◆幕間:揺れる心、静かな観察者たち◆
日が傾き始める頃、館の裏手にあるテラスに、エクリナの姿があった。
その隣に、柔らかな金髪を後ろで大きなリボンを結んだ小柄な少女――ティセラが、ふわりと軽やかな足音とともに現れた。琥珀色の瞳は澄み、家族の中で最も小柄なその姿が、夕暮れの光に柔らかく包まれている。
テラスの外では、庭の草花が風に揺れ、かすかな紅茶の香りが漂っていた。
「……エクリナ、またあの子たちがぶつかり合いそうになっていました」
「うむ。見ておった……」
エクリナは小さく頷き、手元のカップを静かに傾けた。紅茶の香りが、風とともに流れていく。
「ライナも、ルゼリアも……お互いにエクリナを想っているはずなのに。どうして、こんなに噛み合わなくなったのでしょうか?」
「それはな……“想い”が強すぎるゆえかもな」
エクリナは、空を仰ぐように目を細めた。
「昔から傍にいた二人。どちらも、我のために懸命に動いてくれる。だが、忠誠の形も、心の育ち方も――まるで異なる」
「ライナは情熱的で、真っ直ぐですね。言葉より先に心が動いてしまうような」
「うむ。そしてルゼリアは、理と礼を重んじる。心より先に“どうあるべきか”を選び取る」
ティセラは頷いた後、少しだけ目を伏せた。
「まるで、陽と陰のようですね……」
「正しさと優しさ。どちらも大切だ。だが、その重ね方は、未熟な心には難しいものだろうな。これは――初めての喧嘩だ」
「……そうですね.……」
「これまで何度すれ違いがあろうとも、どちらかが引いていた。だが、今は違う。お互いに、自分を通そうとしている。――それはすなわち、“心が育ってきた証”だ」
エクリナの言葉に、ティセラの瞳がわずかに見開かれた。
「成長、ですか……」
「そうだ。でなければ、怒ることも、悲しむこともない。ぶつかることを恐れぬほど、互いの存在が“大きく”なったのだろう」
その言葉には、どこか嬉しさと、ほんの少しの寂しさが混ざっていた。
「……けれど、エクリナ。もしこのまま――本当に傷つけ合ってしまったら?」
エクリナは静かに立ち上がり、庭に咲いた一輪の花を見つめた。
「それでも、見守る。我が手を出すのは――どうしても必要な時だけでよい。二人の間に生まれた痛みであっても、それはきっと、無駄にはならぬ。……願わくば、それを“絆”に変えてくれればな」
ティセラは、そっと微笑んだ。
「……やっぱり、エクリナは優しいですね」
「ふふ。優しさなど……、ただの我の“欲”だ。あやつらが笑っておれば、それでよいだけだ」
穏やかな風が、テラスを包み込む。
やがて、遠くから魔力の気配が――
二人の対立は、避けられぬ“夕刻”へと突入していく。




