一話目
執筆中。
確認しているつもりですが誤字あって読みにくかったらすみません。
お手すきの際にでも読んでいただけたら嬉しいです。
一章
体の心を突くような寒い日が少なくなり始めてきた頃、僕は久々に家族でご飯を食べる機会に恵まれた。彼是数年は囲んでいないディナーテーブルに座って左手に握ったフォークを口元に運びながら、少し遠い位置に座った父と兄に視線を向ける。覚醒後に変色した、ある意味権威の証を心持、いやかなり羨ましく思う。元来赤茶で多少の素質を示していた二人の髪は今や自分のそれとはかけ離れた色をしていた。
なるべく音は立てないようにするのが我が家の食事マナーで、其れ故に無音の張り詰めた空気が室内に漂っている。兄も無言でスープを奥に向けて掬い上げては口元に運んでいた。自分が良く知った兄の姿はそこには無い。昔は一族の中でも劣等な自分ともよく遊んでくれた良い兄だった。今もある意味ではいい兄だけど。
「アレン」
「はい」
考え事をしているうちに父は食事を終えて紙ナプキンで口元を拭いながら真空かと勘違いするような重く張り詰めた空気を揺らすようにその低い声を発した。
僕は顔を上げて父を見てから少し微笑んで極力柔らかい声を出す。父の助手が指示を受けて、少し戸惑ったように何か運んでくると、僕は否でも応でも食事を終わらざるを得なかった。紙が数十枚クリップで留められている其処には見慣れない名前が記載されていたので、父に尋ねようと顔を上げた。視界の端に食事を終えた兄が映り、少し視線が取られた所に父が声を発する。
「詳しくはそれに記載されているから、あとは自分で調べろ。ルイス、行くぞ」
「わかりました」
やっぱりそうか。何年越しの食事に期待していた自分が馬鹿みたいだ。助手のランスが心配そうに目線を合わせたまま小さく会釈する様子に苦笑しながら大丈夫だよ、と届かない声で小さく告げた。幼い頃から知っているが、彼の謙虚さや礼儀の良さをつくづく感じる。使用人以外が居なくなった室内の空気がさらに強張ったのを感じたから、僕は早々に椅子から立ちあがって自室へと向かった。人から向けられるあの視線は今に始まったことではない。
しかしながら僕に向けられているそれが似たような感情であっても、使用人たちとランスは少し違う。ランスは僕の持っているこの拠り所を知っているせいかもしれないが、案外昔からあの調子だったような気がしないでもない。
昔、僕がまだ義務教育で学校に行き始めた頃に兄と父が素質保有覚醒者になった。その時までは血縁の中でもあまり強い立場じゃなかったけど、覚醒を期にサーシス教会に準ずる我がセヴァリー家の中でもトップを争えるほどの権力者になったようだった。
僕自身はまだ幼かったけど、周りのあからさまな父たちに対応で、それくらいは察することが出来たような覚えがある。その後すぐにサーシス教会の内部に入る形で兄共々家から出て行ってしまい、僕は母と教会側から与えられた大きな家で暮らしていたが、その母も数年後に魔憑きにあって亡くなってしまい、そこから僕はこの広い家に数人の使用人たちと暮らしている。その頃から先ほどのような視線を受けているのだ。
慣れないとやってらんないよな。
唯一のリラックス空間にある一番の癒しアイテムに寝転がって渡された資料に目を通す。よく見れば半分がラングエンドの言葉、もう半分がナプジャの言葉で書かれている。なるほど、ナプジャ関係だから僕に白羽の矢が立ったのか。ばさりとベッドの下に落とすように資料を投げ捨てれば一つ息を吐いた。先ほどの父の態度、あれから察するに今日の食事会は家族団欒でもなんでもない、上からの命令か。道理で無駄な話はしないし直ぐ帰るしで、団欒のだの字もないわけだ。命令が無いと息子ともまともに食卓を囲めないのかよ、あの糞親父。
「くっそ、めんどくせー」
誰に言うでもなく小さく漏らせば、自分の感情を殻に押し戻そうと意思を持って瞼を落とす。いつもの妄想に浸って心を落ち着かせよう。
ああ、そうだ。俺は生きていて、今何をすべきか。
資料を読み、記載のあった秋斗という名の少年のことを頭に叩き込まないと。俺はアレン=セヴァリー。セヴァリー家の劣等生で、この家の下等事務及び教会関連雑用を一身に浴びる不憫の子。
そこまで一息に考えてパチっと瞳を人為的な光に晒した。ゆっくりそこに座って足元の資料を取る。
サーシス教会は国教会とは違い何かを救い主とはしていない。対心喰いの悪魔の勢力として発起したものだ。この地方には独特の魔力保持者に現れる現象がある。それが赤毛だ。髪の赤は人の目で認識できる魔力だといわれている。生まれつき真っ赤な人もいれば半端に赤茶な人もいて。それから父や兄のような覚醒者といって、ある日突然力を得てその作用から髪の色が変わり、魔力が覚醒する人種。この魔力というやつは教会の職務にあるエクソシスト必至の才能だ。でもその力が強い人間ほど上層部に引っ張られる現象。
エクソシストは赤茶髪の人間ばかりで構成されている。僕はその赤茶髪でもないから教会に携わっている父や兄を支える立場という大義名分のもと雑務をこなす為に卓上の勉学に熱を注いできた。というかそうでもして部屋に閉じこもっていないと人の視線に晒されてしまうからという理由もある。
以前本で読んだ、この国に蔓延る心喰いの悪魔とよく似た力を持つナプジャの神は僕の目にも興味を引いて、教会の指示なしにでも調べるに至った。だからか、資料の一部には見覚えもあった。神奈、ナプジャの心喰いの悪魔を神として奉っている神社というものの頭首のファミリーネームだ。教会絡みでナプジャ、しかも神奈とくればその先は資料を読まなくても大体察することができる。なるほど、ナプジャについて調べていたことも教会には筒抜けだったということか。
ナプジャの心喰いの悪魔、向こうでの名は心取神という。こちらでは排除の対象になっているこれを、向こうでは神と崇めるか。さすが八百万全てに神が宿るといった思想を持った不思議の国。またその文化も少し変わっているから面白い。
ペラリとページを捲って概要を読んでいく。その紙の上にはナプジャの心取神を調べながら文化や歴史、言葉を覚えた僕には容易い仕事内容が記載されていた。
「明菜=フリント並びにアレン=セヴァリーは、神奈秋斗殿の護衛・親善を深めることを命ずる、か」
要は不慣れな国においてのお手伝いと悪魔憑きにあわないようにってことか。
しかし、フリント家が関わっているのは驚きだ。あの教会のエクソシストの一団唯一、他国出身者を妻に迎えた家。そういえばそれはナプジャの人間であった気もしなくもない。そして明菜は僕のクラスメイトで、クラス副長。ちなみにクラス長は僕だ。そう考えればこの人選は適任ではあるかもしれない。母親がナプジャの人間ならば、言葉も話せるかもしれないし、それに明菜自身も赤茶髪を持っていて、教会には毎日出入りしている。僕とは違い教会兼研究所の奥にあるエクソシストフロアにも入れる魔力保持者だ。僕は、何かあったときの保険といったところだろう。
彼女の父は非常に赤に近い茶色だが上部には属さずエクソシストの団長として第一線で動いているし、母もナプジャの神に使えていたとかなんとかで耐性があり、祓いはできなくとも聖の力を使えるらしい。実際に会ったり、この目で見たりしたわけじゃないので本当かどうかはわからないが、そういう噂だ。出身の国まで違うのに羨ましいことだ。ますます自分が不憫になる。