◆第8話:微熱と献身――初めての看病◆
朝、館の空気はどこか重たかった。 セディオスが微熱を訴え、寝室に伏していたのだ。
「うぬ、今日は……少し顔色が悪いぞ……?」
眉をひそめたエクリナは、すぐに寝具を整え、冷たいタオルを額に当てる。
「まったく、うぬというやつは……もう少し、自分の体を大事にせぬか……」
そう呟きながらも、その動きはどこまでも優しく、静かだった。
部屋のカーテンを少しだけ開き、適度な光を取り込む。 食事は消化に良い粥を用意し、温度を調整してから慎重に運ぶ。
「さあ、口を開けよ。我が作った特製であるぞ……ほら、少しずつ、な?」
スプーンで粥を口元に運ぶその手は、どこか緊張しているようで、ほんのり震えていた。
(……以前の我ならば、こんな姿を誰かに見せることなど……)
エクリナの視線は、ふと遠くを見つめる。
――かつて、戦場に咲いた黒き魔王。
――そして今、額にタオルをのせた男の枕元で、看病をするメイド。
その落差に、思わず口元が緩む。
「ふ……まったく、うぬという男は……」
セディオスの寝息が落ち着いてきたのを見て、そっと椅子に腰を下ろす。
(……あの時、全てを失った我に、手を差し伸べてくれたのは……)
彼女の瞳が、微睡む主の横顔を見つめる。 そして、ほんのわずかに手を伸ばし、その頬に触れる。
「……世界を滅ぼそうとした我に、ここまで尽くさせるとはな」
その囁きは、誰にも聞かれないように。 だが、その声には、誇りと、想いと、ほんの少しの照れが混ざっていた。
「……早く元気になれよ、うぬ。我には……まだ、言いたいことが……たくさんあるのだ」
そして、彼女はその場でそっと微笑んだ。 その姿は、かつての“魔王”とは違う。
けれど、誰よりも“強くて優しい”存在だった。




