◆第100話:記憶の奥に、折れぬ心を◆
魔哭神が嗤い、戦闘の只中にあっても悠然と構えていた。
セディオスたちはその猛攻に晒され、ルゼリアとライナの魔力も限界を迎えようとしている。
その一方で――
実験場の隅。
光の結界に守られながら、エクリナとティセラが小さな世界を築いていた。
ティセラは穏やかだが真剣な声で語り始めた。
「この“悪夢”の顕現は、魔哭神ヴァルザ……つまり精神世界に投影された彼を倒さなければ、この夢からは目覚められません」
エクリナは、未だ床に伏せたまま、ゆっくりと視線をティセラに向ける。
「おそらくこれは、エクリナの記憶を基に構築された世界。
それゆえに、ヴァルザはかつての姿よりも、遥かに強く――無敵に近い存在になっています」
ティセラは拳を強く握る。
「私は、エクリナの精神状態がそのまま“敵の強さ”に反映されているのではと考えています。
つまり――心が傷つき、磨滅するほどに、ヴァルザはより強大になっていく」
「……なるほど。ならば、我が心を強く持てばよいと、そういうことか」
静かにエクリナが呟いた。
だがその瞳は、まだ翳っていた。
(我は……本当に、勝てるのか? 負けると思い込んでいたのか……?
それとも……皆との日々が“幻”だと、信じ込まされていたせいか……)
エクリナの思考が深く沈んでいく。
心の底で、冷たい水のような絶望が音もなく広がっていた。
かつての誇り高き魔王。
だが、今の彼女はその面影をとどめぬほど、精神を削り取られていた。
ティセラは優しく語りかける。
「大丈夫、少しずつ思い出して。
エクリナは、孤独の中で立ち上がり、自分で自由を掴んだ。
そして今、家族と呼べる仲間が、命を懸けて貴女を救おうとしている」
「家族……」
エクリナの口から、かすれた声が漏れた。
その時、ティセラがふと天を見上げる。
結界の外で、無数の光の粒が舞い始めていた。
「……ああ……ルゼリアとライナから……魔力の粒子が……」
ティセラの声音に、焦りが混じる。
「化身として送り込まれた彼女たちの魔力が……限界に近い」
「そうか……皆、まだ……戦っているのか……」
ティセラは静かに頷いた。
「ええ。家族であるエクリナのために」
エクリナの心に、何かが灯り始める。
小さな焔が、闇の底でゆっくりと揺らめく。
「……これが、我の世界……想いの世界……」
「ならば、心が強ければ強いほど、世界もまた強くなれる……」
ここは我の内に在る世界――意志が、法となる。
脳裏に浮かぶ、幾つもの記憶。
セディオスが差し出した手。
ルゼリアの厳しくも暖かい眼差し。
ライナの笑顔と楽しげな声。
そして、ティセラのやさしい手の温もり。
すべてが、たしかに在った。
確かに過ごした、大切な日々――。
「……忘れていた……いや、忘れさせられていたのか……」
エクリナは、膝に手をつき、ゆっくりと起き上がる。
まだ体は万全ではない。だが、その背筋は、かつての気高さを取り戻しつつあった。
「ティセラ、すまなかった。我は……まだ、負けていなかったのだな」
ティセラの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「はい……その通りです。エクリナは、まだ負けていません。
この世界を形作るのは、貴女自身の意思――その力です」
エクリナは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出す。
「分かった。我がこの“悪夢”を終わらせよう。……自らの意志で」
その声は、かつての“魔王”の響きを取り戻していた。
闇に沈んでいた意識が、光に向かって歩み始める。
周囲の世界がわずかに震え、崩れていた床に花弁のような光が芽吹く。
(待っていろ、ヴァルザ。お前に与えられた悪夢など、我がすべて払ってやる)
――エクリナは、再び立ち上がる。
空がかすかに鳴り、精神世界は光の色を取り戻し始めた。
次回は、『10月30日(木)20時ごろ』の投稿となります。
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