72.魔法の効力が示すもの
「今日は何があったんだ?」
ルシールが退室した後の執務室。
カルヴィンはエルノノーラを呼び出して、学園での出来事を尋ねた。
夕方移動ドアが開き、「ただいま戻りました」と学園から戻ったルシールとエルノノーラの様子は対称的だった。
ニコニコと笑顔で機嫌が良さそうなルシールと、表情には出さないが明らかに不機嫌なオーラを放つエルノノーラを見て、カルヴィンはルシールに声をかけた。
「機嫌が良さそうだな。何か良いことがあったのか?」
「はい!今日分かったのですが、私の魔法の腕が以前より上がっているようなのです。攻撃魔法の特訓を頑張っていたし、その影響かもしれませんね」
嬉しそうで、少し得意げなルシールの報告に、『泥兎の練習に影響が?』と、興味を引かれてカルヴィンが重ねて質問する。
「どうして分かったんだ?」
「あのですね、以前フィナン様がこの国に来た時に、私がフィナン様の剣に浄化魔法をかけたのを覚えていますか?」
「ああ」
『後で勇者レオが「自分の剣も同じものをかけてくれ」とごねたやつだな』と、カルヴィンは思い出す。
「あの時かけた魔法が、まだ消えてなかったのです。
あれからフィナン様は、魔獣退治で剣を使う機会は多かったようなのですが、これだけ日が経つのに効力が落ちていなかったのですよ!
フィナン様は「レオ様に力が及ばない証拠だ」と話していましたが、それでもあれだけお強いフィナン様に、効力が続くなんてすごいことですよね」
「そうなのか。それはフィナン殿も心強いだろうな」
「はい。浄化魔法は魔獣にも効果があるようですし、少しはフィナン様のお役に立てた事が嬉しくて。今日更にしっかり浄化魔法を重ねてきましたから、だいぶん効果は持つかもしれません」
ニコニコと嬉しそうに笑うルシールを見ながら、『なるほど』とカルヴィンは納得する。
エルノノーラの機嫌が最高に悪そうなのは、フィナンがルシールに話しかけただけではなくて、更なる浄化魔法をかけたためだろう。
以前フィナンの剣に魔法をかけた時、勇者レオでも羨ましがったくらいだから、エルノノーラならば殺意に近いまでの嫉妬に狂ってるんだろうと理解した。
その後カルヴィンはルシールが退室したあと、改めてエルノノーラの口から同じ出来事を報告させたのだった。
「何があったんだ?」というカルヴィンの問いかけに、エルノノーラはもう怒りを隠す事なく不満をぶちまける。
「カルヴィン王子、あの男はダメですよ。これ以上ルル様に関わらせては危険です。早く片付けてしまいましょう」
『お前の方が危険だ』と想いながらカルヴィンが問う。
「いいからちゃんと報告しろ」
「今日あの男がルル様に礼を伝えてきやがったのです。剣にかけた魔法は今でも消えることなく、効果を見せてくれていると、爽やかに笑いやがったんですよ!
……思うのですが。
ルル様の魔法の効力は、気持ちの大きさを表すと思うのです。レオの剣にかける魔法も、レオと過ごすほどに効力の続く時間が長くなってきているでしょう?
レオはルル様に浄化魔法をかけてほしいばかりに、無理やりにでも魔法を使い切って帰ってきますが、使い切るまでの魔物の討伐数は伸びてるじゃないですか。
もちろんあの腹立たしい男の剣の腕は、レオどころか私の腕にも及ばないくらいに弱っちいものですが、魔法の効力が全く落ちていないなんておかしいと思うのです」
苛々と嫌味を混ぜならのエルノノーラの報告に、カルヴィンは言葉を返す。
「ルシール嬢の魔法の腕が上がっているとは思わないのか?」
「はあ?」
『なに馬鹿なこと言っちゃってるんすか』というようにエルノノーラは言葉を返す。
「私のルル様の魔法は変わらないですよ。『弱い癒しの魔法で私を癒してくれる』という事は、絶対的な法則なんですよ。本当にしっかりしてくださいよ。
――とにかく。学園に通うのは極力控える事にしましょう。
私は嫌われたくないので、カルヴィン王子から指示を出すことにしましょうか」
「お前が指示するな」
エルノノーラに冷たく言い放ちながらも、『勘が異常に鋭いエルノノーラがそう推測するなら、それが事実だろう』とカルヴィンは判断する。
昔から聞かされてきた『弱い癒しの魔法設定』を信じた訳ではなく、勇者レオの魔物の討伐数の伸びを見ても、エルノノーラの推測通りかと思われた。
「レオに仕返しを」と攻撃魔法をあれほど特訓していたが、泥兎あとの付いたジャージを大事にしているレオを見て、「人の悪意に気付けない優しい子だったんですね」と、レオへの見方を変えていた。
――それは明らかな間違いだと思っているが。
しかしその誤解が深まった頃から更に、魔物の討伐数は格段の伸びを見せている。
『魔法の力が想いの深さと関係するなら、そのうちあの男とは上手くいきそうだな』と思いながらも、なんとなく面白くない思いにもなる。
「そうですか……。光魔法の持ちは、ルシール嬢の想いの深さでしたか。
どうりでこのウサギの置物にかけられた魔法が、今でも変わらない癒しを見せてくれるはずですね」
ライナートが引き出しからウサギの置物を出して、机の上にコトリと飾ってみせる。
「エルノノーラへの贈り物のネックレスは、ルシール嬢に魔法のかけ直しをされてましたよね?……気の毒ですが、これが真実なのですよ」
話しながら、憐みの目をエルノノーラに向けた。
「はあ?ふざけないでくださいよ。最初にかけられた魔法は、私以外の者に向けてかけた魔法なんっすよ。
最初から私への魔法だったら、効果は永遠に続くところっすよ」
「そうだったのですか。私の物は最初から私への魔法だったので、よく分かりませんが、そういう事にしてあげましょう」
「テメェ……表に出ろ」
剣に手をかけたエルノノーラに、ライナートも剣に手をかけ立ち上がる。
「止めろ。鬱陶しい」
カルヴィンは短く言い捨てながらも、執務室でのルシールの存在の大きさを認めて考える。
『少し、学園に行くのを控えさせるか。「エルノノーラにしか出来ない仕事が入った」と、エルノノーラのせいにして』
自分勝手な国民性を持つ国の王子は、やはり自分勝手な決断を無情に下すのだ。




