◆第10話:主の好物と、王の矜持◆
ある晴れた午後、エクリナは一人、町へ買い出しに出ていた。目的は、セディオスの大好物――特製ハーブバケット。
いつもはエクリナお手製のパンが食卓が並ぶのだが、どうしても”特製ハーブバケット”が再現できず仕方がなく定期購入しているのであった。
「ふふ、これが手に入れば、今夜は我が渾身のスープと合わせてみせよう……しかし、そろそろこやつの製法を我が手中に収めたいものだな」
ウキウキと袋を抱えて歩くエクリナ。だが、そんな平穏な時間を切り裂くかのように、突如として空気が揺れた。
ゴロツキどもが側道から現れたのだ。エクリナにイヤらしい目線を送り、ナンパしてきた。
「随分とべっぴんだな、ご主人様のところへ帰る途中か?、なあ、その前に俺たちにご奉仕してくれよ?」
ゲヘヘと品の無い声であった、”つまらん”と思ったエクリナは無視して立ち去ろうとする。
それを妨害し、不意に腕を掴まれてしまった!。そしてそれは”特製ハーブバケット”が入った袋の落下を意味した。
「……!? なっ……っ!」
咄嗟に拾おうとするが、ゴロツキに踏まれてしまいエクリナは硬直してしまった。ゴロツキどもは、おとなしくなったと勘違いして更に迫ろうとしていた。
「………………」
沈黙。 そして――
「……許せぬ」
エクリナの瞳に光るのは、激怒ではない。 それは冷ややかで凍りつくような、王の怒気。
指を鳴らした瞬間、空間が揺れ、敵の集団ごと森の奥へと転移される。 その瞬間、エクリナの手に魔杖アビス・クレイヴを転移させ握りしめる。
ゴロツキどもは訳が分からなかった、今まで街にいたのに……何故森の中にと…
そして、ナンパしていた可憐なメイドの手には杖が握られており、この世と思えない気配を発生させていた。
「あ、これは……」と続きを彼らは想像することはできなかった、
轟音と共に、森の一部が蒸発した。ゴロツキが震える間もなく、次の呪文がすでに詠唱されている。
◇ ◇ ◇
十分後。
森の奥には、何も残っていなかった。ただ、静寂と、吹き抜ける風だけが証人だった。
◇ ◇ ◇
夕方、食卓には香ばしく焼けたパンと、ハーブの香るスープ。
「そういえば、今日森の北側で“どっかーん”ってすごい音がしてさ! 近くで採取してたから見に行ったんだけど……あそこ、何もない平原になってたんだよね……」
ライナがパンを手に首をかしげ、ぽつりと呟く。
「……あれができるのって、うちじゃ……いや、まあ、気のせいかもね?」
エクリナはスープを啜りながら、涼しい顔で返した。
「些末な問題だ。我が王たる矜持に触れた愚か者への、当然の報いである」
セディオスは呆れ半分、笑み半分でパンを口に運んだ。
「……やっぱり、エクリナが焼いたバケットは最高だな」
エクリナは、少しだけ頬を染めて、そっぽを向いた。
「ふ、ふん……当然であろう。我がこだわって焼いたパン、うぬの好みに合わぬはずがなかろう……」




