◆第16話:軋む絆と砕けた均衡◆
記念日の当日、夕暮れ刻――
蒼髪の少女は、カツンカツンと靴を鳴らしながら、館の回廊を進む。
ズボンのポケットに手を突っ込み、口を尖らせて相変わらず不機嫌な様子であった。
「……なんでルゼリアばかり……くそ~~」
頼りにされるルゼリアの姿ばかりを思い出し、ふてくされていた。
ライナは日暮れの光が差し込む中をひとりきりで歩いていた。
ルゼリアにも、エクリナにも叱られた。拗ねたライナの胸中はモヤモヤしていた。
ティセラに王さまやルゼリアのことを相談するのは何か違う気がして、セディオスには、大好きな存在を奪われたような気がして、話しかけづらかった。
胸の奥は、相変わらずざらついたまま。不安と悔しさが混ざり合って震え出す。
王さまにも、リア姉にも想いが届いていない気がして、息が苦しかった。
自分はもう、この館に必要ない存在なのかもしれないと考え始めていた。
「僕だって……王さまの力になりたかっただけなのに……どうして……」
シチューも、贈り物も、本棚も、思った通りになってない。うまくいってないと焦っていた。
(いや、今度こそ挽回しよう。王さまのために何かを……)
そう思い、今の自身に何ができるかを模索した。
狩りや採取はいつものこと、もっと他のことで王さまを喜ばせたいと考えた。
そう考えるうちに、いつの間にか書庫の前にいた。
「やっぱ、ネコの写真集を目立たせるのがいいのかな?」と漠然と考え、ふらりと書庫の扉に手をかける。
――その瞬間。
「また、勝手なことを」
背後から、鋭くも冷静な声が響いた。ルゼリアは先日、自分の聖域を荒らされ怒っていた。
だが、それを口に出すと絶対に喧嘩になると思い我慢もしていた。
だが――声色には、怒りがはっきり滲んでいた。
「……何だよ、ルゼリア?」
ライナは振り返る。隠すこともなく、苛立ちをそのままぶつける。
これから行う善行を”また”邪魔されたという想いがにじみ出ている顔。
(もう……"リア姉"と呼んでくれないのですね……)
ルゼリアは心が痛くなる。
かつての戦場で支え合い、そこで初めて呼ばれた愛称。
知らず知らずのうちに気に入っていたライナの呼び方。
けれども今や、『リア姉』と親しく呼ぶ妹分はそこには居なかった。
ライナの表情を見て、言うしかないと決意するルゼリア。
「ライナは、自分がどれだけ周囲に迷惑をかけているのか、理解していません」
「先日のシチュー騒ぎ、庭を焼いてしまったこと……エクリナは優しいので許してくれますが……私はそうはいきません」
これまで溜めていた不満をルゼリアはさらけ出していた。
歯に衣着せぬ言葉を紡いでいく。
「うるさいな……少しくらい好きにしたっていいじゃん……」
唇を尖らせ、反抗するライナ。邪魔をするなよと言いたげであった。
「“好き”で動いた結果、ネコの写真が汚れ、書庫も乱れましたね。……ライナ、周囲を巻き込みすぎです」
言いよどんだ末に、ルゼリアの口から鋭い一言が滑り落ちる。
それはすべて事実であり、ライナの失敗の積み重ねの結果でもあった。良かれと思った行動が裏目に出ていた。
「感情で動くあなたは――制御不能な“爆弾”と変わりません……」
言葉を止められないルゼリアは厳しい声を重ねる。
「……っ」
その言葉は、鋭利な刃のようにライナの胸を裂いた。
「じゃあさ、ルゼリアは何なの!?」
「王さまの全部を分かってるみたいな顔して、いつも冷たくて、間違ってる僕を見下して……! 僕のこと“子供”だって決めつけてさ!」
頑張っているのにわかってくれない、認めてくれない、注意しかしないルゼリアに対してライナは怒りをはっきりと向ける。
姉として慕う者を、王さまに近づくための邪魔者であると思い始めていた。
「見下してなどいません! ただ、正すべきことを伝えているだけです……」
ルゼリアにとって、ライナへの注意は行動を成功させるためや庇うための言の葉であった。
ただ、そのためだけに発していたのに妹分からは”見下している”と思われたことに驚いていた。
「……そんなの、“正しい”だけで、“優しく”なんてないじゃんか……!」
ライナは優しい言葉が欲しかっただけ。長い付き合いのルゼリアの想いはちゃんと理解している。
だが、シチュー事件の時、贈り物の相談の時、庭で拗ねていた時に欲しかった言葉は温かみのある言葉であった。
ライナの心中吐露に、ルゼリアの目が一瞬揺れた。
(優しくない……私は、ライナに……そんなふうに、見られていたの……ですか?)
