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◆序章:眠れる刃、その深奥に◆
闇と静寂だけが満ちる場所だった。
それは、記憶の奥底――誰にも触れられたことのない、封印された“過去”。
命令が響く。
魔力の収束、標的の指定、そして――射出。
「……ナハト=シンフォニア」
黒き楽譜のような魔法陣が空中に浮かび上がり、音もなく闇刃が舞う。
無数の敵兵が、声を上げる暇もなく貫かれ、崩れ落ちていく。
感情などなかった。
戦場で彼女が求められたのは、“美しい死の演奏”ただそれだけ。
――それが、かつて“魔王”と呼ばれた少女の役割だった。
「……もういい。もう終わったのだ」
静かに目を開ける。
目の前にあるのは、陽光の差し込むテラス。
白いカーテンが揺れている。
薄紅のカップに注がれた紅茶の香りが、過去を追い払うように鼻をくすぐった。
「目覚めの茶は、やはりミントがよいな……ふふ。さて、朝の準備に取りかかるとしようか」
小さく背伸びをして、少女――エクリナは立ち上がる。
彼女の白いエプロンは、戦場の血に染まることもなく、ただ主の朝を演出するためにある。
――たとえこの身が“魔王”であったとしても、
今は、我が主のために仕える“メイド”であるのだから。