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異界戦記  作者: 八神あき
7/7

魔王戦役

すべての戦略を再検討し、再構築し、次に立てこもる基地を決め、三万の軍勢とともに入る。また、四つの基地に同規模の軍勢を入れ、ホブゴブリンたちに戦略を授けて行動させることで、どの基地にも指揮官、つまりは魔王がいるように見せかける。その上で残った十万のうち3万を第二軍とし、野良魔物の獲得、七万を第三軍として中隊単位で行動させ、帝国軍に襲撃をかける。別働隊はそれぞれホブゴブリン10匹から成る会議に指揮させた。

ホブゴブリンを狼に乗せて斥候とし、敵の動きを探らせる。また地勢、環境の変化もリアルタイムで監視できるよう、情報収集のシステムを整えた。これで集めた情報で、沼地の水深が変化した理由もわかった。

風だ。

沼地は、当然潮の満ち干きとは関係ない。しかし、一定周期でやってくる、強い西風が吹き続ける時期には、水が西側に寄り、それ以外の場所が浅くなる。マヤはそれを知った上で、行動計画を立てていたのだろう。魔物の領域についての情報は完璧だと思っていたが、それすらもマヤに劣っている。

知りたかった情報は得たが、知りたくない情報も入ってきた。

魔王軍への大勝を続けるマヤの功績を認め、元老院はマヤに帝国の北半分の軍事力を自由に使う許可を与えた。官名も、北方属州防衛担当官から北方全軍最高司令官というやたらかっこいい名前に変わる。

指揮できる軍隊は正規軍14個軍団に17の騎士団4万7千。当然、国境の防衛もしなければならないので、そのすべてを率いるわけではない。しかし、対魔王遠征軍の増員は行うだろう。

予想通り、マヤは帝国の軍団からいくつかを引き抜き、それを自軍に加えようとする動きを見せた。国境周辺の軍団基地で新たな軍団が編成されたと斥候が伝えてきた直後、編成なった遠征軍と合流するためだろう、マヤは帝国領へと進路を向けたのだ。

数だけが売りの魔王軍だ。マヤの軍勢を増やすわけにはいかない。

俺はこちらの守りを固めつつ、マヤと増援軍の合流も阻止しなければならなくなった。すでに限界を超えて稼働していた頭はうなりをあげてなんかもう破裂寸前だ。

落ち着け、俺。別に一から考える必要はない。というか一から考えたところでそれを実現する時間がない。すでにある防衛体制を活用するほうが現実的だ。

マヤは帝国領へ向かっている。なら、第二防衛線がそのまま使える。俺は野良魔物を集める第二軍に三個軍団を送るよう命じ、本隊を連れて西へ向かった。


第二防衛線には本営が三つある。国境北部と南部を押さえる場所にひとつづつ、その中間にもうひとつ。その三つを核とし、小基地を建設。ここは対マヤ戦線の本命だったため、もっとも力を入れた部分だ。守りは鉄壁といっていい。

マヤがこのままの進路をとったとしたら、まっさきにぶつかるのは三つの本営のうちの南部本営だ。そこに三万の手勢とともに入る。第二軍から送られてきた三個軍団は中隊別にわけ、小基地に分散させた。すべての基地にホブゴブリン10匹の会議を置き、頻繁に斥候を出してマヤの軍を見失いようにする。そのおかげで、マヤが進路を変えた時もすぐにわかった。わずかに北にずれた。こちらが南に腰を据えたことへの対応かと思ったが、違う。マヤの進路から少し北に外れたところにある小基地が襲われた。ただちに周囲の小基地から援軍を出し、俺も手勢のうちから狼部隊の精鋭を率いてかけつける。

が、遅い。到着する前に基地陥落の報が届く。このとき、基地にいた10匹のホブゴブリンは全滅。応援軍の中にいたホブゴブリンが状況を手紙に書き、送ってきた。それによれば、マヤはそこから南西にある小基地に向かっているとのこと。

