◆第129話:剣と崇拝の夜――孤閃vs狂信〈後編〉◆
剣を構え直すセディオス。
《魔導充式剣ディスフィルス》の魔晶は交換を終えており、万全の状態だった。
「リゼル、お前はヴァルザに似ているな。冷酷で、残虐だ……」
睨みつけながら、セディオスは静かに告げる。
「ヴァルザ様に似ている! ありがとうございます、敵ながら褒めていただけるとは!」
リゼルは素直に歓喜した。
幻想に抱く『ヴァルザ』は、信仰、崇高、憧憬のすべてを内包した、言わば神にして目標。
その名に近づけたことは、何よりの栄誉だった。
「いやぁ~……ヴァルザ様の手記を何度も読み直し、意図を汲み取った甲斐がありました」
うんうんと頷くリゼルは、見た目だけなら愛らしさすら感じさせる。
「そういえば、お名前なんでしたっけ?」
とってつけたように、思い出した風で尋ねる。
「……セディオスだ」
「セディオス……セディオス……よし、覚えました♪」
その言い方は、まるでお気に入りの玩具に名札を貼るかのようだった。
「貴方、なかなか見どころはありますが――残念です。神の仇は討たねばなりませんので……ねぇ?」
玩具に名を与えた後、壊すことを告げるような声音だった。
「まぁ、いいでしょう。せめて一時くらいは覚えておきたいので――命がけで抗ってください♪」
言い終わると同時に、リゼルの姿が掻き消える。
空間転移――セディオスの背後を取る。
《律創杖剣レギオン・セファル》を槍形態に変形させ、連続突きを見舞う。
突きの一打一打が、まるで“神の意志の代行”であるかのように正確で、冷たい。
「本当に、ヴァルザと同じだな……!」
咄嗟に剣で弾き、拮抗する。
「褒めすぎですよ♪ 殺せなくなるじゃないですか? クロノ・アシュータ!」
肉体・反応・思考――全ての速度が増幅される。
高速となった突きが、次々とセディオスを襲う。
「インフェルノ・サンダー・オブリヴィオン!」
セディオスは咆哮と共に、黒炎・紫電・闇の渦を同時に剣へと纏わせた。
振り下ろされた瞬間、光の弧が描かれ、着弾点に闇の渦が生じる。
その中から、爆裂するように雷と黒炎が炸裂――床ごと爆ぜる。
「――クレセント・フォールド」
リゼルは空間転移によって背後に回避すると、圧縮された空間を湾曲刃状に変えて連続突きを重ねる。
反応しきれず、背中を裂かれるセディオス。
「ぐっ、おおおおおっ!」
振り返り、必死に剣で弾く。
「このぉっ!」
リゼルも負けじと柄で受け止め、バックステップで間合いを取る。
戦具はすぐさま大斧形態へと変形した。
「うん! いい悲鳴です!」
「でも、愛着が湧く前に、そろそろ終わらせましょうかね?」
笑顔のまま、大斧を構え、リゼルは突進する。
「スペイシャル・グラインド!」
リゼルが軽く指を弾くと、セディオスの周囲に薄氷のような空間の“層”が幾重にも出現。
それらが螺旋状に回転し始め、空間そのものが押し潰されていく――“音のない崩壊”が始まった。
「さあ、空間ごと潰れなさい!」
リゼルは跳躍し、巨大な斧を振りかぶって追撃に入る。
《魔導充式剣ディスフィルス》の魔晶が四色に輝いた。
「うおぉぉぉっ――! アストラ・ネメシス!!」
セディオスの咆哮と共に、ディスフィルスの最大魔法剣技が発動。
闇・炎・雷・結界――四属性の力が一斉に剣に集約され、複合魔刃が形成される。
斬撃と共に、空間は断裂し、闇がえぐり、炎が焼き、雷が駆け、結界が護る。
破壊の波が、一斉に巻き起こった。
――何かが、壊れる音がした。
目に見えぬ空間が、轟音と共に、次々と破砕されていく。
爆ぜた空間の断片が、金属片のように周囲を切り裂いて飛び散る。
追撃していたリゼルは辛くも回避する。
「防ぎましたか……では、クロノ・シフト♪」
リゼルが指を鳴らす。
時が、止まった。
セディオスとリゼル――二人だけの静寂な世界。
リゼルはゆっくりと近づき、セディオスの胸元にそっと手を当てる。
「クロノ・リフレイン――」
歯車の幻影が背後に浮かび、セディオスの体に『過去の傷』が青白く浮かび上がる。
それは治癒の反転。癒えたはずの傷を、もう一度『未治癒の状態』へと巻き戻す時間の暴力。
癒やした努力も、耐えた日々も、すべてが“なかったこと”として否定されていく。
瞬間、時間の震えが肉体を包み――『過去の痛み』が一斉に再演される。
時が、動き出した。
音も空間も崩れゆく中――
胸がひきつり、視界がぐらりと揺れた。
その刹那――
ひときわ大きな絶叫が重なる。
「ぐああああああああっ……!!!」
「くっ……がっはああっ!! がああああああっ!!」
セディオスがこれまでに負ったすべての傷が、血飛沫と共に蘇る。
内臓の裂ける痛み、骨が砕けた瞬間の衝撃、焼かれ、穿たれた感覚――
そのすべてが、“同時に”再現された。
それは、幾度も死線を越えてきた男にとって、最大の拷問だった。
叫ぶ。
絶叫する。
身体中から血が噴き出し、セディオスは崩れ落ちた。
「んん~んっ! 心地よい絶叫です。ここにヴァルザ様がいたら、きっとお気に召したでしょうね」
まるでオペラを堪能した後のように、リゼルは優雅に語った。
「いい顔です、あなたは誇っていいのですよ?」
「クロノ・リフレインは、これまでに受けた『過去の傷』を、そっくりそのまま再現する時魔法」
「これだけの致命傷――あなたがいかに死線を越えてきたかの証ですから」
リゼルは、玩具に別れを告げるようにセディオスの頬を撫でた。
その瞳には、ほんのわずかな慈しみのようなものすら浮かんでいた。
まるで壊れた玩具に別れを告げる子供のように。
それが、狂信者にとっての“優しさ”だった。
――あまりにも、残虐で、狂気に満ちた優しさだった。
夜会は、静かに終焉を迎えようとしていた。
次回は、『12月7日(日)13時ごろ』の投稿となります。
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