◆第191話:仄暗い部屋の中で◆
魔導ランプが等間隔に並ぶ、仄暗い部屋。
壁面下段には、魔法陣を紋章化した文様が連なり輝いている。
ゆったりと明滅を繰り返し、呼吸のような、脈拍のような生き物の気配を思い立たせた。
カキンッ! キンッ! ――金属の打ち合う音が響いた。
幾度も続く、攻防の剣閃の音。
仄暗い明りの中で反響を繰り返していた。
「奇襲、ですか? 甘いですね♪」
リゼルがニタリと嗤っていた。
正面には、二刀を構える剣士。
「二人きりだ、仕掛けるに決まっている!」
弾かれた刃を収め直し、セディオスが構えを取り直す。
先ほどの広間に敷かれていた魔法陣は、拘束と転送を兼ねていた。
光が収まったとき、二人は向かい合っていた。
レンガが積まれたような石壁に囲まれた別室に二人きり――炎雷の姉妹の姿はなかった。
「まあ、いいでしょう。クロノ・アシュータ」
「来い。グロース」
リゼルは身体動作と思考を加速。
セディオスは動体視と敏捷を底上げする。
――だが、いつもと違う。
リゼルの魔核が軋み、想定以上に魔力が削られていく。
セディオスの《魔導充式剣ディスフィルス》も、魔晶の輝きが心許なく淡い。
(くッ! 何故痛みが?)
顔に出ないように我慢するリゼル、身体強化の低級魔法で魔核が痛むなどあり得なかった。
(何故だ! ティセラの整備は完了していたはずだぞ?)
魔剣の違和感を感じ、バレない様にするセディオス。
止まらない攻撃。杖剣と二刀が交錯する。
「二刀流になったんですね?」
「お前と戦うためだ!」
畳みかけるべく、リゼルは杖剣を大剣形態《セファル=クレイモア》へ変形――
……しない。異空間から大刃が出てこない。
空間の継ぎ目が火花を散らし、何かに噛み潰された。
「……なぜ?」
目を細めるリゼル。
「不調ってわけか。スパーク・ダーツ!」
魔剣から雷光の矢が走る――が、間際で消える。届かない。
「やはり、いつもと違うな……」
先ほど感じた違和感が強くなる。
(この部屋、魔力に対して仕掛けがあるのか……?)
目に入る石壁。その下部の脈動する紋様を見つめるセディオス。
「貴方も、だらしないですね」
挑発で呼吸を整えるリゼル。
(戦具の転送が阻害されている? 嫌な予感しかしないですね……)
余裕の面持ちで、内心は懸念がこだましていた。
手応えの鈍い二人。
そこへ――ガコン、ガコンと天井や壁が開口していく。
サシャ、サシャ、サシャ……四肢で這う“蜘蛛型”の魔導術具が群れで出現する。
「なるほど。ここはお仕置き部屋でしたか……」
「侵入者排除用の罠だったか……」
二人の逃げ道を素早く奪い、じわじわと包囲が狭める蜘蛛型術具。
「数が多いな……」
セディオスは《アルヴェルク》も構え、リゼルと蜘蛛の群れ、両方を警戒する。
「ふん、付き合う義理は無いですね……」
リゼルは魔力を集中する。
魔核が痛むのも無視して紡ぐは、空間転送移動——転移の魔法。
(ぐうう……ま、魔核がぁ! でも、放出量を増やせば……ここを出るくらいは!)
リゼルは歯を食いしばり、迫りくる敵を見つめ、いつも以上に魔力を収束させる。
いつもなら瞬時に行なえる高位魔法も、魔核の負荷をこらえ、倍以上の時間を掛けていた。
ようやく、足元に魔法陣まで展開を果たした。
歪な陣であったが研究所から脱出だけならば出力は十分。
リゼルは念じ、そのまま発動――は出来なかった。
石壁の紋様の光が眩しく思えるほどに強くなる。
それに共鳴するようにリゼルの魔法陣は揺らぎ、バキンッ!と破壊された。
「はあはあはあ……阻害されましたか……転移は駄目ですか……」
無視していた魔核の痛みが一気に襲い掛かってくる。
リゼルは胸を押さえ、呼吸が乱れていた。
一仕事を終えた石壁の紋様は、輝きを落ち着かせ、再び淡い光に戻る。
セディオスはそれを見て確認した。
魔核の痛み、転移の阻害、この部屋には魔力封じの効果があると。
サシャ、サシャ、サシャ……と不気味な音を奏でながら、蜘蛛型術具が迫りくる。
もう、五歩手前まで近づいていた。
「……はあはあ。し、仕方ありませんね……」
リゼルは転移での脱出をあきらめた。
この状況で選ぶ選択肢は二つだが、明らかに利点があるのは一つだった。
「それしか無いよな……同じ考えのようで助かるな……」
セディオスも悟っていた。
この部屋を無事に切り抜ける手段、それは一つだけ。
「勘違いしないでくださいよ? わたくしは自身が可愛いだけですからね?」
「ああ……俺も同じだ。互いに手を貸すのは最低限にしようぜ」
リゼルとセディオスは睨み合う。
最善で最悪の手。生き抜くために互いを“利用”すると決め、協定を結ぶ。
二人は同時に踏み出した。横目で視線を交わす。
思考は、奇妙に一致していた。
「――抜けるぞ!」
「ええ、扉まで!」
目をつけていた出口へ、二人同時に疾駆。
蜘蛛型が鋼矢を吐く。全方位から飛来する、鋭い射。
それでも二人は止まらず前へ出る。
「クレセント・フォールド!」
リゼルは杖を横薙ぎ、圧縮した空間を湾曲刃として展開して矢を逸らす。
魔核は痛むが、高位魔法である転移を発動する時ほどではなかった。
「ブレイク・ノヴァ!」
セディオスは魔剣を床へ叩きつけ、中心から爆ぜる衝撃波で包囲を弾く。
(発動を抑え込まれている……だが、放出する魔力をいつもの倍で押し切れる!)
だが、転移だけは別だと理解していた。
リゼルの陣が潰れた瞬間――この部屋は“逃げ道”だけを許さないと悟った。
矢は弾かれ、蜘蛛の群れは砕け散る。
二人は扉を押し開け、身を滑り込ませた。
勢いよく扉を閉じ、先を警戒する。
目の前に敵勢無し。
ただし、レンガを積んだような石壁は暗闇まで続き、淡く光る文様が足元を照らしていた。
「「はぁぁ……」」
警戒を解き、背を扉に預け、セディオスとリゼルは同時に息を吐く。
魔力出力を抑制し、魔法発動を阻害する研究所。
自身らの現在地は不明、そしてルゼリアとライナはどこかに飛ばされた。
セディオスの隣に居るのは、敵対すべきリゼル。
だが今だけは――同じ檻に入れられた“同類”だった。
遺跡と化した研究所の探索は、まだ始まったばかりだった。
次回は、『2月15日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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