進路上にあるこちらの基地を落としていくつもりか。これならば予想していたパターンだ。ホブゴブリンたちにも対応策は指示してある。

まず、基地は、落とされることを前提に考える。その上でどれだけ粘れるかだ。粘れば粘るほど、相手の損害も大きくなる。これを繰り返して相手の疲弊を狙う。

当然、戦いを避けられたらどうしようもない。相手の進路を予想し、その先にある基地の兵を増員する。また、基地が囲まれたらただちに周辺基地から応援を出し、基地を包囲する帝国軍を包囲して攻撃する。俺は狼の精鋭を率い、遊撃に回る。

だが、俺の予想はすぐに裏切られる。

マヤは全軍を三分した。

城攻めなら軍を集中して一気にことを決するのが有利。兵力の分散などという愚策、マヤが犯すわけがない。そう考えていた。

けれど、自分の予想が覆されることは予想済みだ。

下手に動かず、頭だけははち切れる寸前まで回してマヤの意図を読む。普通に考えて愚策だ。だが、マヤは賢い。なら、これを愚策と考えた俺が間違い。なにが正解だ。マヤの意図は、戦略は。

考えている間に三つの基地が包囲され、攻防戦が始まった。予定通り、周辺基地から応援が出るが、俺は動かなかった。

あの三つは捨て駒だ。相手の意図読むための、次の勝利につなげるための計画的敗北。

ここが陥落する前にマヤの意図を読み解き、対策を練らなければゲームオーバーだ。この負けはただの負けになる。

7つの仮説を思いつき、検証し、4つに減らした上で、それぞれに対策を組む。マヤの次の行動で、仮説はひとつに定まるはずだ。

三つの基地を落としたマヤは、再び軍を集結し、西を目指した。これで仮説はひとつにしぼられた。

単純に、あの三つの基地は小規模で、軍を三分したところで落とせると判断したからだ。いや、むしろそのほうがひとつづつやるより短時間で三つの基地を落とせる。マヤは個々の戦闘で、適切な兵力を判断したうえで、最低限の戦力を送り込んでいる。戦いは数が多ければいいというものではなく、過剰でも不足でもない適切な兵力が、最適解が存在するのだろう。

俺の戦略と根本から反する。けれど、この程度の矛盾飲み下せなければマヤには勝てない。その上で戦略を再構築するまで。

俺はマヤの軍に攻撃を仕掛けている第三軍を収集した。うち4万を北部本営に、三万を中部本営に置く。また、第二軍が獲得した野良魔物たちのうち一万を中部本営に与え、ホブゴブリンたちに命じて早急に軍隊化させる。その上で、二つの基地で獲得したばかりの野良魔物の訓練を行い、兵士化なった魔物たちは5個中隊3000ずつのオーク・オーガ部隊と、5百の狼部隊を一単位とし、小基地に置く。これが最適解のはずだ。

こちらの防衛体制が強固になったことに気づいたのだろう。マヤが小基地への襲撃をやめた。ほっとしたのもつかの間、マヤが一直線に俺がいる南部本営に向かっていると報告が届いた。

心臓が跳ね上がる。身体が震え、立っていられなくなった。

落ち着け。落ち着け、俺。これも予想していたパターンだろう。

小基地ならともかく、魔王本人が居座っていると知れば、マヤとて無視はできないはず。攻撃をかけてくる可能性は高い。だから、この機会に、粘れるだけ粘って少しでも相手の兵力を削る。今まで小基地を捨て駒にしてやっていたことを、今度は俺自身が(おとり)になってやるだけだ。

俺は至急、防衛体制を固め、また周囲の小基地にも司令を送った。

南部本営は小高い丘の上に作った、ちょっとした城だ。

まず丘の頂上に二つの建物、ひとつは森から調達してきた食料と、ホブゴブリンたちが作った兵器を収める倉庫、ふたつは俺やホブゴブリンたちが使う会議室。そして軍を布陣させるための広場。この二つの建物とひとつの広場を柵と塹壕が囲んで長方形をなす。丘の周りには北からやってきた川が丘をぐるりと囲み、これが防御用の堀兼飲用水となる。この川の周囲には高さ2メートルのの石垣を築き、さらにその外には幅3メートル、深さ5メートルの塹壕。丘の斜面は魔物たちの寝泊まりと、訓練用の第二広場として使う。

