘆の声を漏らす。


「ここはユヅランの管轄だからな。いろいろ規制が掛かってるんだ」

と、セディオスは説明する。


「そうなの?」

ライナが不思議そうに聞いた。


「文化の流出を防いでると聞いたな、独自の価値観が強い町なんだ。小さい都市と言うこともあり、優位性を保ちたいんだろう」

「ただ、そもそも独特過ぎるので、近隣都市に広がることもないんだがな」

と、セディオスは肩をすくめた。


「へ~そうなんだ」

ライナは感心する。

「確かに独自の文化ですね、この『浴衣』も着こなしに難儀しましたね」

ルゼリアは自身の浴衣を見て言う。

「布一枚ってあまり無いですからね」

ティセラは補足した。


「いつか、ユヅランにも行ってみたいものだ」

エクリナは言う。

「そうだな。ユヅランには『剣豪』の称号を持つ剣士が少なからずいるんだ、独特の剣技でな取得が中々……」

セディオスが剣について語り始めると、その目がわずかに楽しそうに細められた。

その口調には、かつて戦場を渡り歩いた者ならではの熱がこもっていた。


「これは長くなりそうですね……」

ティセラは半ば呆れて聞いている。


「あ、おいしそうなのがあるよ」

ライナが言う。

「行きましょう」

ルゼリアもそれに乗った。

二人は店に向かう。そこは温泉饅頭の店だった。


「うお!なんかすごい。でもいいにおい」

「これは初めての甘味ですかね?」

ライナとルゼリアは興味深そうに見ていた。


水蒸気に蒸され、籠の中に鎮座するこげ茶色の饅頭たち。

香しい匂いが付近を満たす。

「それを五つ貰おうか」

エクリナは横から銅貨を五枚出した。

「ありがとうございます」と店主は言いながら、小分けにして五つの饅頭を渡した。


「うむ」

エクリナはそれを受け取り、ライナとルゼリアに渡す。

「ありがとう王さま~」

「ありがとうございます」

ライナとルゼリアは礼を言う。


後ろから来たセディオスとティセラにも渡した。

「お、饅頭か。久々だな」

セディオスは躊躇なく齧る。

それを見た四人も同じように齧った。

皆の顔に笑顔があふれる。


「くどくない甘さだな、茶にも合いそうだ」

エクリナは一口一口を味わいながら、お茶会の菓子にできるかと考えていた。

「おいしい!」

「ええ、いいですね」

ライナとルゼリアも喜んでいた。

「珍しい作り方ですね」

ティセラは饅頭屋の蒸し器をしげしげと眺めながら、饅頭を口に運んだ。


五人は、饅頭を片手に歩きながら頬張っていた。

「セディオスは、やはりユヅランにも来たことあるのだな?」

エクリナは隣のセディオスに聞く。

「ん?そうだな。人属領は大体行ったと思うな、前は王都にいたんだがな、色々あって世界を知りたくなったんだよ」

セディオスは言う。


「世界を知るか……確かに知らないことばかりだな」

エクリナは、前にいるライナ・ルゼリア・ティセラの談笑を見てつぶやく。

「知るのはいいものだな。笑顔が増える」

「楽しいことは多いんだ。皆で少しずつ知っていこう」

セディオスはエクリナと同じ歩幅で歩みながら言う。


彼らは、新たな世界を歩いている最中でもあった。

夕暮れまで、セイリョウの温泉街見物は続いた。


 ◇


夜が更け、宿は深い静寂に包まれていた。

エクリナは一人、縁側で星空を見上げていた。

冷えた空気の中、湯上がりの肌に夜風が心地よい。


「……まったく、贅沢な時間だな……」

静かに呟くその声音には、どこか安らぎが滲んでいた。

こんな時間が、いつまで続くのだろうか――

ふと胸をかすめたそんな不安を、エクリナはすぐに湯気の向こうへ追いやった。


そのとき、エクリナの隣にそっと腰を下ろす影があった。

「こんな時間に、どうした?」

「いや、エクリナが一人で黄昏れていたからな。相手をしに来ただけだ」


セディオスは、小さな酒瓶と、小さな湯呑を二つ持ってきていた。

エクリナは苦笑しながらそれを受け取る。


「……いつものバーボンではないのだな」

「今日は湯けむりと星空に『柚霞ゆうが』だ。ユヅランの名酒でね。米を蒸して柚子の香りを移し、長期熟成させた静かな酒だ。似合うだろう?」

「ふむ……悪くない選択である」


「こういう時間が、ずっと続けばいいんだがな」

セディオスがぽつりとこぼし、エクリナは湯呑を傾けながら小さく笑った。


酒の注がれた小さな湯呑を傾けたその時、セディオスの表情がわずかに強張る。

「……感じるか? この気配……」

「ああ、来たようだ」

エクリナはそっと席を立ち、夜空を見上げる。


稲妻のような光が、山の向こうに一閃見えた気がした。

空気がぴんと張り詰め、夜の静寂が壊されていく。


「我らが安寧を……穢すつもりか。愚かなる者よ」

その瞳には、もはや湯上がりの柔らかさはない。

漆黒の魔王、その威光が再び灯る。

湯けむりに満ちた夜は、静かに“戦場”の幕開けへと姿を変えつつあった。

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