◆第187話:復活の魔盾と空間の魔法◆
けたたましく疾走した自動馬車を見送ったエクリナ・ティセラ・ガンゴ。
わずかの砂埃と地響きが残る街道を名残惜しく眺め、工房の裏庭へと足を運ぶ。
二日後には霊機自治区アークへ向けて出立をするのを控え、《魔盾盤ヴェヌシエラ》と《冥盾翼書ノクタルシア》の最終調整を始めるためであった。
「まずは《ヴェヌシエラ》から見てもらえますか?」
ティセラは見た目は変わらない《魔盾盤ヴェヌシエラ》を手渡し、確認を促す。
「外観は変わらぬな。相変わらず美しい魔盾だ」
エクリナは受け取ると魔力を与え始める。
黒紫地に銀装飾の魔盾盤、中央に嵌められた紫色の魔晶が淡く光を灯し始める。
主たるエクリナの魔力を吸収するほどに、徐々に魔晶の脈動が力強くなっていく。
ゆっくりと浮遊し姿勢を正す《魔盾盤ヴェヌシエラ》。
エクリナの顔の高さまで浮かび上がった。
「うむ。起動は問題なしだな」
エクリナは《魔盾盤ヴェヌシエラ》を弄び、ティセラとガンゴに言う。
「では、魔法を幾つか放ってください。魔力消費が気になります」
ティセラが魔法の試射をエクリナにお願いする。
目の前の円形の的をじっと見つめ――
「ディメンション・スライス」と低級空間魔法名を告げる。
スパッと的の根元を切り裂き、意図的に上空へ飛ばす。
無抵抗の木の的は落下しながら、さらに不可視のナイフに切られていく。
四方を飛ばされ四角形へ、そして十字に裂かれ三角形へと変貌する。
最後はみじん切りされ、木屑となった。
「おお、鮮やかだな。低級の空間魔法と言えど、ここまでの精度はお目に掛かれんな」
ガンゴは感心し、パチパチと拍手する。
「威力を押さえての制御は問題無いですね。魔核に違和感はありますか?」
ティセラは魔法の制御性を確認しつつ影響を確認する。
「違和感は全く無いのだが、この程度は前からできるからな……高位魔法まで放てれば分かりやすいのだが……」
物足りないとばかりに言うエクリナ。
「そうですね……この後の《ノクタルシア》の試運転もあるので、場所を変えましょうか」
「師匠、人がいなくて、多少壊しても問題ない場所はありますか?」
これ以上は庭が消滅すると想定したティセラはガンゴにおすすめの場所を聞く。
「……はあ~、本当に規格外だな……」
「街の離れたところに廃れた石切り場があったな……地図を持ってくる、待ってろ」
ガンゴは頭を掻き、一旦工房に戻る。
「規格外か……確かに先日の試合でも感じたが、人間の中級魔法の威力は少し弱いな」
エクリナは試合模様を思い出す。
「う~ん、人の魔核も個体差と成熟の速度が違いますからね。それに比べてわたしたちは神の因子持ちで成熟期間が全く違います」
ティセラは諭すように説明する。
すると――
「まあ、その差を埋めるために魔導術具の発展が爆発的に進んだんだがな」
裏口からガンゴが地図を持って現れた。
「神の侵略に抗うために、魔核の成長が若い奴でも中級魔法程度までは使えるように開発の方針が決まったんだ。その頃の術具士は寝る間も惜しんで頑張ったもんだ」
腕を組んで頷いていた。
「さて。石切り場だが、この場所だ」
ガンゴはエクリナとティセラに地図を見せ、目的地を指差す。
「今から移動となると馬車を……」
そう言いかけた時――
「ちゃんとした地図だな。座標が読める……少し待て」
エクリナは座標を確認し、《魔盾盤ヴェヌシエラ》の裏面を操作し、転移の魔法式に追記を始める。
「初めて行く場所は、座標をちゃんと確認しとかないと山に埋まったりしますからね……」
ティセラはエクリナの作業を隣で見ながら、ガンゴと話す。
「おい、まさか……」
ガンゴはティセラへ視線を向けた。
「転移は元々、旅の地から移動するための魔法だ。普通なら、一度現地に行く必要があるんだが……座標から転移可能にしたのか?」
ガンゴはエクリナの所作に目を見張った。
転移の条件を思い出しながら、問いを重ねる。
ティセラは人差し指を天に差し――
「一般的な解釈は師匠の理解で合ってるのですが、それは少し昔の話ですね。座標さえ正確に分かれば、現地に行く・行かないは関係無いのが魔法式を解析してわかりました」
「今は地図の精度が上がってますからね。だいたいの座標が合ってるので便利なんですよ」
これまでの研究の成果を説明した。
「……その話誰かにしたか?」
ガンゴはさらに顔をしかめ、弟子の顔を見る。
「いえ、家族以外は知りませんよ?」
首を傾げ、答えるティセラ。
「今の話は口外できんな……イグナメルの魔術師が腰抜かすぞ? 知られたら、魔法研究バカのあいつらは地の果てまで追ってくるぞ」
ガンゴは頭を押さえ、助言をした。
「ふふ、それは困るな。よかったなティセラ、うぬも規格外らしいぞ?」
作業が終わったエクリナは、笑いながらティセラに声を掛けた。
「は~い。自重しま~す」
少しむくれたティセラは可愛らしく告げた。
「座標登録完了だ、早速向かおう。ティセラ手を」
エクリナはティセラに手を差し出す。
それを握るティセラは、ガンゴに手を向けていた。
「師匠はどうしますか、付いてきます?」
「もちろん行くぞ! 最後まで見届けるのが術具士の務めだ」
ガンゴは笑い、ティセラの手を握った。
「その手を放すでないぞ? その時は命の保証はしかねるからな」
さらりと言うエクリナ。
転移の魔法式は対象物の座標と登録された座標の位相を重ね、数歩分ずらして移動する。
そのため、途中で離れると位相の狭間に置き去りになる危険性があった。
「もちろんだ」
忠告を聞き、一気に冷や汗が出る。
どんな便利な魔法にも危険が伴うと再認識をしていた。
ガンゴは無意識に握る力を少し強めていた。
「それくらい強い方が良いでしょう、エクリナ行きましょうか」
ティセラは頷き、転移を促した。
「うむ。では行こう」
エクリナは集中する。《魔盾盤ヴェヌシエラ》を介して脳内で思い描く。
今回の転移範囲は半径三メートルと定め、石切り場の座標を読み出す。
現在地座標と目的地座標の位相重複、完了。
高位魔法、空間転送移動――略式魔法名『転移』、発動。
三人の足元に魔法陣が瞬時に展開し、エクリナの背後には空間の裂け目が出ていた。
目にも止まらぬ速さで、その裂け目へ滑るように入り込む。
裂け目は余すことなく飲み込み、無音で閉じた――工匠ガンゴ堂の裏庭、簡易訓練場から三人の姿が消えた。




