魔法の昇華
ドワーフの国との通信が終わったイーナさんが戻ってきた。
「通信石で報告と確認をしてきたわ。ドワーフの魔法使いで防御魔法が得意なものが二十人いるみたい」
「想定の倍か。何とかなるかもしれないな」
「今準備させているからわたし達が到着するころには準備ができているはずよ」
「国の様子はどんな感じ?」
「国民の避難を最優先にしているわ。魔法馬車に詰め込めるだけ詰め込んで脱出しているみたいよ」
「さすがドワーフの国だ。魔法馬車で非難しているなら人的被害は少なくなりそうだ」
少しだけ肩の荷が降りた感じがすると同時に意外とプレッシャーになっていた事に気が付く。
もう少しリラックスしていかないと思わぬところでミスをするな、と思いリラックスする為に腕を後ろに反らしながら大きく息を吸い吐く。
「ティム、あまりプレッシャーに思わないでくださいね。いざという時の為に私やドワーフの皆さんがいるんですから」
「ありがとうリリア、自分でも気が付かないうちに少しプレッシャーに感じてたみたいだ」
「リラックス……」
そう言いながらマリナが肩を揉んでくれる。
「マリナもありがとう」
「もうすぐ国に着くぞ! 皆降りる準備をしといてくれい」
御者席から所長の大声が聞こえた。
皆慌てて降りる準備を始める。
ドワーフの国に着くと裏門の為か辺りは静かで特に混乱している様子もない。
地下入り口の方角から王とドワーフの魔法使いらしき集団がこちらに向かっているのが見えた。
「爺! イーナ無事であったか!」
「無事だと伝えましたよ! わたしも所長も」
「いや、やはり顔を見ないと不安でな!」
「王よイーナから聞いておるとは思うんじゃがボルカン山がもうすぐ噴火しそうじゃ」
「ああ大変な事になったな。まぁすぐに知らせてくれたおかげで民の避難は無事完了しそうだ」
そう言っていると殊更大きな地鳴りと振動が起きたと思ったら、今までに聞いた事が無いような大きな爆発音がした。龍の咆哮っていうのはこんな感じなのか、などと思いながらボルカン山の方を見ると黒い色の煙が山頂を覆っている。
「ついに噴火しよったわい。皆万が一の時は城門の中に逃げるんじゃ、少しは壁になってくれるじゃろうから逃げる時間が稼げるぞ。溶岩の速度はそんなに早くないはずじゃから余裕で逃げれるはずじゃ」
「よし! 魔法使い達は魔法で土の壁を! 少しでも王国に入らんように逸らすんだ」
王がそう号令をかけるとてきぱきとした動きでドワーフ達が裏門前に土の壁を作り出す。
「土の壁の設置が終わったら各自魔力回復薬を飲むように! 皆ケチんなよ! イーナは溶岩の到達時間の予測を頼む」
「オウ!」「はーい」
「ティム王子、作戦の話は聞いているよ。自国の事を他国のそれも王子に任せるなんて心苦しいが何とか頼む!」
そう言って深々と頭を下げる。
「王よ、やめてください。僕もこの国の技術にお世話になっていますし、それに短時間しか居ませんでしたが、ドワーフの国と皆さんの事も好きなんです。それをカスパルごときに潰させるわけにはいきません」
「そう言ってもらえるとありがたい! しかし危なくなったら遠慮なく逃げてくれ。俺も逃げる! ガッハッハ」
やはり面白い王様だな。獣人の国の人達もそうだがこの国の人達も僕は好きだな! 特に身分に関してかなり緩いところなんかは僕の国にはない部分だ。
「坊ちゃまが他の人の為にあんなに必死に……成長なされましたな」
爺やがそんなことを言いながらハンカチで涙を拭っている。
「あと十分程で溶岩がここまで到達する可能性が高いです! みなさん心の準備を!」
あと十分か! もうあまり時間が無いなそろそろ行くか。
「それでは向かいます! リリアとドワーフの魔法使いの皆さんは僕が抑えきれ無かった分はお願いします!」
両手で頬を叩き気合を入れると僕はドワーフの魔法使いの皆さんが作ってくれた土の壁の前に向かう。
土の壁の上に立ってみると高さが三メートルはあるので結構高く、迫ってくる溶岩がよく見える。
「意外と遅いものですな」
いつの間にか隣に来た爺やが溶岩を見ながら呟く。
「そうだな、確かにこれなら余裕で逃げられそうだな」
「いざという時は私が坊ちゃまを抱えて走りますのでご安心下さい」
「ああそうなったらよろしく頼む」
「マリナも……」
「マリナもありがとうよろしく頼む」
頼れる仲間がそばにいるだけで力が湧いてくる気がする。
そんなことを感じながら詠唱を開始する。
『往なす壁顕現…………迫りし溶岩を…………ドワーフの国から…………往なし給え』
