◆第18話:王の裁きと二つの咆哮◆
戦いはついに、決着の刻を迎えようとしていた。
空の色は橙から濃紺へ移り変わっていた。夜空の下、二つの影が、互いに距離を取って対峙する。
互いを睨みつける炎雷の姉妹。
最早、止まれない、止まらない。
目的は同じ、王の一番の側近になること、認めてもらうこと――まさに意地の張り合いであった。
暴走する二人は遂に、極大魔法の詠唱を口にし始めていた。
ライナは《魔斧グランヴォルテクス》の『雷殛槍刃』形態をルゼリアへと突きつける。
止まることを忘れたライナは、そのまま雷の極大魔法の詠唱を紡ぎ始める。
「響け、怒れる雷よ――、空に吠え、大地を裂け。纏いし魔雷、我が刃と成りて、罪を断て。忍ぶな、赦すな、轟け、裁け」
片や、止めるためにルゼリアは対抗し、炎の極大魔法の詠唱を開始する。
《焔晶フレア・クリスタリア》を『紅蓮双輪』へ再展開し、二重の魔法陣を形成する。
「……刻を焼き、空を裂け――、業火よ、我が王命に応じて姿を成せ。燃え尽きよ、すべての影よ。恐れ、逃げ惑え、そして悔い改めよ。我が名のもとに、紅蓮の審判を下す!」
重なる詠唱。高ぶる魔力。
放った後の結末など、考えていない。
極大魔法の撃ち合いは神同士の戦いに等しい行為——それを理解していない二人ではなかった。
だが、選択してしまった。戦具の最大形態を向け、詠唱は完了してしまった。
姉妹喧嘩の顛末——世界を揺るがすほどの一撃を思いのままに解き放つ。
「グラン・ヴォルトクラッシュッ!!」「ラグナ・フレアドミナンスッ!」
庭の空気が“吸い込まれる”ように静まった。
次の一拍で、館ごと消し飛ぶ――誰の目にも、それが分かった。
魔法名を以て、解き放つ極大魔法。
雷による広範囲地形破壊魔法と、炎による全域制圧砲撃魔法が、同時に放たれようとしていた。
だがその瞬間——
「まだまだ甘いな! アブソリュート・レンド――!」
空間を多重に裂き、縦横無尽の断裂を走らせ、展開中の魔法陣を破壊していく!
魔法干渉に長けた空間魔法が放たれる。
館から出てきたエクリナは魔盾盤を掲げ、高位魔法でルゼリアとライナが展開した魔法陣を蹂躙していく。
魔法式を噛み砕き、充填された魔力を喰らう空間の断絶。
二人を放置し、極大魔法の発動を無効化すべく、魔法陣だけを砕いていった。
二人の喧嘩、もはや戦争に介入した魔王エクリナ。
《魔杖アビス・クレイヴ》を携え、《魔盾盤ヴェヌシエラ》を備え、《深淵纏装ドミヌス・クロア》を纏ったその姿は、まさに『魔王』そのものであった。
二人の元へゆったりと歩くエクリナは碧眼を細目、冷たい眼差しであった。
「……ふん、まったく。日常を壊す愚か者どもが……」
極大魔法を無効化され呆然とするライナとルゼリア。
(止められた!)
(あり得ない!)
二人の内心は一致する。
詠唱まで完了し魔法名まで唱え終えた極大魔法を、発動前に無効化するなど”普通”はあり得なかった。
そう、”普通”であればの話――
(でも、王さまなら出来るかも……)
(王ならば、容易いかもしれませんね)
炎雷の姉妹は、戦争の時からエクリナの傍にずっといた。
だからこそわかっている――尋常でない、神さえ討てる最強の魔王様。
傅く王には”普通”なんて言葉、使えるわけがなかった。
極大魔法は見事に無効化された。
エクリナは二人を見て、静かに微笑んだ。
「では……覚悟はよいな?」
冷徹、冷酷な瞳が二人を見やる。
「「……ッ!?」」
ルゼリアとライナはその瞬間、悪寒が走る。
生物の生存本能、命の危険をすぐさま感じていた。
「闇を往く我が王道、魂に刻み込め……」
「お・し・お・き……開始であるッ!!」
エクリナの怒りが炸裂する。
疾駆し、《魔杖アビス・クレイヴ》を横薙ぎに振るい、ライナを一蹴する。
紫電を纏うライナの身体が弾け飛ぶ。
「ぐはっ!? ちょっ、王さま!? これ本気――」
次の刹那、ルゼリアへ見えざる魔槍〈スペース・ランス〉を放つ。
「……っ!! これは……っ!?」
《魔盾盤ヴェヌシエラ》から放たれた空間圧縮の槍がルゼリアの防壁を打ち破り、 更に二人へ複数の闇刃〈ナハト・シンフォニア〉が空から降り注ぐ。
愛すべき側近に対し、本気を見せるエクリナ。
いつもの家族を愛する柔和な顔はそこになく、ただただ冷たい視線を浴びせてくるだけだった。
まさに狩る者であった。
