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魔王メイドエクリナのセカンドライフ  作者: ひげシェフ
第七章:狂信者の夜会

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◆第109話:抜刀の稽古、心の剣◆

訓練場の片隅に、屋根付きの新たな板の間が設けられていた。

極東の都ユヅランの道場に倣った簡素な造り。木の匂いが新しい。


セディオスは静かに口を開く。

「最も大事なのは――精神統一だ」


開口一番の言葉に、ライナはぱちくりと目を瞬いた。

「えっ!? 素早く剣を抜いて斬るだけじゃないの!?」

「もちろん、それも大切だ。だが抜刀術というのは、ただの速斬りではない。『隙』を見極め、それを断ち切る技だ。つまり、その隙を捉える集中力こそが要となる」


落ち着いた声が、場の空気を研ぎ澄ましていく。

その緊張が、かえってライナには少しプレッシャーに映ったようだった。


「……う、うん、わかった!」

「では始めよう。正座だ。目を閉じ、心を空にして――無心になるんだ」


ライナは正座し、そっと瞼を閉じる。

一分……いや、数十秒も経たぬうちに、肩が小さく震え出した。


(まだかな……まだ終わらないのかな……お腹減ったかも……)


思考がぐるぐると渦巻き始めたその時、不意に――ばぁん、と肩に衝撃が走った。

「いっっッた~~~いっ!! なにすんのさっ!」

「精神が乱れている」


バシッと一刀両断するかのような声音。

「集中できないままでは、いかなる技も形にはならん。精神が乱れた時は、そのたびに痛い目を見ることになるぞ」

「ううう……」


涙目のライナは、しぶしぶ再び目を閉じた。

――そのやり取りは、日が暮れるまで何度も繰り返された。


 ◇


翌日。

セディオスは一本の木刀を持ち、ライナの前に立つ。


「これが、今日から使う訓練用の”木刀”だ」

「……あれ? 片刃なんだね!」


好奇心の光を宿す瞳に、セディオスがうなずく。

「抜刀術用の剣は、極限まで軽量化してある。そのため刃は片側だけ。

 ―だからこそ、型も扱いも独特で、訓練が必要だ」


「うんっ! やってみる!」


「では手本を見せよう」


左腰に木刀を差し、右手で柄を、左手で木刀を支える。

呼吸を一つ整えた後――

踏み出しと同時に、木刀を滑るように引き抜き、回転を加えて横一文字に振り払う。

その動作はしなやかで無駄がなく、まさに“美しい”と感じられるほどだった。


「……そして、納めは刀身を滑らせるように丁寧にな。

 力を抜き、ただ抜く一瞬だけは全身に力を乗せる。分かるか?」


「たぶん、出来そう!」


満面の笑みで構えたライナ――しかし、

いざ振るうと、踏み出しと抜刀の拍が合わず、肩に無駄な力。剣筋も波打つ。

軽快だが、整ってはいない。


「む、むずかしい~!」

へたり込むライナに、セディオスは苦笑を浮かべる。


「すぐにできたら、誰も苦労はしない。繰り返しこそが何よりの糧だ。

 焦らず、まず『精神統一』と『型』を身につけるんだ」

「……うんっ。僕、がんばる!」


拳を握って立ち上がる。悔しさと、それ以上の憧れが瞳に灯る。


 ◇


数日後。

セディオスは木刀を構えたライナに言う。


「様になってきたな。そろそろ、俺と手合わせをしてみようか」

「ほんとに!? やるやるっ!」


喜び勇んで構える――だが、結果は惨敗。

抜刀の速度も集中も上がっている。けれど、セディオスの一撃には届かない。

何度挑んでも、かすりもせず打ち負ける。


「『静』と『動』の差がまだ甘い。常に構えている状態では、真の抜刀にはならない。必要なのは脱力だ」

指摘は厳しいが、声は温かい。

「自分の現在地がわかったな? まずは俺に勝てるよう、打ち合いの訓練も加えよう」


こうしてライナの修行は、新たな段階へと入った。


 ◇


毎日繰り返される、『精神統一』・『型稽古』・『打ち合い』。

普段は飽きっぽいライナが、驚くほど真剣に向き合い続けた。

敗北は悔しい――それ以上に、抜刀術そのものが彼女の心を強く惹きつけていたのだ。


そして、ある日。

「……よし、来い!」


合図と同時に、ライナが踏み出す。

木刀が音もなく抜け、風が線を描く。

――同時に、セディオスの木刀も閃いた。


正面でぶつかる一撃。剣筋が噛み合い、はじく音が澄んで響く。

初めて、対等に打ち合えた一瞬――。


「……よくやった、ライナ!」

目を丸くしたライナは、次の瞬間、満面の笑みで跳ねた。


「やったぁぁぁあっ!! セディオスと同じタイミングだよっ! できたっ!」

「ふふ……だが、満足するにはまだ早いぞ? さあ、もっとやるか?」

「うんっ! いっぱいやろうっ!」


その日、稽古は夜まで続いた。

剣は、ただ振るうだけでは強くならない。心を整え、静かに、深く――。

そうして初めて、“本当の一閃”が生まれるのだった。

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