◆第107話:エクリナの休日―久々のデート―◆
賑やかさと整然さが交じり合う交易都市。
陽光が石畳に反射し、香辛料の匂いが風に乗る。
その大通りを歩く二人。
その姿は、お嬢さまと護衛のようにも見えた。
「いい賑わいだな。ん?見たことない食べ物だな」
「うまそうだな、それを二本くれ」
エクリナが興味を持った串焼きを、セディオスがすぐさま買う。
一瞬、焼けた脂の香りが立ち上り、周囲のざわめきが遠のく。
「はむ。魚か、美味だな」
「これはつまみに良いな」
「酒を飲むにはまだ早いぞ?」
「はは、分かってるよ」
短いやり取りのあと、二人の笑いが混じる。
食べながら歩く二人。
まさに恋人のような二人をじっと見る影があった――――
「いい感じですね」
「おいしそう……」
「あとで買ってみましょう」
ティセラ、ライナ、ルゼリアが隠れながら二人を見ていた。
その手には、ガラス板がはめ込まれた筒を三人とも持っていた。
「この“ぼうえんきょう?”ってすごいね」
「まるで近くにあるように見えますね」
「二人とも警戒心が強いですからね。この“望遠鏡”がないと観察できません」
三人は息を潜め、笑いをこらえる。
驚くライナ、感心するルゼリア、製作者のティセラ――それぞれが囁くように言葉を交わした。
◇
雑踏の中を歩く二人。
人波のざわめきと楽師の笛が混ざる。
色とりどりの布地が風に舞い、露店には果物や香辛料、宝石細工が所狭しと並んでいた。
「見よ、あの細工……可憐だな」
エクリナが足を止め、露店の並ぶ通りを眺める。
並んでいたのは、小指ほどの金属細工に青色の宝石を嵌め込んだ髪飾りだった。
陽の光を受け、青がちらりと輝く。
「似合いそうだ」
セディオスが一つを手に取り、光に透かす。
「“ルミナの雫”と呼ばれる装飾品ですね」店主がにこやかに説明する。
「ではこれを頂こう」
「お、おい!」
「こういうのも持っておいた方がいいだろ?」
「そ、そうだな……」
一瞬の沈黙。
素直でない返答に、露店の主は思わず笑みを漏らす。
――その様子を少し離れた路地で見ていた三人。
「今の顔、いいですね♪」
ティセラが小声で言い、望遠鏡のピントを合わせる。
「なかなかお目に掛かれない顔です……!」
ルゼリアは静かに頷いた。
「王様、可愛い!」
ライナは微笑む。
三人の肩が並び、息を合わせるようにため息が漏れた。
◇
次に二人が立ち寄ったのは、菓子屋の露店。
焼きたての果実パイの香りが通りに広がる。
「香ばしい匂いだな」
「王様、それ、甘そうだよ!」――とライナの声が聞こえた気がして、思わず苦笑。
慌てて身を隠す三人が居た。
セディオスが小さな包みを二つ買い、ひとつをエクリナへ差し出す。
「どうぞ、甘いものもいいだろ?」
「いい香りだ」
ぱく、と一口。
「……ふむ、悪くない」
わずかに口元が緩み、ほんのり笑みが浮かぶ。
「……お腹空いた……」
「我慢ですよ、ライナ」
「あ、二人が移動しますよ!」
三人の小声が雑踏に混じって消える。
風鈴の音が短く鳴り、通りがまた賑やかさを取り戻した。
◇
そのとき――通りの向こうで、粗野な声が響いた。
「おい、そこの嬢ちゃん、いい服着てんなぁ。どこの貴族様だ?」
ゴロツキ風の男二人が、エクリナの前に立ちはだかった。
空気が一瞬で凍る。
セディオスが一歩前に出ようとした瞬間、エクリナが彼を制する。
エクリナがゆっくりと男たちを見る。
その碧眼が、氷のように冷たい光を帯びる。
「う、動くな」
男の背筋に電流のような悪寒が走った。
エクリナが指を軽く鳴らす――「パチン」。
間を置かず、彼らの足元に黒い影が走り、裏路地へと引きずり込む。
「な、なっ……!」
二人は悲鳴を上げる暇もなく、影に包まれて消えた。
数秒後、裏通りから「ドサッ」という鈍い音。
見れば、男たちは静かに気絶して倒れていた。
静寂。
風だけが二人の間を通り抜ける。
「……ふん、折角の時間が台無しになるところだったわ」
袖を整えながら言うエクリナ。
セディオスは苦笑し、肩をすくめる。
「見事な手並みだ。……やっぱり俺より強いな」
「当然だ。我を誰だと思っておる」
ふっと笑みがこぼれる。
――遠くの屋根から、その光景を見守る三人。
「流石です」
「ゴロツキのほうが可哀そうですね」
「王様らしいね♪」
三人は顔を見合わせて苦笑した。
その声も、風に溶けていった。
◇
日が傾き、街角は橙色に染まっていた。
人波の少ないベンチに腰掛け、二人は静かに並ぶ。
遠くでは鐘楼が鳴り、白壁が夕陽を受けて輝いていた。
「……静かだな」
「昼の喧騒が嘘のようだ」
セディオスが肩の力を抜く。
エクリナは小さく頷き、膝の上の小物袋を見つめる。
指先が、買った髪飾りをそっと撫でた。
「今日は……楽しかった。たまの二人っきりもいいものだな」
「たまには、デートもいいだろ?」
「……そう、かもしれぬな」
小さな笑みが漏れた。
夕風が二人の髪を撫でていく。
「ありがとう、セディオス。うぬが隣にいてくれると――安心できる」
その言葉に、セディオスは静かに微笑んだ。
短い沈黙。二人の影が、ゆっくりと重なっていく。
相変わらずセディオスとエクリナを離れて観察する三人は、あまり見ない光景にざわついている。
「さて、そろそろ戻るか」
「うむ――」
エクリナは、三人に向けて手招きをした。
とても良い笑顔であった。
「ひぃっ!?」
「バレた!?」
「な、なんで分かったんですか!」
離れた影の中から三人が慌てて飛び出す。
エクリナはため息をつきつつも笑った。
「まったく……家族というものは、油断ならぬな」
セディオスも肩を震わせて笑う。
合流するティセラ・ルゼリア・ライナ。
「せっかくだ、全員そろって夕食にしよう」
「賛成!」
「いいですね!」
「せっかく街に来たんですし、外で食べましょう!」
「うむ、では行くか。……うぬら、今度は許さぬからな?」
笑いながら言うエクリナ。
夕暮れの街路を、五人の笑い声が響く。
橙の光が彼らの背を照らし、長い影を一つに重ねていた。
――こうして、エクリナの休日は、温かな家族の時間のまま終わりを迎えた。
次回は、『11月9日(日)13時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
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