◆第190話:最悪の再会◆
遺跡都市エル・クラウゼ――平屋に見える研究所の一角。
研究資料の並ぶ部屋で、ひとつの影が動く。
中性的な美貌の“彼または彼女”は、棚から紙束を抜いては中身を確かめ、放り、また抜き取っていた。
「うーん……いまいちですね」
次の束をめくる。
「お、これは中々。一応、持っていきましょう」
腰の自作魔導収納鞄へ滑り込ませる。
リゼルは傷を完全に癒し、計画の準備のためにエル・クラウゼの研究所に侵入していた。
探索する部屋はすべて壁にひびが入り、あらゆるものが散乱していた。
瓦礫は蹴り、払い飛ばし、じっくりと物色を進めていた。
繰り返し、紙片と本の中を確認し情報を精査、必要な物を選定していく。
魔哭神居城の書斎で書物たちを先生として、知識を蓄え成長してきたリゼル。
憧れのヴァルザの背中を追いかけ、在りし日を思い出し、所作を何度も真似していた。
今や、ヴァルザと同じようなページのめくり方に目の動かし方、手癖がリゼルそのものの習慣となっていた。
この部屋も、探索完了だった。
机上の紙片、棚の本、全てを網羅しつくしていた。
「この部屋で三か所目、もう少し実りが欲しいところですね。場所を変えますか」
紙束を鞄へ落とし込む音だけが響いた。
(ここなら『アレ』の研究結果があるはず。必ず持ち帰らなくては)
腕を組み、人気のない回廊をさほど警戒もなく進む。
落ちているのは瓦礫や骸骨、腐食した服、さびた装飾品ばかり。
一体の研究者らしき骸骨の前で立ち止まり、見つめるリゼル。
「ここの都市はヴァルザ様が潰したんでしたね。手記には愉悦を味わう間もなく、手を下したとありましたが……」
「まあ、禁忌の研究を行っていたのです。神として、さぞお怒りになったのでしょうね。神の創作物ごときが、神の真似事? たとえ憧れても手を出してはいけない領域があるのに」
鼻を鳴らし、物言わぬ骸骨に向けて侮蔑する。
「全く愚かな生き物だ」
語尾を強め、リゼルは誰にも聞こえない声を言い放つと歩みを再開する。
「広間に戻って隣の回廊に行きますか……そろそろ当たりを見つけて戻りたいところですが……」
独り言をつぶやきながら、幾筋もの回廊が交差する広間に出た。
その時――見知った三つの影が目に入った。
リゼルの口元が、ニタリと吊り上がる。
「おや、セディオスじゃないですか! 夜会以来ですね? ご無事のようで、なによりです♪」
ヴァルザの仇であり――そして、少し気に入った玩具。
それが彼に対する認識だとばかりに浮かれた声を出すリゼル。
「……それに、ライナとルゼリア。なぜここに?」
探る視線。相手は三人、エクリナとティセラの姿は無し。
素早く情報を集め、思案する。
(わたくしの計画が漏れた? そんなはずは無い、偶然ですか?)
怪しく嗤う顔。
その腹の内では、疑心、疑念、考察が渦巻く。
リゼルは表情には出さず、隠し、偽りを与える。
「奇遇だな。誰も寄りつかん場所で、また会うとは」
セディオスが低く言う。
「我らが王と主を、よくも……!」
「ちょうどいい……仕返しだ!」
エクリナとセディオスが血にまみれた夜会の記憶――ルゼリアとライナの瞳に怒りが灯る。
声を張り上げ、警戒し、戦具を呼び出す構えを取る。
「……仕方ありませんね」
リゼルは異空間から《律創杖剣レギオン・セファル》を手に取る。
ほぼ同時に三人も各自の《瞬装環アペリオ》を起動し、戦具を召喚した。
セディオス――《魔剣アルヴェルク=グランドエッジ》と《魔導充填式ディスフィルス》を腰に据え、振り抜く。
ルゼリア――《焔晶フレア・クリスタリア》を両脇に浮遊させ、魔力を収束。
ライナ――《魔斧グランヴォルテクス》を握りしめ、駆ける姿勢を取る。
一触即発の状況。
(一対三……不利ですね。隙を見て離脱が最善か……まあ別案は既にあるし……)
リゼルも構えを取り、算段を巡らせた。
他にも計画があるため、退散する方針を固めていた。
その瞬間だった――
四人の魔力が高まった刹那、床の紋様が“呼吸”するように淡く脈打った。
ビー!ビー!ビー!――
広間に耳障りな警報が甲高く鳴り響く。
音が壁に反射し、つんざくように反響していく。
「罠か……? いや、踏んだ覚えはない……!」
セディオスが歯噛みする。
突如、四人の足元に巨大な魔法陣が展開する。
広間の全てを覆うほどに拡張し、金色に輝いた。
「な――動けん!」
「まずいですね……!」
「動けぇっ!」
「……この陣式は!」
リゼルの瞳がわずかに揺れた。――“心当たり”があった。
身じろぎが許されない。
足を縫い留められ、どうしようもできない四人。
魔法陣がひときわ明滅し、光が噴き上がる――最高潮に達すると。
シュッ!と風鳴りだけが残った。
四人の姿は、跡形もない。
役目を終えた魔法陣は、音もなく沈黙した。




