◆幕間:剣の届かぬ場所で◆
炎と雷が庭で激突し、轟音が館を揺らしている頃、セディオスは二階の私室の窓を開け、じっとその光景を眺めていた。
窓枠を強く握りしめ、指が痛くなる。それでも力を緩めることはできなかった。
全盛期ではなくなった剣士は歯がゆさを噛み殺しながら、焦げていく庭を見つめていた。
「俺の魔核さえ無事なら、止められたのだろうか……」
魔哭神との戦いで、魔力生成器官たる魔核は深く傷を負った。
今はもう痛まない胸を、癖のように押さえる。セディオスは奥歯を噛みしめた。
痛みはない。ただ、空洞みたいな“鈍さ”だけが残っている。
在りし日を想い描くセディオス。全盛期ならば止められたと考えていた。
「まあ、根本解決にはならないだろうな……」
しかし、力づくで止める考えは間違いであると即座に思い直す。
「ライナもルゼリアも、想いは強い。いずれぶつかるのは必然だからな……」
言葉だけなら、遠くから姉妹喧嘩を見守る父のようだった。
最近、ルゼリアとライナの関係が悪くなっているのは気づいていた。
しかし、“神の子”同士の諍いともなれば、尋常では済まない。
窓の下では、庭が見る間に荒れ果てていく。
木々は焼け倒れ、雷と炎が撃ち合うたびに、二人の小さな身体が痛みをこらえて、それでも立ち上がる。
もはや“庭先”ではなく、立派な戦場だった。
そこは、どれほど鍛えた剣を振るおうとも、今の彼には届かない場所でもあった。
「……まずいな、あいつら本気だ」
窓枠を掴んだ指先に、さらに力がこもる。
今からでも飛び出して、無理やり引きはがさなければ――焦燥が胸をただただ焦がす。
だが、足は床から離れなかった。
目の前で繰り広げられている“喧嘩”の前に、彼は足一本、踏み出せずにいた。
「……情けない話だな。世界の危機には突っ込んでいけても、家族の喧嘩には近づけないとは」
苦い笑いが漏れる。雷鳴に掻き消されたその呟きは、誰にも聞こえない。
再び轟く爆音。
窓の向こうで、雷槍と炎柱が激突し、夜空が白く塗り潰される。
(止めたい。止めてやりたい。――けど、それは俺の役目じゃない)
胸の内側が、きゅうと縮むように痛んだ。
あの二人が何を抱えているか、すべてを知っているわけではない。
だが、エクリナのために、己の存在理由を賭けていることだけは、痛いほど分かる。
(“王の一番でいたい”って気持ちは、分からなくもないさ)
かつて、自分もそうだった。
戦功を上げれば、誰かが褒めてくれる。
功績を重ねれば、居場所ができる――そう信じて、剣を振るい続けていた。
けれど帰る場所はなくなり、名誉も、家族も失った。
「……あいつらは、俺なんかよりよっぽどましだ」
あの二人には、叱ってくれる王がいる。
守ってくれる末妹がいる。
「エクリナ……ティセラ……頼んだぞ。俺には見守ることしかできない」
静かに呟き、セディオスは窓の外をじっと見つめる。
かつて世界を救ったその刃は、今はただ、鞘の中で静かに眠るだけだった。
それでも、雷と炎の向こうにいる家族を、信じることだけはやめないと、彼は心の中で固く誓っていた。
そのとき、戦場のさらに奥で、空を震わせる深い闇の気配が、わずかに膨らみ始めていた。
それにだけは、さすがの彼もまだ気づいていなかった。