帝国軍はやってくるや、軍団ごとにわかれ、丘の周囲に布陣し、工事を始めた。

丘の周りを堀と柵で囲み、それを小さな円として、それを囲む大きな円を、また柵と堀で作る。この二つの円の間に陣幕を張った。

定法通りの戦術だ。

城攻めのときは、まず城を包囲し、中から抜け出せず、外からも応援が入れないようにし、その上で攻撃を開始する。これまでの小基地も同じ戦法で落とされてきた。定法は効果があるから定法なのだろう。マヤは思いもがけない突飛なことをしたかと思えば、定法に堅実なこともある。敵の裏はかくが奇をてらうことはしない。

翌日の行動もまた、定法通りだった。

マヤは川をせき止めにかかった。水がなければ籠城は不可能。もちろん、中にプールを作って川の水と雨水をためているが、これだけじゃあ一ヶ月ももたない。

マヤが率いているのは定員割れした5個軍団。うち四個軍団は丘の包囲に残し、一個軍団4千と、騎兵若干を流れてきた川が丘にぶつかる場所に送り込んできた。ただちに遊撃隊を率いてかけつける。

外にうって出るとき、基地の守りを果たす川は突撃を妨害する障害物に変わる。

対岸でせき止め工事を行う帝国兵たち目指し、狼たちに川を渡らせると、当然のごとくバリスタで狙い撃ちにされる。ここは数で押す局面だ。

狼を一度引き、歩兵一個軍団と狼2千、そして巨人5体を集め、隊列を組んで川を渡った。またもバリスタの雨が降り注ぐが、川の中で死ぬ数より対岸に渡る数のほうが多い。ただ、巨人部隊は上に乗っていたホブゴブリンが射落とされ、5体とも非戦力化された。

対岸に渡った歩兵は敵歩兵と戦闘を始める。俺も狼たちを率い、敵の背後に回って攻撃をかけた。だが、さすがに魔物の巣窟での遠征を生き抜いてきた精鋭たち。簡単には崩せない。もたもたしているうちにマヤが2個中隊を率いてやってくるのが見えた。数で言えば2個中隊だが、マヤの存在自体が1個軍団に相当する。こちらは一個軍団プラス狼、敵は二個軍団プラス騎兵、劣勢だ。

俺は最後にオーガたちを暴れさせ、その隙に川を渡って城に入る。初戦は負けた。けど、まだ手はある。

南部本営攻防戦の二日目はこれで終わり、三日目にようやく、小基地からの応援軍がやってきて帝国の包囲網を囲んだ。こうして、帝国は内と外に敵を持つことになった。

ここからが数で押す魔王軍の本領発揮だ。

三日目、四日目はは小競り合いだけで終わり、四日目の夜を迎えた。夜は魔物の時間だ。

夜中の二時過ぎ、歩哨以外の兵たちが寝静まったころ、城から一斉に魔物を解き放った。喊声をあげさせ、敵軍を威嚇するとともに外の軍にも攻撃の合図を伝える。

帝国軍はただちに鎧をかぶり、配置についた。しかし、今夜は新月。森の中は星明かりも届かず、まさに闇そのもの。だが、ホブゴブリン以外の魔物は暗闇の中でも完全にものを見ることができる。

狼たちがうなり、帝国兵の悲鳴があがる。それでも混乱にはならず、松明がついて夜中の攻防戦がはじまった。帝国軍は内と外から自分たちの5倍近くの敵に攻められながらも、崩れなかった。

一晩中戦い、屍の山ができあがる。人間と魔物、数えるまでもなく魔物の死体のほうが多い。これも予想通りだ。

五日目は死体の片付けと、軍を休めることに使う。帝国側も似たような行動だった。そして翌日、翌々日と小競り合いを続け、こちらも被害を受けたが、帝国軍も着実に消耗していった。

