◆第110話:魔刀と実践訓練◆
ティセラの工房の外には急ごしらえの設備があった
炉場、二基の火床、奥に冷却槽。
左の作業台には試作刀身が三本、右に紫電色の魔晶粉の壺。
修行から数十日――セディオスとティセラは、ライナ専用《魔刀》の鍛造に挑み続けていた。
「剣とは異なる工程が多いですね……鉄を折り返す? なるほど、こうして強靱性を高めるのですね」
刀を試作しながら、ティセラは黙々と工程を刻み込んでいく。
炉の火が息を吐き、鉄塊が白く膨張する。
「今回は“魔剣”ではなく“魔刀”。通常の刀では、ライナの速度に耐えられず折れてしまうだろう」
セディオスが思案深げに唸る。
「魔剣では、刀身に魔法付与した魔晶粉を振りかけ、表層から馴染ませていきますが……
今回は、鉄塊を熱した後で魔晶粉をかけ、折り返しながら刀身に馴染ませる方式が良いかと」
ティセラが工法を提案する。
赤めいた鉄の層が折り返され、紫電色の微粒が筋目に沈む――“雷”が刃に根を張る。
「……いい感じだな、それで行こう」
セディオスは同意し試していく
◇
幾度もの失敗と試行錯誤の末、ようやく――完成に至った。
磨き上げた刀身は、細い稲妻の脈動を思わせる光を纏う。
「試行錯誤の連続でしたが……ようやく、ですね」
「美しい輝きだ」
「名は……どうします?」とティセラ。
「ライナ専用、雷……そう、“雷鳴”としよう。《魔刀・雷鳴》。
雷が鳴る前に敵を斬り伏せる、そんな意味を込めて」
届けられた魔刀に、ライナの目が見開かれた。
「すっっっご〜いっ!かっこいい!」
ぴょんと跳ねる彼女に、セディオスは目尻をゆるめる。
「今日からは、その刀で型稽古だ。重さと芯に慣れておけよ」
「頑張るぞッ!」
最初は抜刀の軌道がぶれたが、数度で刃筋が安定していく。
刀身が走るたび金属臭が鼻を刺し、産毛が逆立つ。右前腕に軽い痙攣――雷の代償だ。
「……平気。まだいける」ライナは手の内を締め直した。
◇
さらに数日後――
「そろそろ“必殺”の訓練をするか」
そう告げられたライナは一瞬きょとんとし、はっ!と目を見開く。
「そういえば、そうだった! 敵に接近して斬る技なんだった!」
「その通りだ。まずは巻き藁で訓練してみよう」
だが実際の訓練は難航した。
精神を統一し高速で駆け、抜刀と同時に斬撃を決める。
しかも相手の動きの先を読む必要がある。
ライナは頑張ったが、失敗続きだった。
踏み出した瞬間に重心がわずかに浮き、鞘口で一拍の遅れが生まれた。
遅れが抜き際に伝わって刃は水面を探る魚のように泳ぎ、巻き藁の芯を外す。
詰めるべき間合いも半歩遅れて、刃筋がわずかに寝た――斬撃は空を噛み、不発に終わる。
などなど。
「はぁ、はぁ……む、無理かも」
ライナが地面に手をつく。
「……ふむ。俺がやって見せよう」
セディオスが刀を構え、足の先が土をつまむ。
ライナは思った。
(……きっと、セディオスでも難しいよね……)
そして動く――
静座のまま、ひと息で視界のノイズを捨てる。
鞘走りは水平。肩の力は抜いたまま、角度の制御だけで刃を通す。
踏み込みは一足一刀――納刀の“拍”と同時に横一文字。音より先に斬撃が走った。
一瞬の駆け。巻き藁は、真横に綺麗に――斬れていた。
「…………」言葉が出ないライナ。
そこには、かつてのセディオスの片鱗が確かにあった。
「どうだった、ライナ?」
「すごいね……」
「ふふ。だが――ライナなら、もっと凄いことができるさ」
その一言が、くじけかけた心に再び火を灯す。
そして十数回目の挑戦。
刃が音を置き去りにする。
「—————」
藁は横にだけ“ずれる”ように割れ、遅れて束がさらりと崩れ落ちた。
「やっっったぁっ!」
振り返ったライナの笑顔に、セディオスは誇らしげにうなずいた。
◇
翌日。
「今日は”実戦訓練”だ」
セディオスはティセラを伴って現れる。
「ティセラの結界を突破できたら、技は完成だ」
「よーし、やるぞ~~!」
気合の入った声を上げるライナに、ティセラが問う。
「何枚、結界を張れば良いですか?」
「三……いや、五枚にしてくれ。それで何とか耐えられるはずだ」
「……分かりました」
ライナは構えた。
目を閉じ、呼吸を整える。胸郭の上下が小さくなるまで静め、視界の余白をひとつ残す。
ティセラの睫毛が一拍長く伏せられ、周辺がうっすら明滅――
――走る。
雷光のごとく疾走。
瞬間、ライナはティセラの背後に立っていた。
納刀の“カチリ”という音と同時に――
次いで、結界が砕けていく音が響いた。一度、二度、三度、四度。
四枚目が砕けた瞬間、セディオスの指先がわずかに震えた。
(この勢いはまずいか?)
――案の定、五枚目も砕ける。
「!? ティセラ!」
直後、“キィィン”――高域だけが抜ける耳鳴り。
空気が震え、直感的に感じ取る。そこに“面”が立った。六枚目の結界が発動していた。
「なっ……」
驚くセディオスに、ティセラは少し不機嫌な声色で言う。
「あなたの顔が不安そうだったので、念のため六枚目もさっき張っておきました。
……結果、正解でしたね?」
「「……あ、危なかった~~~~~!!」」
セディオスとライナは、その場に尻もちをついた。
息の合った悲鳴が空に抜ける。
「本っ当に! 六枚目がなかったらどうなってたか、分かっていますよね!?」
ティセラの怒声が飛び、セディオスはしょんぼりと説教を受ける羽目になった。
とはいえ――いろいろあったものの、ライナは見事に己だけの“必殺”を掴み取っていた。
《魔刀・雷鳴》の刃が静かに鞘へ沈み、訓練場を渡る風だけが、余韻のように唸っていた。
次回は、『11月13日(木)20時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
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