けれど、すぐにその揺れは理性で抑え込まれた。
”いつも通りに”ライナを正しい道へ導かなければと、融通の利かないルゼリアは、そう判断してしまった。
(本当に爆弾と同じですね……このままではいけない、王の側近にふさわしくなくなってしまう……)
彼女はまっすぐライナを見つめ、冷静な声で告げる。
「爆弾は……制御できないのなら……処理するしかありません」
告げた言葉は明らかに足りていなかった。
ルゼリアが伝えたかったのは、暴走する行動を力ずくでも止めるということだった。
常に冷静なルゼリア。この時ばかりは爆発し掛けのライナに対して少しばかり焦っていた。
館で大きな騒動を起こせば、エクリナがライナを嫌うかもしれないと思ったからであった。
しかも、今日は記念日の当日。やるべきことがまだ待っていたのも手伝っていた。
「……え? はぁ?」
ライナの中で、何かが音を立てて崩れた。
そうか、目の前の赤毛の少女は自分を見限ったんだと思った、思ってしまった。
共に戦場を駆け、共に死にかけ、ようやく二人がつかんだ幸せ。ずっとそばに姉妹として寄り添い合うものだとばかり思っていた。
その大事な存在が、自分に向けて”処分する”と言い放ってきた。
冷酷に告げるルゼリアを睨む。
今のライナには掛けられた言葉に対する回答はたったのひとつしかなかった。
「……そっか。じゃあ……やってみなよ……その冷たい顔……僕の雷で、ぐしゃぐしゃにしてやるっ!!」
魔力が爆ぜた――
ライナの指先で《瞬装環アペリオ》がきらめき、魔装《迅雷外套アーク・レゾナンス》が稲妻の尾を引いて装着される。
続けざまに異空間から《魔斧グランヴォルテクス》が引き抜かれ、その長柄をぎゅっと握りしめた。
雷光を帯び、廊下の床がバチバチと焼け焦げる。
もう言葉では止められないと、ルゼリアは決断してしまった。
だがその判断には、“優しくない”と否定された痛みと、王の側近としての意地が混ざっていた。
「ならば――力で示してもらいましょう。“王の側近”の資格を」
出した言葉はもう消せない。睨んでくるライナを冷ややかに見つめるルゼリアは行動を開始する。
ルゼリアも金の指輪に魔力を込めると、普段着は魔装《紅蓮纏装ヴァル・アルディア》へと一瞬で換装される。
同時に《焔晶フレア・クリスタリア》が二基、周囲に転移・浮遊し、それぞれに炎の魔力が収束していった。
周囲の温度が一気に上がった。
館の回廊で二人は戦具を構える。
側面の窓枠からは夕日が差し込む。暖かく、穏やかな日差しが二人の顔を照らす。
互いの距離は五歩程度しか離れていなかった。
第一撃——二人の魔力がぶつかり合う。
「ライトニング・スナップ!」
ライナが手をかざす動きとともに、無数の電撃弾が廊下一帯に散らばる。
「ブレイジング・スラスト!」
ルゼリアはひと息で魔力を収束し、床をえぐるような炎の槍を正面から突き出した。
ルゼリアは半身で炎槍を捻り、ライナは床を蹴って電撃弾の雨を“散らす”ように放った。
電撃の弾と炎の槍が空中で交差し、衝撃波が廊下を爆ぜさせる。
館の一部がぎしりときしみ、激しく揺れた。
「はははっ! どうしたのさ!? 炎のお姉様、もうグラついているじゃないかっ!!」
「まだまだ、口ほどにもありません……っ!」
ライナは煽り、ルゼリアは反抗する。
《焔晶フレア・クリスタリア》を『飛晶』形態にし牽制するルゼリアは、周囲に展開した十個の飛晶から〈スカーレット・ニードル〉を放つ。
ライナはそれを雷を纏った〈スパーク・ダンス〉で次々と相殺しながら、至近距離へ肉薄する。
「だったら、もっと本気になってみなよ! 僕は、王さまのためなら――」
「“王のため”? ……違いますね。あなたは“自分のため”に戦っている」
その言葉が、ライナの足を止めた。
「……っ!?」
否定しようとしても、ライナは喉の奥に言葉が引っかかる。
(違うって言いたいのに……なんで、言えないのさ……)
(言いすぎた? いや……でも、これは事実……)
ルゼリアの胸に、わずかに刺さるものが残る。
だが既に戦具を向け合っている今は、それを確かめている余裕はない。
隙を逃さず、ルゼリアは更に〈スカーレット・ニードル〉を放つ。
多方面からの炎針の斉射は、ライナの肩をかすめる。
「ぐ、あああああっ!!」
かすっただけで焼き焦げる。けれど、それ以上に――心の奥がずたずたに裂かれていた。
「うるさいっ……うるさいうるさいっ!! そんな言葉、聞きたくなんかないっ!!」
怒鳴りとともに解き放たれた魔力が、壁を白く焼き抜いた。
悲鳴を上げるように石片が飛び散り、その穴からは夕焼けの空がのぞく。
二人は睨み合うと、そのまま壁の穴を抜け、庭へと飛び出した。
芝の感触を踏みしめながら、互いに距離を取り直していた。