そして八日目、ついに帝国軍の兵数は二万を切る。こちらは城内に2万5千、さらに帝国を囲む応援軍が5万。

決戦をかけるなら今だ。

八日目の夜、今度は前と時間をずらして十二時ごろ、一斉に帝国軍に打って出た。前回と違って新月ではないが、それでも十分暗い。

この日は帝国軍に、マヤに、いつもの余裕がなかった。

マヤは監視塔に登り、矢継ぎ早に指示を飛ばす。壊れた城壁の修復を命じ、定位置で防衛中の戦力から兵力を割いて遊撃隊を作り、それを駆使して防衛を行う。

俺はホブゴブリンに命じ、巨人部隊を出動させた。操縦士のホブゴブリンは夜目が効かないが、敵に突っ込んで暴れることくらいはできる。巨人たちは川があった場所を乗り越え石垣を蹴り飛ばし、帝国軍に突っ込んだ。それが勝負を決した。

巨人たちは敵軍を蹴散らし、その隙にオーク・オーガ部隊が一気に攻勢に出る。俺も狼を率いて敵遊撃隊を撃破した。

マヤはラッパを鳴らした。はじめて聞くラッパだが、すぐにその意味がわかった。

帝国軍は退却をはじめた。最低限の武器だけを持ち、包囲のために作った廊下から出て行く。ただし、バラバラの敗走ではなく、隊列を組んでの行軍方式でだ。おかげでそのあとを追った魔物たちは見事に撃退された。

敵軍をどれだけ消耗させたかはわからない。こちらの損害も確認していない。けれど、ひとつだけ確かなことがある。

俺はマヤを退却させた。マヤ率いる軍勢の猛攻を、凌ぎ切った。

思わずガッツポーズを決めた。笑いが漏れる。やった、ついに、ついに一勝。

「っっっっっったあ…………。疲れたぁ………」

俺はその場にぶっ倒れた。目に入るのは、満点の星。

「……綺麗だ」

そこで、緊張の糸がぷつりと切れた。

きっと翌朝になったら狼さんたちがほっぺたぺろぺろしてかわいく起こしてくれるのだろう。そう思っていた時期が僕にもありました。

だが実際に俺の目を覚ましたのは、ぎゃあぎゃあわめくホブゴブリンたちのなき声で、寝起きの頭に最悪の報告が届けられた。

退却後、マヤは第二防衛線を素通りして帝国領に入り、応援軍7個軍団と合流して中部本営を落とし、こちらに向かっている、と。

かんべんしてくれ。

俺はぼろぼろの身体にムチ打って起き上がる。とにかく、逃げなきゃ。

残った部隊を連れ、近くの基地に移動した。

結局はマヤに応援軍との合流を許してしまったが、あの夜の攻防戦は無駄ではなかった。『魔王軍、帝国軍を退却させる』の噂は森中に広まり、それまで態度を決めかねていたホブゴブリンたちがいっせいに魔王軍に志願してきた。それ以外の、噂をする知能を持たないはずの魔物も、魔王のもとに集まってきた。マヤ率いる帝国軍は魔物たちにとって脅威だったし、それを退けた俺につくことが得だと、本能で嗅ぎつけたのかもしれない。魔王軍は一気に50万に膨れ上がった。

だが、これは過剰だ。俺にマヤほどのカリスマはない。これだけの数を引きつけ、的確な指令をくだすことはできない。せいぜいにわか訓練を施したあと特攻をかけさせるくらいだ。それでも多少は消耗させられる。けど、それじゃあダメだ。

今回の戦いは、マヤは負けるとわかった上で仕掛けたのだと思う。

マヤの目標はあくまで応援軍との合流。俺の目的はその阻止。しかし、マヤはこちらの本営に攻撃を仕掛けることで、俺の意識を自営の防衛へと向けさせ、勝利によってこちらの気が緩んだところで本来の目的を達成する。

