◆幕間:揺れる心、静かな観察者たち◆
日が傾き始める頃、館の裏手にあるテラスに、エクリナの姿があった。
ライナが暴走し、焼けた庭の一部を遠目で見つめていた。
すると――
柔らかな金髪を後ろでまとめ、大きなリボンを結んだ小柄な少女ティセラが、ふわりと軽やかな足音とともに現れた。
琥珀色の瞳は澄み、家族の中で最も小柄なその姿が、夕暮れの光に柔らかく包まれている。
テラスの外では、庭の草花が風に揺れ、かすかな紅茶の香りが漂っていた。
「……エクリナ、またライナとルゼリアが喧嘩しそうになってましたね……」
工房の窓から一連を見ていたティセラは、心配になった。だから、エクリナと話したかった。
「うむ。我も見ておった……」
エクリナは小さく頷き、手元のカップを静かに傾けた。紅茶の香りが、風とともに流れていく。
「わたしは見聞きした限りですが、ライナはエクリナのためにシチューを作り、贈り物を相談し、書庫の本の配置をいじったように感じました」
ライナの行動を客観視して、すべてはエクリナのために行っていたことと推測したティセラは、そのまま告げた。
「ルゼリアはライナが失敗しないように注意というか、助言をしていたようにも見えましたね」
ルゼリアはライナのために行動していたと、ティセラは見抜いていた。
「ただ、それをわたしから伝えるのは変な気がして……見ているしかありませんでした……」
(結界で止めるべきだったのでしょうか……でも、あれは“心”の問題で……)
自分が何もできていない、どうしていいかわからないと心中を吐露した。
「ライナも、ルゼリアも……お互いにエクリナを想っているはずなのに。どうして、こんなに噛み合わなくなったのでしょうか?」
すれ違う二人の想いに対して、ティセラはエクリナに答えを求めた。
「それはな……“想い”が強すぎるゆえかもしれぬな……」
エクリナは、空を仰ぐように目を細めた。
「昔から傍にいた二人。どちらも、我のために懸命に動いてくれる。だが、忠誠の形も、心の育ち方も――まるで異なる」
姉妹の想いは十分伝わっており、それぞれの個性を理解していた。
「ライナは情熱的で、真っ直ぐですね。言葉より先に心が動いてしまうような」
「うむ。そしてルゼリアは、理と礼を重んじる。心より先に“どうあるべきか”を選び取る」
それが個性であり、いいところであると再認識するティセラとエクリナ。
ティセラは頷いた後、少しだけ目を伏せた。
「まるで、陽と陰のようですね……。眩しいくらい真っ直ぐな陽と、そっと支える静かな陰」
「優しさと正しさ。どちらも大切だ。だが、その重ね方は、未熟な心には難しいものだろうな。これは―“本気でぶつかる”という意味では最初の喧嘩かもしれないな」
これから姉妹が待ち受けるものを言葉にするエクリナ。
「……そうですね……。少し、怖くもありますが」
ティセラは”本気”という言葉が胸に引っかかっていた。
どちらにも負けて欲しくないし、特に大怪我をして欲しくないと感じていた。
「これまで何度すれ違いがあろうとも、どちらかが引いていた。だが、今は違う。お互いに、自分を通そうとしている。――それはすなわち、“心が育ってきた証”かも知らぬ」
「まあ、我も同じく成長中だから、あまり偉そうには言えないがな……」
喧嘩から得るものをエクリナはわかっていた。それはかつてセディオスと本気でぶつかり合い、死闘を繰り広げたことがあったからだ。
そして、その先には互いへの理解とかけがえのない未来であった。
エクリナの言葉に、ティセラの瞳がわずかに見開かれた。
「成長、ですか……」
「そうだ。でなければ、怒ることも、悲しむこともない。ぶつかることを恐れぬほど、互いの存在が“大きく”なったのだろうな」
その言葉には、どこか嬉しさと、ほんの少しの寂しさが混ざっていた。
「……けれど、エクリナ。もしこのまま――本当に傷つけ合ってしまったら?」
エクリナは静かに立ち上がり、庭に咲いた一輪の花を見つめた。
「それでも、見守る。我が手を出すのは――どうしても必要な時だけでよい。王としては、そうあるべきだ」
「二人の間に生まれた痛みであっても、それはきっと、無駄にはならぬ。……願わくば、それを“絆”に変えてくれればな」
ルゼリアとライナが互いを傷つけ合うとしても見護ると心に決めていた。
そして、姉妹を信頼するエクリナは、喧嘩の後には仲直りして欲しいと考えていた。
ティセラは、そっと微笑んだ。
「……やっぱり、エクリナは優しいですね」
「ふふ。優しさなど……、ただの我の“欲”だ。あやつらが笑っておれば、それでよいだけだ」
穏やかな風が、テラスを包み込む。
ティセラは、ふと遠くに揺らぐ魔力の気配に目を細めた。
(……見護るしか、できないのですね)
やがて、二人の対立は、避けられぬ“夕刻”へと突入していく。




