◆幕間:揺れる心、静かな観察者たち◆
館に住み始めて三年。
その記念日当日となっていた。
予定通り、エクリナとセディオス、ティセラは買い出しで近郊の街に出ていた。
午前中で何とか食材や香草、紅茶を購入できていた。
昼食の後にそれぞれの贈り物を買う段取りとなっており、三人は少しだけ休憩をしていた。
「だいぶ前から注文しておいて良かった。特に上等な砂糖は手に入りにくいからな、一苦労だ」
「最近、ライナとルゼリアに元気がないからな、新作の焼き菓子で元気をつけたいものだな」
エクリナは、紅茶を啜りながら、心中を零していた。
すると――
柔らかな金髪を後ろでまとめ、大きなリボンを結んだ小柄な少女ティセラが、それに対して口を開いた。
「……この間もライナとルゼリアが喧嘩しそうになってましたね……」
工房の窓から一連を見ていたティセラも、同様に心配していた。
良い機会だと感じ、エクリナと話してみた。
「うむ。我も見ておった……」
エクリナは小さく頷き、手元のカップを静かに傾けた。
紅茶の香りが、風とともに流れていく。
「わたしは見聞きした限りですが、ライナはエクリナのためにシチューを作り、贈り物を相談し、書庫の本の配置をいじったように感じました」
ティセラはライナとルゼリアに声を掛けてはさりげなく状況を聞いていた。
その結果、ライナの行動を客観視して、すべてはエクリナのために行っていたのだと推測し、そのまま告げた。
「ルゼリアはライナが失敗しないように注意というか、助言をしていたようにも見えましたね」
ルゼリアはライナのために行動していたと、ティセラは見抜いていた。
「ただ、それをわたしから二人へ伝えるのも違う気がして……見ているしかありませんでした……」
自分が何もできていない、どうしていいかわからないと心中を吐露した。
「そうか……それは知らなんだな……」
エクリナは腕を組み、天を仰いでいた。
隣では、セディオスがそれを静かに見ていた。
「ライナも、ルゼリアも……お互いにエクリナを想っているはずなのに。どうして、こんなに噛み合わなくなったのでしょうか?」
すれ違う二人の想いに対して、ティセラはエクリナとセディオスに答えを求めた。
それに口を開いたのは――セディオスであった。
「それは……想いが強すぎるから、かもな?」
「昔から傍にいた二人だ。どちらも、エクリナのために懸命に動いてくれている。けれど、忠誠の形も、心の育ち方も――まるで違うんだと思う」
セディオスは、姉妹の想いがエクリナへ十分に伝わっていることも、その形の違いがそれぞれの個性であることも理解していた。
それは、聞いている二人も同じ認識だった。
「ライナは情熱的で、真っ直ぐですね。言葉より先に心が動いてしまうような」
「うむ。そしてルゼリアは、理と礼を重んじる。心より先に“どうあるべきか”を選び取る」
それが個性であり、いいところであると再認識するティセラとエクリナ。
ティセラは頷いた後、少しだけ目を伏せた。
「まるで、陽と陰のようですね……。眩しいくらい真っ直ぐな陽と、そっと支える静かな陰」
「優しさと正しさ。どちらも大切だがな。だが、その重ね方は、未熟な心には難しいものだろうな」
「いずれは―“本気でぶつかる”という意味の、最初の喧嘩をするかもしれぬな」
これから姉妹を待ち受けるものを言葉にするエクリナ。
「……そうですね……。少し、怖くもありますが」
ティセラは”本気”という言葉が胸に引っかかっていた。
どちらにも負けて欲しくないし、特に大怪我をして欲しくないと感じていた。
「今までは何度すれ違いがあろうとも、どちらかが引いていた」
「でも、今は違う。お互いに、己を通そうとしている。――多分、“心が育ってきた証”かもしれないな」
セディオスは自分なりの考えを伝える。
神の子は幼子のように心が未熟。それが今や成長の一途にあることを理解していたからであった。
かつての魔王が暴走していた日のことを想いだしつつ、言葉にしていた。
「成長中か……」
喧嘩から得られるものを、エクリナは知っていた。主と本気でぶつかり合い、死闘を繰り広げたことで得たものがあったからだ。
そして、その先にあったのは、互いへの理解とかけがえのない未来であった。
エクリナの言葉に、ティセラの瞳がわずかに見開かれた。
「成長、ですか……」
「……けれど、エクリナ。もしこのまま――本当に傷つけ合ってしまったら?」
もしかしたらの未来が気になり、ティセラはつい聞いてしまった。
「まあ、本当にぶつかり合うようなら、我らが間に入るしかあるまい。その時はティセラも手伝ってくれ」
エクリナは半分冗談、半分本気でお願いをしていた。
だが――覚悟だけは決まっていた。
「それに、厳しく叱ってやらねばな」
「我らはたった五人の家族だ。なるべく仲良く過ごしたいからな、魔法を持ち出すような喧嘩は許さんよ」
喧嘩の仲裁。
それはなるべく起こしたくないし、見たくもない光景。
だからこそ叱ると決めているようであった。
「……頼むから、やりすぎないでくれよ? 大事な家族だからな……」
「そうですよ、エクリナ。やりすぎたら、わたしは怒りますからね?」
セディオスとティセラは、エクリナの"厳しく叱る"という言い方に少しばかりの警戒をしていた。
かつての実力を知っている二人だからこそ、注意を促していた。
「なッ! 我を信用しておらぬな!」
「だ、大丈夫だ……多分な?」
主と親友の心配そうな目線に、強く言い切れない最強のメイド。
いつか起こりうる姉妹喧嘩が、現実にならないことを願っていた。
それが起これば、自身の力を使わなければならなかったからだ。
休憩を終えた三人は街へ戻る。
ライナやルゼリアへの贈り物を買うために散策を再開していた。