マヤは行き当たりばったりで戦ってるんじゃない。明確な戦略に沿って行動している。

散発的な襲撃や、小さな戦闘の勝利は、全体の勝利に繋がらない。効果の薄い襲撃を無数に繰り返したところで、有効な手を積み重ねるマヤには及ばない。

なら、こちらも、意味のある手を。有効な、勝利に繋がる勝利を。

逃げてばかりじゃダメだ。あいつは消耗戦で勝てる相手じゃない。

覚悟を決めろ、腹くくれ。俺はマヤに、会戦で勝つ。この劣勢を覆すのは、会戦での勝利以外にない。

こうなったらもう、次はない。ここで負けたら終わりだ。何度再起を繰り返したところで、ジリ貧になるのはこちらのほう。

次があるなんて思うな。ここで勝つ。ここで仕留める。

頭使え。いままでの記憶、経験をすべて掘り起こし、ありとあらゆる可能性を考え、シュミレートし、絶対に勝てる戦術を編み出せ。

考えているあいだにも、マヤはこちらに向かってくる。少数の守りを残して基地を離れ、別の場所に移動。それを繰り返し、生き延びて、時間を稼いで、けれど勝つ方法は見つからない。

だから、考えるのはもうやめた。俺は全軍に収集をかける。50万の、オーク、オーガ、狼、ホブゴブリン、巨人の混成軍。それを率いて、マヤのもとに向かった。勝つ未来は見えないけれど、挑まなければ始まらないから。だからまずは、挑むことから始めよう。そのあとのことはその時の俺が考える。

こちらの動きを見るや、マヤもまた全軍を率いて森南部にある平原地帯へと進路をとった。俺もまた、マヤとの距離を一定に保ち、同じ場所を目指す。

なにはともあれ、次で決まる。俺が勝つか、マヤが勝つか。配下の魔物たちには、人類に対する魔物の勝利のためと言っているが、本音はただ、マヤに勝ちたいだけ。

「城壁を築きその中に(こも)っても、その先にあるのは緩やかな衰退だけ。真に生き延びたいのなら、攻勢に。魔物への勝利、それだけが人類の未来を開く」

ふと、マヤの演説の一部を口ずさんだ。まったくその通りだと思う。だから、俺も、逃げずに立ち向かおう。生き延びるためではなく、勝利するために。

俺は最後の熟考をはじめた。目の前の戦いを、勝利するために。


俺とマヤはほぼ同時に平原に到着し、両軍ともただちに陣形を組む。俺は最前列に90体の巨人を起き、第二列に5万2千の歩兵、その左右にそれぞれ1万3千の狼部隊を置く。そこから少し距離を置いて第四列に、古参の2万2千を配置。俺はこの古参兵を率いる。50万いた魔物のうち、布陣させたのは10万のみ。これ以上の数は邪魔になるだけだ。

たいして、マヤは奇妙な布陣をとっていた。通常、帝国軍は小隊中隊軍団と、方形を組んで並んでいる。そのため隊ごとの間にはマス目状の隙間ができるのだが、今回は隙間なく横一列に並んでいた。その両脇にはバレルタ騎士団をはじめとする騎兵1万づつ。歩兵は5万7千。歩騎あわせて7万7千。

こちらの戦術はまず巨人部隊に突撃させ、敵軍を撹乱。ついで第二列の歩騎7万8千が突撃し、敵軍が疲弊したところで古参であり精鋭の2万2千を投入。これでカタをつける。

できることはやりつくした。あとはもう、死力を尽くすのみ。

手で合図すると、狼の遠吠え。それが開戦の合図だ。

あらかじめ命じていた通り、巨人たちが一斉に敵軍に襲いかかる。開いていた距離は見る間になくなり、20メートルを切った。

このとき、帝国のラッパがなった。

けれど、突撃ではない。帝国軍はほんの少し移動し、いつもの、部隊ごとに方形を組む形になる。すると横一列だった帝国軍の隊列に隙間ができ、巨人の目の前に通路となってあらわれた。

巨人は一度走り出すと途中でとまらない。

巨人に乗っているホブゴブリンたちが必死に方向転換をはかるが、それはかなわず、巨人たちは帝国兵の隙間を素通りする。やがて疲れて勢いが落ちたところを、魔物との戦いを熟知したベテラン兵たちに殺された。

