◆第20話:親友の叱責と揺れる王心◆
朝食が終わった頃――
いつもより少しだけ静かな食卓の名残を背に、ティセラは静かに口を開いた。
「エクリナ……、少しお時間をいただけますか」
ティセラの声音は、いつもと変わらず穏やかだった。
だが、その目には確かな鋭さと、静かな怒りが宿っていた。
エクリナは少し戸惑いながらも、無言でうなずき、ティセラの私室へと向かう。
椅子に掛けた瞬間から、説教が始まった。
「……他に、やり方はあったのではありませんか?」
「あれほど派手に吹き飛ばしておいて、“重傷ではない”のは……わたしが、途中で必死に結界を張っていたからですよ?」
「そもそも、二人の魔装を修理するのは……誰だと思っているのです?」
エクリナの顔を真っすぐ見て、言葉を雪崩のように浴びせる。
ティセラはほとんどエクリナには怒らない。常にエクリナの味方であり、傍にいると決めており、庇うことの方が多い。
しかし、今回は許せなかった。言っていることとやっていることが全く違ったからであった。
ティセラは激突の直後から、館を包む結界を張り巡らせていた。
とりわけ闇弾の雨の瞬間は、守護を幾重にも重ねた――それでも、姉妹の傷は深かった。
「エクリナとテラスで話した時に、”必要になったら手を出す”と言ってましたね?」
昨日の発言を思い出すように、ティセラは言葉を重ねた。
「わたしは”優しく”収めるものとばかり思ってましたが?」
皮肉を込めてズケズケと言い続けるティセラ。
エクリナに対して”優しい”と言った言葉は、怪我を最小限にして止めることを期待してだった。
だが、結果は正反対だった。
「……もっと穏やかに済ませられたはずです。あんな“王の鉄槌”など振るわずとも……日常を壊されてお怒りでしたか? それとも、久々の魔法戦で楽しくなりましたか?」
ティセラは、黙りこくるエクリナを冷たく見て、図星を突いた。
「………」
エクリナの指が、椅子の肘掛けをきしませた。
「……止めねば、と思った。だが……怒りと、昂ぶりも混じった」
ティセラに一方的に説教されるエクリナは、言い訳にならない言い訳をポツリと言う。
「その結果、庭が盛大に荒れ地になったのは――誰の責任ですか?」
ティセラは留めとばかりに、戦場となり、ほとんどが焼け焦げた庭を指差す。
「エクリナの花壇も、ルゼリアの農園も、もう跡形もないですね? エクリナが介入する前は、まだ“取り返し”は利きました。でも、あの闇弾の雨で――庭は完全に死にました」
二階から結界を張りながら、すべてを見守っていたティセラは庭が変貌していく一部始終を目の当たりにしていた。
魔法を放つエクリナは、実に楽しそうに嗤い、被害など顧みていないように見えた。
冷静でありながらも、的確に突き刺さる言葉の数々。
ティセラは親友であり、家族の一員。
そして――この館において、唯一の“エクリナに説教できる存在”であった。
エクリナは、その叱責に反論ひとつできず、ただ小さくうなずきながら聞いていた。
その様子は、王ではなく、ただの少女のように見えた。
言われ過ぎて、瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいるようであった。
「あなたの判断が正しいと信じてきました。ですが……家族を巻き込むのは、違うと思います」
「もし、もしですよ……あの二人に取り返しのつかないことが起きていたら、わたしは……わたしはきっと……」
そこで、ティセラの声が一瞬だけ震えた。
「あなたが、あの二人をどう思っているかは知っています。だからこそ、そんなあなたが、彼女たちにあれほどの仕打ちをする姿を見るのは、耐え難いのです」
昨日の猛攻を思い出すティセラは、かつての戦場のエクリナを思い出していた。
仲間以外はすべて敵。冷酷無慈悲な魔王はそうやって制圧を繰り返してきた――その姿を想起していた。
「わたしは、あなたを、誰よりも理解しているつもりです。だからこそ……そんなあなたが、あの二人をあのように扱うのが、腹立たしくて、怖くて……だから、怒っているのです」
ルゼリアとライナを助け、共に支え合い、護り合い、今は家族となっている。
それなのに、感情のままに愛すべき家族を打ち据えた『魔王』を、ティセラは気に入らなかったし、恐ろしかった。
その言葉を聞いた瞬間、エクリナは――唇をぎゅっと噛みしめ、拳を強く握りしめた。
その指先が、かすかに震えていた。
親友にすべてを突きつけられ、いかに自分が愚かであったかを再認識していた。
声にならぬ痛みと後悔が、彼女の胸を締め付けていた。
「……すまぬ、ティセラ」
ようやく絞り出したその声は、どこか震えていた。
視線を床から上げることができず、胸の奥が締め付けられるように痛かった。
親友だからこそ、許される厳しさ。
だが、それは確かにエクリナの心を揺らした。
「……今後は、もっと慎重に行動する。側近たちの……家族の信頼を損なっては、王の名が廃るからな」
そう言ったとき、エクリナの目には涙が滲んでいた。
ティセラはその姿に、小さく息を吐き、そっと近づいてエクリナの頭を抱え、抱きしめた。
自分の胸に押さえつけるようにやさしく抱いていた。
「……ちゃんと謝れて、えらいです」
その言葉は、まるで姉のようであり、母のようでもあった。
「それでこそ、エクリナです」
そのまま頭を撫で、抱きしめ続けた。
それが、“魔王エクリナ”という一人の存在を、誰よりも近くで支え続けてきた、彼女なりの「王」と「友」への証であった。
王が間違ったら、親友が諭す、それがエクリナとティセラの新たな関係でもあった。
少女のすすり泣く声が聞こえる。それをなだめる少女がいる。
こうして、館にはひとまずの平穏が戻ったのであった。




