◆第94話:絶望の果てに、微かな光◆
今日もまた、石牢に魔導術具の声が響いた。
「実験だ。移送を開始する」
エクリナは疲れ切っていた。
心は極限まで摩耗し、限界を超えていた。
絶望を味わい、死を願っても死ぬことすらできず、終わりの訪れない拷問をただ耐えている。
時の感覚はとうに失われ、世界は灰色に濁っていた。
(……いつまで、この地獄は続くのだ……?)
◆
いつもの実験場。
魔哭神ヴァルザが、いつも通りそこにいた。
だが、その手には――《律創杖剣レギオン・セファル》。
普段は座したまま片手で魔法を振るうヴァルザが、魔導戦具を手に取るなど滅多にない。
「今日は趣向を変える。最近、身体を動かしていなくてな。実戦形式でお前と戦ってやろう」
まるで軽い運動でもするかのような声音。
しかし、その瞳は氷のように澄み、エクリナのすべてを見透かしていた。
逃げ場はない――この場で倒すか、砕かれるか。
「さあ、杖を持て」
浮遊する術具が《魔杖アビス・クレイヴ》を差し出し、枷の封印を解除する。
指示通りに杖を握るエクリナ。
磨滅しかけた心、朧な精神のまま、彼女は一つの希望を探した。
(……倒せるかもしれない。この状況であれば……)
「ヴァ、ヴァルザ様……お願いが……ございます。ご、ご主人様を楽しませるために……この身を全快にして頂きたいです」
その言葉は、彼女にとって大きな賭けだった。
ヴァルザと会話を交わすことすら稀な中、しかも憎悪の化身に嘆願などあり得なかった。
それでも希望を持ちたかった。
「んん? “願い”を言うのは初めてか、エクリナ……ふん、意思を持つか」
一瞬だけ怪訝そうな顔を浮かべたヴァルザ。
(やはり駄目か……それなら、それでも……)
――次の瞬間、愉悦に歪んだ。
「面白い! 全快どころか、能力向上も施してやろう!」
嬉々として笑うと、ヴァルザは治癒魔法だけでなく、加護に等しい身体強化・魔法強化を彼女に施す。
治癒魔法の光が全身を満たし、加護に等しい力が骨の髄まで沁みる。
――だが、それは“好機”という名の罠。
そして、まるで心を読んだかのように。
「さあ、向かってこい。エクリナ!」
その号令と共に、彼女は駆け出した。
「シャドウバレット! シャドウグラトニー!」
闇の魔力弾が飛び交い、足元の影が顎のようにヴァルザを喰らわんと伸びる。
ヴァルザはにやりと笑い、〈シャドウグラトニー〉を踏みつぶし無効化した。
「児戯だな」
「穿てッ!」
連続魔弾を一斉射出。視界を覆う闇霧の中、エクリナが突進。
《魔杖アビス・クレイヴ》に魔力を込め、頭上から振り下ろす――だが、結界はひび一つ入らない。
(硬すぎる……空間魔法を併用するしか……!)
「じゃれるにしては弱いな」
杖剣が薙ぎ払われ、衝撃波が走る。
「くッ! ナハト=シンフォニア! スペース・ランスッ!」
飛び退きながら中級魔法を連発――だが、ヴァルザの杖剣は大斧形態《ヴァスト=ディバイダー》へ変形し、一閃で薙ぎ払った。
「今日は脚を使う日だ。せめて主人を一歩動かすくらいはしてみせろ」
彼は本当に一歩も動いていなかった。
「ならば――アブソリュート・レンド!」
空間が裂け、断裂の渦がヴァルザを包み込む。
だが、体内の魔核が悲鳴を上げた。
「ぐっ……魔核が……ッ!」
高位“空間”魔法の発動は、自傷に等しかった。
「ほう……適性の薄い空間魔法をここまで扱うか。実に興味深い」
ヴァルザの大斧が槍形態《レギオン=ランス》へと変化。
「受けてみろ。フェッルム・スパイク!」
金属杭が槍先から展開し、突進。
「ヴォイド・リメンブラント!」
四重の魔法陣を展開して相殺を試みる――しかし防ぎきれず、エクリナの肩に槍が突き刺さった。
「ぐぁぁっ!!」
それでも杖を握り、血の中で詠唱を続ける。
「シャドウ・スティグマ! プレッシャー・ケイジ!」
闇の楔と空間圧迫がヴァルザを包む――。
「見せ場としては上出来だ」
ヴァルザが《アポクリファ・ゼロ》を展開。
神語の結界が、すべての魔法を無へと還した。
「次はこちらの番だ」
杖剣が大剣《セファル=クレイモア》へ変形。
斬撃が十字に交差し、斬り裂く。
「……くッ……!」
視界が赤く染まり、右腕、脚、頭部が裂かれる。
倒れかけた身体を、魔杖にすがって支える。
「まだ……終わって……な……い……!」
「ダークネス・フラクトル……!!」
最後の魔力を振り絞り、闇の分身たちが四方から襲いかかる。
だが――
「終幕だ、エクリナ」
《律創杖剣》から放たれた、極限まで凝縮された空間崩壊魔法。
〈ディスクリエイト・サンクション〉。
空間ごと分身を呑み込み、エクリナの胸を貫いた。
「がっ……は……っ……!」
魔杖が落ち、意識が暗転する。
膝をつき、仰向けに倒れる。
ヴァルザが歩み寄り、見下ろす。
「その程度か……では、瀕死の感情揺らぎでも観察するとしよう」
結界を刃とした杖剣が振り下ろされ――
――カキンッ! ヒュボッ!
杖の一撃を遮ったのは、剣と斧、そして結界。
炎の矢が放たれ、ヴァルザは結界でそれを受け止める。
暗闇に、閃光が走る。
「……遅れたか。だが、間に合った……!」
静かに言い放つ声。
セディオスだった。
「ふん、玩具が増えたか」
ヴァルザの冷笑に、セディオスは剣を構える。
暗闇に閉ざされた世界に――光が、差し込んだ。
次回は、『10月23日(木)20時ごろ』の投稿となります。
引き続きよろしくお願いしますm(__)m
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