目の前には本気の魔王。
顔は無表情であった。まるでかつての幾つもの戦場を単身で制圧せしめた時のようであった。
ルゼリアとライナは同じ思いだった、今更謝っても許してはもらえない。
選択できるのは、残り少ない魔力で、全力で反抗することだけ。
少しでもエクリナの気分を晴らすことだけだと悟っていた。
全力で戦って、全力で負け――それこそが二人がこの場を収められる手段だと本能で感じていた。
「……っ、二人でやるしかないようですね」
「い、今だけ共闘ねっ!」
ルゼリアが提案し、ライナが同意した。
即座に目配せし、ライナが雷光の踏み込みで至近距離へ跳躍。
ライナは《魔斧グランヴォルテクス》を『ハルバード』形態に戻して技を放つ。
「ボルト・ラッシュッ!」
ルゼリアは《焔晶フレア・クリスタリア》を『双晶』へ統合させ、業火の翼を描くように放つ。
「フレア・レイヴン!!」
雷と炎が交錯する強撃を重ねるも――
「愚かな。見切っておるわ!」
《魔盾盤ヴェヌシエラ》が展開し、多層の空間壁が次々と魔法を受け止め、熱と光が虚空に飲まれるように霧散していく。
「では、こちらから行くぞ――」
エクリナは《アビス・クレイヴ》の先端を地面に叩き、足元に魔法陣を展開する。
そこから一瞬で空間転移し、ルゼリアの目の前に現れる。
「シャドウ・クロスアサルトッ!」
杖先に闇の刃を展開し、連続する斬撃を繰り出す。
その動きは残像を生み、〈スカーレット・ニードル〉では捉えきれなかった。
ルゼリアは《紅蓮纏装ヴァル・アルディア》の結界で受けるが、その守りは粉砕され、ルゼリアの身体は闇刃に打ち据えられる。
「があぁぁッ――」
ルゼリアは叫び、地面に倒れるが、何とか立ち上がる。
全身を護れる姿の魔装は切り傷だらけになるが、致命傷には届いていなかった。
次いでライナの目前に転移し、同様に連撃が叩き込む。
《グランヴォルテクス》を『雷大両刃斧』に形態変化させて盾代わりにする。
「ぐぅっ!? っのぉぉぉおおおッ!!」
ライナは咆哮し、気合で防ぐも、肩・腕・頬・脚などを斬られ、血が滴る。
切断こそされていないのは、エクリナの最後の慈悲であった。
強靭な根性で耐え抜く二人。
ルゼリアは残った魔力を〈焦熱の火輪〉として掌に展開し、ライナも両脚に雷光を纏って突撃する。
「今度こそ……合わせるよ!」
「ええ、この一瞬に懸けます!」
同時に展開したことで炎と雷が織り交ざり、爆発的な突進と業火の十字衝がエクリナに迫る。
「うぬら……よかろう」
エクリナは魔杖をゆっくりと掲げた。
いつの間にか、表情の無い顔には微笑みが出ていた。
ただ、それは愛にあふれた自愛の笑顔ではなく、足掻くものに対する嗤いであった。
「うぬら、我が“側近”たる意味……今一度、教えてやろうッ!!」
空を断つ漆黒の、闇の爆撃柱――〈ノワール・ブレイクアーク〉
零距離で放たれ、反撃の隙すら与えず二人を吹き飛ばす。
闇柱が天から注ぎ、地面には逆転魔法陣が展開し、相互干渉で強制的に地面へと叩きつける。
「ぅあああああっ……!!」「っく……ぐ……っ!」
炎雷の姉妹、最後の連携も軽くいなされ、あっさりと屈服させられた。
だが――この程度でエクリナの気は済んでいなかった。
嗤いはさらに大きくなる。存分に魔法を放つのは久々というのもあった。魔王様はもう少し楽しみたかった。
ゆえに追撃を開始する。
空を埋め尽くす無数の闇魔力弾〈シャドウ・バレット〉が、雨のように降り注ぐ。
連続で撃ち込まれる漆黒の魔弾は、すでに意識を失いかけている二人の心にすら響く『王の怒り』であった。
「心が折れるまで許すものか……この日常の重み、骨の髄まで思い知らせてくれるわッ!!」
とはいえ、命を奪うつもりはない。
折るのは心ではなく、慢心と幼さだけだ――そう、エクリナはきっちりと制御していた。
十、二十、三十と闇弾の雨をとめどなく撃ち放つ。
地面には大きな穴が穿たれ、辺りは瓦礫と爆風の跡——その中心にルゼリアとライナが横たわっていた。
「……ふぅ。これで、少しは思い出したか?」
“誰の側近であり、何のために刃を振るうのか”を――言い告げているようであった。
気絶した二人の姿は、魔装が大破した程度の『重傷』に留まっていた。
だが、その表情には確かに――かつて戦場で見せたのと同じ、敬意と畏怖と忠誠の色が戻っていた。




