◆第111話:業火の晶、再び鍛えられしとき◆
工房の片隅で、魔法書の山と図面を前にティセラとルゼリアが黙々と作業をしていた。
「まずは強度強化ですね。打ち合いで砕けるようでは意味がありませんから」
《焔晶フレア・クリスタリア》のフレーム構成を見つめながら、ティセラが真剣な表情で呟いた。
「この術式……使えますか?」
ルゼリアは持ち込んだ魔法書の山から一冊を抜き、ページを示す。
「うん、良いと思います。けれど……」
ティセラは一度頷いた後、顔を曇らせる。
「素材が足りませんね。手持ちではこの強度には耐えられません」
「では、採鉱してきます。少し待っていてください」
そう言って立ち上がるルゼリアに、ティセラが地図を差し出した。
「恐らく、ここ――この洞窟なら入手可能です。座標はこの辺りです」
加えて、急ごしらえの戦具も手渡される。
「これを。試作の鉤爪です。訓練がてら使ってみてください」
「ありがとうございます!」
転移扉の前に立ったルゼリアは、座標を入力し、静かに呟いた。
「……新たな力、必ず自分のものにしてみせます」
光に包まれ、彼女は洞窟へと消えた。
◇
――洞窟内部。
湿り気の強い鉱脈洞。床は鉄分で赤く、天井からの滴が灯りを歪ませる。
キン、カキン、と金属を打つ音が冷えた空間に反響する。
「くっ……硬い……!」
鉱石の外殻を持つ魔物――鉱石生物を前に、ルゼリアは鉤爪で立ち向かっていた。
「炎魔法は使えない。高熱で鉱石が変質する……かといって、鉤爪では決定打に欠ける……」
ひらりと回避しながら、彼女は冷静に分析する。
「順当に……関節部を狙いますか」
視線を鋭く走らせ、敵の関節部を一閃。
滑り込むように踏み込み、鉤爪で一気に捻り斬る。
「……ふぅ、ようやくですか。必要な鉱石はこれですね……けれど、まだ足りないようです」
採掘した鉱石をティセラの工房保管箱へと転送し、ルゼリアは更に奥の暗闇へと足を踏み入れた。
◇
数時間後。
瓦礫の山に腰掛け、水筒を傾けるルゼリア。
その足元には、討伐した鉱石生物の残骸が山のように積まれていた。
「……これで不足はないですね。ティセラへのお土産も手に入りましたし、僥倖です」
手元の鉤爪に視線を落とし、そっと呟く。
「近接戦はやはり難しいですね。距離が近い分、本能的な判断が問われる……ライナは、すごいですね」
そしてそっと、胸に手を当てる。
「……全てを切り裂き、王の力になれるように尽力しましょう」
覚悟を抱いて、彼女は館へと転移した。
◇
工房に戻ったルゼリアを迎えたのは、すでに作業を始めていたティセラだった。
「いい純度ですね。これなら素晴らしい魔法付与ができますよ!」
採掘した鉱石を見て目を輝かせるティセラ。そして追加で転送されていた鉱物を見て――
「……わ、これ、お土産まで!? ちょうどエクリナの新しい魔導戦具に使えそうな素材です!」
「ふふ、それは何より」
ルゼリアも珍しく柔らかく笑う。
「さて。帰って来て早々ですが、強化魔法の構築をお願いします。斬撃と刺突効果も、できるだけ盛ってください」
「はいっ! こちらのスペースを借りますね。――補助魔法展開っ!」
浮遊する魔法書群が光を帯び、該当項目のページがひとりでに開かれていく。
それからの時間は――果てしなく、そして楽しかった。
食事以外は全て作業に費やされた。
(※「食事は一家で食すこと!」というエクリナの絶対命令だけは厳守である)
睡眠を削り、瞼にクマを浮かべ、髪は跳ね、体力残量はゼロ寸前。
それでも、二人の顔はどこか楽しげだった。
「ティセラ、今……魔晶配列が……二重に見えます……」
「ルゼリア、それはですね、私たちが幻覚魔法に侵されてるんですよ……」
「「あははっ……!」」
壊れかけた会話の中にも、ふたりの信頼と情熱が滲んでいた。
それは、何よりもまっすぐな“ものづくり”の証だった。
◇
――そしてついに、完成の時が来た。
「……や、やっと……できましたね……」
ティセラは顔が引きつりながらも、満面の笑顔で言った。
「ええ! 素晴らしい完成度です! 何という煌めき……これならば!」
「この力で……もう誰にも、退かぬと誓えます」
テンションが上がりすぎて逆におかしくなっているルゼリアの姿も、今だけは誰も止めない。
ノックの音と共に、エクリナが現れた。
「完成したか。……良い笑顔だな、ルゼリア。ティセラもご苦労だった」
そして微笑を浮かべながら、静かに言った。
「まずは眠れ。訓練は、体力が万全になってからだ」
指をパチンと鳴らす。
その瞬間、二人の体はベッドへと転移された。
「さて……滋養に効くスープでも作るか」
工房を一瞥したエクリナは、そっと扉を閉めた。
工房内には、わずかな熱が残っていた。
それは――新たな力を宿した《焔晶フレア・クリスタリア》の放つ余熱だったのか。
あるいは、夜を徹して鍛え上げた二人の“情熱”が、空間に刻まれていたのか。
それは誰にも、分からなかった――。




