祈りの間
妖精王の後に付いて行き薄暗い廊下を進む。何個か目の扉を開けたその先は庭園になっていた。
色とりどりの花が飛石を避けるように咲いている。
「なかなか綺麗なところだろう? あの花のトンネルを抜けた先に祈りの間があるよ」
妖精王の指さす先には綺麗な花のトンネルがあった。
花のトンネルを抜けると神聖な空気が辺りに満ちていることが分かった。なぜだろうと周囲を見渡すと少し先にキラキラと光を放つ泉があった。これがこの神聖な空気を生み出しているのか。
「ここが祈りの間」
妖精王が落ち着いた口調で僕達に話し始めた。
「ここからは君達の選択に任せるが話を聞いて欲しい」
「銷魂の王との戦いに勝つには君達二人の力が必要だ。いや勝つというのは傲慢だな。神の判断を仰ぐの方が正しいか。具体的に言うとこの泉に入り神に祈って欲しい。祈りが通じたら神から何らかの解決策が与えられるはずだ」
「この泉で祈ることができるのは妖精の国や銷魂の国の住人以外で男女同時に祈った場合のみという制約があるんだ」
「それとちょっと言いにくいんだけど泉で祈った男女はお互いをさらけ出すこととなる。神に祈るのに隠し事はできないからね。つまりお互いのすべてを知ってしまうわけだ」
「え……それはちょっといやだな」
「私はティムになら構いません」
「え、リリア僕に全部知られてしまうんだぞ! 隠していた秘密もなにもかも」
「ええ、私は問題ありません」
「後はティム次第だよ」
う~ん。参ったなつまりは僕が密かにリリアに好意を抱いていることが知れてしまうってことだよな……う~ん。
そりゃいつかは伝えようとは思っているけど今じゃないっていうか……やっぱり今じゃないよな……。それにタイミングってものもあるしな……。
あ! そういえば元の世界に戻ったら記憶は無くなるんだっけな。うんまぁそれなら今恥ずかしいのを我慢すればいいか。
「わかりました。僕も祈ります」
「ありがとう! それじゃ早速頼むよ」
「泉に入るときは手を繋いで入って、祈るときは目を瞑ってね」
僕とリリアは恥ずかしかったが手を繋ぎ泉に入ると目を瞑り神に祈りを捧げる。
しばらく目を瞑っているとどこからか声が聞こえる。
ティム……なんてかっこいいのかしら私の王子様
ティムのお嫁さんになりたい
ティムは性格もいいのよ
優しいし料理も上手
なんかリリアの声が聞こえる。ってお互いをさらけ出すってそっち方面ばっかりなのか……。
リリア可愛いな
エルフの割には胸も大きいしな……。
物腰が柔らかいけど意外に芯が強いからもし結婚して妃になっても王城でうまくやれると思うな
初めて会った時ちょっと見とれちゃったなぁ
うわ! 自分の思っていたことが自分にも聞こえるのか! これは拷問だな……。
僕が思わず目を開けてしまうとそこは先程の祈りの間ではなかった。
辺りは暗闇に包まれているが真っ暗ではなく、所々に光の粒があり光を放っている。まるで星空の中にいるようだ。
「綺麗だ」
「ホントですね」
僕が思わず呟いてしまった言葉に返答があった。
横を見ると僕と同じようにリリアも星空のような空間を見上げていた。
リリアは僕の視線に気が付くと
「ティムの気持ちうれしい。私も同じ気持ちですから」
「そうみたいだな。僕は思いを伝えるのはまだ早い気がしていたけど結果的にはこれでよかったような気もするよ」
「ふふふ」
僕達が見つめ合っていると遠くの方で小さく光っていた粒が徐々に光の強さを増しながら僕達の方に迫ってくる。あまりの眩しさに視界が奪われた。
「おかえり。うまくいったみたいだね」
いきなり妖精王に声をかけられて驚いた。
「あ、あれ? ここは」
「元の場所に戻ってきたんだよ」
辺りを見回すと確かにそこは先程の祈りの間だった。
リリアも不思議そうな顔をしている。
「あれ? そういえば神に会ってないですけど……」
「いや、大丈夫みたいだよ」
そう言いながら妖精王は僕の方を指さしている。
「うわ! すごい光ってる! こ、これは一体」
僕の体は先代の妖精王の様に光を放っている。むしろ先代の妖精王よりも光り方が強い。
「ティムの眠っていた力が覚醒したようだね」
「眠っていた力ですか?」
「うん。どうやらティムは何度か転生しているようだね」
「僕が何度か転生してる? それが眠っていた力と関係あるんですか?」
「関係大アリだね。転生なんて順番があるからどんな魂でも一回していたらいい方だけど、時々ティムの様に何度か転生を経験している者がいるんだよね。そういった者はより大きい力を持つことが多いけど、それが現世で発現することなんてないんだよ。今回はどうやら神によってその力を覚醒させられてるね」
「僕にそんな力が……」
「その余波で僕も力が増したみたいだ。これなら銷魂の王に取り込まれなくて済みそうだ」
「この力があれば僕も一緒に戦えそうです」
「ありがとう。けどこれは僕と銷魂の王で決着をつけないといけないと思うんだ。僕の力が増したのも神がそういって後押ししているような気がするんだ」
「そうですか、わかりました。ですがいざという時は助太刀します」