巨人は潰されたが、すでに走り出していた第二列の魔物たちが敵軍と戦闘に入る。俺は精鋭とともに戦況を見守った。

戦闘開始早々に巨人が無力化されたことを除けば、戦いは俺の狙い通りに進んだ。

マヤに率いられた帝国兵たちは数では劣りながら、魔物軍との戦いを優位に進め、第二列の前衛、中衛と着実に撃破していく。後衛が戦闘に入ったところで、第三列の精鋭たちの空気も変わった。

そして、後衛が崩れた。俺は最後の遠吠えを命じる。ただの、雑多な魔物の群れでしかなかった時代からの狼と、オーク・オーガ2万2千が一斉に敵軍に向かって突撃を始めた。

敵軍はすでに疲弊している。また、こちらは十分な距離をとり、助走で勢をつけている。数以外ならば有利。

だがここで、マヤは、それこそ思いもがけないことを兵たちに命じた。

戦場に散らばる魔物の死体をどけ、後衛と前衛を入れ替え、隊列を組んだ。疲れ切った兵の乱れた隊列に突っ込むつもりでいたこちらの意図は、完全に裏切られた。

それでも走り出した勢いはとめられない。戦闘に入る。俺も大狼に乗って槍を振り回し、敵兵に突っ込んだ。目指すはただ一箇所。あの少女のもとへ。

そして、見つけた。

凛とした馬上姿。あの黒髪は兜のせいで見えないが、総司令官にのみ着用を許された紅のマントを羽織っているせいで、戦場でも目立つ。

「マヤ!!」

思わず、叫んでいた。少女がこちらを向く。俺は少女に槍を振り下ろした。マヤはそれを剣で受ける。

「俺と一騎打ちしろ。俺が魔王だ」

少女はわずかに剣を振るい、俺から距離をとる。それから部下に命じて兵を下がらせた。円形の空間ができる。その中に、俺とマヤは向かい合った。

言葉も交わさず、槍を突き出した。しかし、その先にマヤはいない。視界の下方から、剣が伸びてきた。すんでのところでかわすが、態勢を崩す。魔物化した筋力で無理やりバランスをとった。

——楽しいな。

全力で槍を振り下ろしたところで、剣聖の瞳は揺るがない。まっすぐにこちらを見据え、動きを見切り、迷わず喉元を狙ってくる。

知らず、笑っていた。楽しくて楽しくてしょうがない。こんなに強いやつがいるんだ。ありとあらゆる策を巡らし血反吐を吐くまで身体にムチ打って己がすべてをかけて力を搾り尽くして、それでも届く気がまるでしない。

かっこいいな。憧れる。こんな風になりたい。

——俺にはなにもなかったから。惨めで辛くて寂しくて、楽しいことなんてなんにもなかった。

切っ先に右目を切り裂かれた。槍は途中で折れ、ただの棒切れになっている。

刹那、少女と目があった。

冷たく、鋭く、美しい。けれど奥にすさまじい熱を持つ、その瞳に引き込まれた。

痛みを感じる余裕もなかった。

深く切り裂かれた首から血が吹き出す。ついで心臓を刺され、狼の上から滑り落ちた。今までずっと、馬の代わりにしていた狼は、不安げな鳴き声をあげ、俺の顔を覗き込んでくる。起き上がって欲しいのか、頰を舐めてきた。夢がひとつ叶った。

さすがに鬼の生命力も、大動脈切断と心臓を貫かれるコンボには耐えられなかったらしい。身体が寒くて、うまく動かせない。視界が黒く染まっていき、青い空は見えなくなった。

かすかに、耳だけが機能している。帝国軍の鬨の声。どうやら俺は負けたらしい。

あんまり悔しくねぇな。惨めでもない。出し切ったからだろうか。

だんだんと音も遠ざかり、やがて世界は完全な闇に閉ざされる。最後に、たったひとり、心に浮かんだ。


——マヤ・ユリウス・アイリア。


可愛い子だった。

まあ、宮高さんほどじゃねぇけどな。

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