僕は絶対に守ると強く思いながらゆっくりと時間をかけ眼前の溶岩に対して『往なす障壁』を唱えた。
それはいつもとは違う感覚であった。
顕現の仕方が違うし魔法を使った後の魔力が体から抜ける感じも違った。
僕の眼前に極太の光の線が上から下へとゆっくりと現れ、そこから溢れ出るように大きな光の羽が僕達を守るように現れた。
これは……。
「坊ちゃまこれはいわゆる魔法の昇華では!」
「多分そうだと思う僕も初めて見た……」
魔法の昇華とは魔法の格が上がる現象の事だ。
かなり珍しいことでそう簡単に起こる現象ではない。詠唱者の強い思いに引っ張られるように上がるともいわれているが、詳しいことは解明されていない。
それにしても綺麗で大きいな、光の羽の大きさは幅が五十メートルはありそうだ。僕が想定していた障壁の倍はある。
興奮している気持ちを落ち着けようと大きく息を吸い吐く。何回か深呼吸を繰り返し少し落ち着いた所で『往なす障壁』に魔力を流してみて驚いた。
数字で魔力を表現すことはイメージが固定されてしまうので普通はしないが、わかりやすく表現するために数字で表すと、今まで百の魔力を流して魔法が維持できていたとするなら、今は十で維持できている。
魔力を流す効率がものすごい上がっている普通は魔法鍛錬などで魔力を流す効率を上げるのだが、格が上がるとこんなに違うのか。
迫ってくる溶岩に意識を集中する。こうして見ているとゆっくりだが確実に迫ってきている事がわかる。
溶岩が到達した部分から炎が上がり辺り一面、火と煙に覆われていてまさに火の海だ。
意外なことに樹々は燃えずしっかり立っている一部倒されている物もあるが殆どの樹々はしっかり立っていた。
そしてついに溶岩と光の羽が激突する。
やはり自然の力は偉大だ! カスパルの『灼熱の波』と比べ物にならない程の圧を感じる。
魔力も吸われているが、昇華したおかげかあの時よりも吸われる量が少ない。
それにしてもあとからあとから溶岩が流れてくるのでいつまで耐えればいいのか……僕の魔力量にも限界はある。
僕が必死に耐えていると徐々に先端から溶岩が固まりだし固まりだした溶岩が後から流れて来る溶岩を堰き止め始め良いサイクルが生まれ始める。
これは! 何とか終わりが見えそうだ。僕の魔力も残り少なくなってきたから助かる。
そう安堵していると嫌な声が辺りに響く。
「これはこれは、ドワーフの国から火の手が上がらないからおかしいと思って見に来てみれば、まったくキミはどれだけ僕の邪魔をすれば気が済むんですか? いやしかしそれも研究対象としてありかもしれませんねぇ。フーム」
そう言いながらカスパルが現れる。
「まぁ今回はそれは後回しにしましょう。魔力もそこそこ回復しましたので、ドワーフの国に止めを刺させてもらいますよ」
『相反する現象よ顕現せよ……激流……荒波……大津波……顕現』
詠唱が強くなっている今回のが本気の『灼熱の波』の詠唱か。
以前見た物よりさらに大きい炎の波が現れると同時に波が引いていく。それに伴い波の高さも上がっていき十メートルは軽く超えていっている。
ま、まじかさすがにあれはまずい! 何か、何か対策を考えないと!
「爺や! マリナ! とりあえず避難してくれ僕は出来るだけやってみる」
「坊ちゃま死ぬときは爺やも一緒ですぞ」
「マリナも……」
二人とも頑固だな……しかたがない。マリナはガストンさんとアマイアさんに守ると約束した。
「爺や!」
「御意に」
爺やが素早くマリナの口にハンカチを当てるとすぐにマリナがすやすやと寝息を立てて眠る。
「爺や、ありがとう。さあ早くマリナを安全な場所へ」
さすがは爺や僕の考えていることを理解してくれたようだ。
マリナを眠らせた物は爺や特製のネムリダケから抽出した眠り液をハンカチに染み込ませた物だ。
僕も昔、眠れない時などにお世話になった。嗅いだ瞬間意識がなくなり気が付いたら朝だ。
これでマリナは安全として……リリアとドワーフの魔法使い達も左右に居るからあの位置なら直撃はしないだろう。
よし! 僕は気合を入れると『往なす障壁』にさらに魔力を流す。これで防げなかったら直撃だがドワーフの国への被害は多少抑えれるだろう。
「ヌフフフフ、死ぬ準備はできたかな? そろそろ我が炎の波が押し寄せますよ」
そう言い終わると炎の波がこちらに向かって速度を上げながら押し寄せてくる。
「さようなら! 王子! 魔法勝負は僕の勝ちだったな!」
カスパルの勝利宣言が辺りに響き渡った。