「あぁ、ありがとう」
「ほぅ。こんなところがあるとはな。なかなか綺麗なところじゃないか」
びっくりして声がした方を見るとマリスが不敵な笑みを浮かべ立っていた。
「おいおい。俺の存在に気が付かないなんて油断しすぎだろう。それとも力を手に入れて余裕だからか? くっくっく」
「もうあれを抜けて来たのかい? さすがだな。しかし先程までの僕と思って油断しない方がいいよ」
「ちょっと力が増した程度で銷魂の国の者を取り込んだ俺にかなうとでも?」
「やってみないとわからないよ!」
マリスは黒い靄を妖精王は光の帯をお互いの方に伸ばす。
お互いの力がぶつかり拮抗している。
「思ったよりも力が増しているな」
「だろう?」
「しかしこれは俺一人の思いではないのでな!」
そう言うと徐々にマリスの力の方が押し始めた。
「こ、これは! ま、まさか銷魂の国の者の総意とでもいうのかい!」
「その通り! 皆は俺に賛同してくれたのだ……このまま存在の消滅を待つよりはとな!」
「な、なんと。無理やり取り込んだわけじゃなかったのか……」
妖精王がそう言った途端マリスの力が妖精王を侵食していく。
「しまった!」
複雑な表情を浮かべた妖精王はそのままマリスに取り込まれた。
「これで我が宿願も……」
そう呟いたマリスの表情は言葉とは裏腹に沈んでいた。
「さてこれであと数刻もすれば妖精の国と銷魂の国の融合が始まる。今の俺は機嫌がいい。お前達にもう用は無いから元の国へと帰るがいい」
「何が正しくて何が正しくないのか……僕にはまだわからない。だけど! この結末は正しくない気がする!」
「ほう? で俺とやり合うというのかもうすでにこの世界を統べたと言ってもいい俺と……面白い!」
「リリア許してくれ。この戦いで僕は死ぬかもしれないけどやっぱりこの終わり方には納得できないんだ」
「ティム、あなたの好きにして私の好きなあなたはそういう人だから」
「ありがとうリリア。じゃ行ってくる」
僕はリリアに背を向けマリスの方へと向かおうとした時、
「ティム」
そう呼ばれ振り向くと目の前にリリアの顔があり、驚いていると唇に柔らかい感触がした。
どのくらいそうしていたのだろう気が付くとリリアは少し照れた顔をして「必ず帰ってきてくださいね」と笑顔で言った。
何が起きたのか理解が追い付いていなかったが、何でもない風を装って、「必ず帰ってくる」僕はそう言うと改めてマリスの方へと向かった。
これは何としてでも生きて帰らないとな。
そう思いマリスの方を見ると、先程まで死を覚悟し挑もうと思っていた相手が不思議と小さく見えた。
僕は意外と単純なんだなそう思いながらマリスと対峙する。
「ふっふっふ、いいものを見せてもらった。最愛の人と死に別れる。そんな話も俺は意外と好きだぞ」
「残念ながらお前好みの展開にはならないぞ」
お互いを睨みながら距離を詰める。
『鋭利なる風顕現……切り裂き給え』
まずは僕からだ『切り裂く風』で様子を見る。
『霧散』
マリスが呟いただけで僕の『切り裂く風』は霧散した。
「さっきも言ったが俺達はお前達とは格が違うからお前達の魔法は効かんぞ」
やはり神から生まれただけはあるか……。
「それならこれはどうだ!」
『灼熱の炎よ顕現……輪……展開……絞めろ』
今度は魔力活性を行った状態で魔法を使ってみた。
僕の『灼熱の輪』を見たマリスは表情は変えなかったが今度は避けた。
「なるほど、ティムは魔力活性が使える魔法使いだったな。その技術は俺達に届き得るな」
魔力活性は効くのか。
それなら、
『彼の者に永久の静寂を与え給え……対象固定……氷像……在れ』
僕の新魔法『氷の彫像』対象を凍らせて動きを封じる魔法だ。
マリスの足元がパキパキと凍っていきついには全身が氷に包まれる。
「やったか!」
氷像になったマリスがにやりと笑った。
「ティムはなかなか面白いやつだな。それは異国の言葉でテンドンというらしいぞ。俺ももう一度言おう! 先程も言ったが、やったと思った時はやって無いことが多いものだ」
徐々に氷が解けていき濡れた形跡もないマリスが笑顔で立っていた。
「一時も止めれないか……」
その時辺りからゴゴゴゴゴゴと地鳴りのような音が聞こえた。
「ふむ、あまり時間も無いか。この辺で幕引きだ」
そう言うとマリスから例の黒い靄が僕に向かって伸びる。
「僕を取り込むつもりか、そうはさせるか!」
『往なす羽顕現……我に仇名すものを……往なし給え!』
以前とは違い小さいサイズの光の羽を顕現させる。
「ふむ、面白い魔法だな」
黒い靄がスーッと近づいてきたと思ったら光の羽を侵食しだす。
「い、往なせない!」
「当たり前だろう、妖精王ですら取り込んだんだぞ。ただの魔力ではないのだよ」
「そ、そんな」
黒い靄はどんどん光の羽を侵食していく、一か八か完全に侵食される前に光の羽を解除してみる。
霧散してくれるかと思ったが、黒い靄は勢いを増しながら僕に迫ってくる。
「ダメか」
勢いを増した黒い靄に触れられた途端、僕は意識を失った。




