◆第254話:狂信者たちの安息日◆
魔哭神の居城、玉座の裏には地下工房の入り口がある。
そこからわずかに漏れ出る魔導術具たちの稼働音。
歯車の噛み合う音。液体の循環する音。生き物の心臓に似た律動が、玉座の裏で鳴っていた。
全ての企みが繋がる場所がそこであった。
今、工房に居るのは、紺髪で少年とも少女ともつかぬ容姿の若者、リゼルだけであった。
遺跡都市エル・クラウゼ付近の小街で休息を取り、帰還できる程度に魔力を回復していた。
そして、ようやく工房へ戻れた。
その後――リゼルは脱衣所に居た。
獅子型ゴーレムとの戦闘で服が汚れ、疲れ切っていた。
手早く裸になり三つ編みをほどくと、大浴場に入る。
そして、そのまま湯舟に体を沈めた。
「はあ~~」
自分以外に誰も居ない空間。
リゼルはだらけた声を出して、ようやく安息を得ていた。
湯で顔を洗い、汚れを落としていた。
「作って正解でした……人間の文化も悪くないものですね……」
清潔は、思考を研ぐ——儀式と同じだ、とリゼルは結論づけた。
自身の判断が正しかったと肯定するように独り言をつぶやく。
「今回は散々でしたが……収穫はありましたし、良しとしましょう。でも、わたくしは……何故セディオスを殺さなかったんでしょうかね?」
「本当に共闘のためだったんでしょうか? 確かにゴーレムから生き延びるためには必要でした、だけどそれは結果論です」
遺跡都市エル・クラウゼでのセディオスとの共同行動を振り返るリゼル。
大浴場の天井を見つめる。
「よもや愛着が出たとでも? 神の仇に対して?」
「いえ、今回は利用しただけです。次会ったら……殺します」
それが論理だ。
だが胸の底に、論理では説明できぬ温度が残っていた。
リゼルは推論を繰り返し、言葉にした。
その言の葉は決意であり、ヴァルザへの忠義でもあった。
しかし、セディオスに対してわずかながらの愛着に似た感情が出ているのも事実であった。
リゼルはそれを無視することにした。
それは敵として持ってはいけない”感情”だったからだ。
心を決めると湯の温かさに身をゆだね、指先がふやけるほど堪能した。
◇
新たな服を着て、乾いた髪を三つ編みに結い直す。
紅茶を啜り、遺跡都市から回収した人造魔核の紙片に目を通していると――
ネヴァたちが転移してきた。
四人ともボロボロで、ネヴァ以外は魔力枯渇状態であった。
焦げた布と血、土の残り香が、転移の風に混じっていた。
「リゼル様、ただいま帰還しましたわ」
ヴァイエルナは体の痛みを我慢し、報告と礼をする。
ネヴァ・セルドリカ・レーテシアもそれに続いて敬意を表した。
紙片の閲覧を止めるリゼル。
「相当の戦闘でもあったのですか?」
ヴァイエルナらの姿を見て聞く。
「はぁい、魔王とぉ封界にぃ遭遇しぃまぁしたぁ。だがぁごぉ心配ぃなくぅ、必要なぁ情報はぁこぉこぉにぃありぃますぅ」
問いに答えるネヴァ。
魔導収納鞄を見せ、任務成功と告げていた。
「しかぁもぉ、新たぁにぃ発見しぃたぁ神造生命体ぃの血もぉ回収しぃてぇますぅ」
顔を歪ませ、任務以外の成果も報告するネヴァ。
「亜人属領にも神造生命体が……今度調査する必要がありますね」
「四人ともご苦労でした。一旦休息をとってください、鞄をこちらへ」
リゼルは四人をねぎらい、ネヴァから魔導収納鞄を受け取った。
ヴァイエルナ・セルドリカ・レーテシア・ネヴァの四名は、礼をすると大浴場へ向かった。
それを見送るリゼルは受け取った魔導収納鞄を開けた。
「……はあ~。回収しすぎですね……何冊あるのやら。まあ足りないよりはずっといいですがね」
ぎゅうぎゅうに押し込められた紙片や本を机に出していくリゼルは微笑んでいた。
計画が着実に進んでいることを確かめ、噛みしめるように嗤っていた。
狂信者の企みはゆっくりと確実に進む。
断片を集め、計画を幾つも練り、陰で暗躍していく。
目的遂行のために今日もリゼルは情報を集めていく。
いつかたどり着くために――
安息とは、次の計画を整える時間にすぎない。
今回で十章が完了です。
十章は特にエクリナの世界の広がり方を表現したいがためにのんびりとしており、設定を多く開示しています。
『人造魔核』『マナ』はこれから絡んでくる核となる設定だったりします。
それらがすべて混ざるのはだいぶ先ですが……
また、次回からの十一章は《ドロモス》と《ガルダ》たちに焦点を当てつつ進行していきます。
ロボット好きなものでして、書いてみたかった描写を盛りだくさんにしています。
次回は、『5月14日(木)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いします。
本日もお付き合いいただきありがとうございました!
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