ケース4:犯罪奴隷に対する社会制度の違い
今日も俺は、ギルドで捕まえられた盗賊の処理を鬱屈とした思いでこなしながら、厳重に拘束された二人の男は、ギルドの地下牢に一時入れられる。
「はい。討伐した盗賊五名。捕まえた盗賊は男性二名ですね。明日の朝に役人に引き渡し、その代金をお支払いします。」
「ああ、助かるよ。今月は少し財布が寂しいからな」
「はい。それでは……」
相談者、町の奉仕者、社会資源の発掘など、人の生活を助ける今の仕事は、好きだし、誇りを持っている。だが、その反面、どうしようもなくこの世界では異端な考えも持っている事を自覚している。
それが、今のやり取りである盗賊の後処理だ。
盗賊。まぁ、犯罪者の扱いは、現代でも色々だ。裁判に掛け、罪を決め、罪に応じた期間を刑務所で凄くが、この異世界は、魔物などの外部の危険性があるシビアな世界だ。牢屋に入れた非生産的な犯罪者など養う余裕も人権意識も高くない。
なら、どうするか。と言えば、死刑か、犯罪奴隷だ。
軽度の罪ならば、町の奉仕活動と罰金。中軽度ならば、町の奉仕活動の後、罰金を借金として払い、借金返済のために借金奴隷になるケースが多い中で、今回の盗賊のようなケースは、ほぼ間違いなく犯罪奴隷だ。
「彼らの行先は、鉱山か、それとも未開地の開発か」
どちらにせよ。人生の終着点は、碌な終わり方はしない。だが、前の世界の知識が妙に疼いてしまう。
犯罪者も人間。立ち直るための支援が必要。刑務所でもできる労働はある。
そんな知識に触発され、地下牢へ行くための理由づけとして差し入れの干し肉を探す。
「ご苦労さん。どうだい?」
「あ、ああ。今回の盗賊は大人しいほうだから楽だぜ。煩い時は、こっちを口汚く罵ったり、今までの犯罪自慢始めるからな」
「そうか」
俺は、この時点で後悔することは知っている。また、立ち直らせ、自立・更生させるための制度や資金もないのだ。希望はちらつかせない方が良い。
「……なんだよ。ギルドの職員様が何の様だよ」
「うん? いや、ちょっと差し入れを。な」
「へっ、じゃあ、俺たちにもくれよ。どうせまともな食事はもうねぇんだ。なら、最後くらいいいもん食わせろよ」
随分、上から目線の男に俺は、どうするか。考える。見張りの男には、やめておけ。と呆れながらも忠告されるが、俺は、干し肉一枚と引き換えに聞きたいことがある。
「じゃあ、俺の質問に答えたら、一枚ずつ干し肉をやる」
「へへっ、分かってるじゃねぇか」
「じゃあ、質問だ。なぜ、盗賊になったのか、その理由を教えろ」
俺の言葉に、こちらを射殺すような強い殺意を向けてくる。元々、争う機会の無い世界から来た人間にここまでの圧力に対する耐性はない。俺は一歩下がるが、これは絶対に聞かなきゃいけない事だ。
「はっ、何を聞きやがる。まぁ良い。応えてやるよ。俺は、飢饉で村が維持できなくなって盗賊になった。隣のそいつは、買えない高価な薬を買うために人を襲った」
「そうか。感謝する」
俺は、可能な限り無表情を務めて、干し肉を渡す。手枷で不自由な指先で奪う様に肉を取る男たちに背を向け、地下牢から出る俺に向って男たちは声を張り上げた。
「クソみてぇな世界だぜ! 汗水たらして、畑耕すよりも! 盗賊としての生活の方が楽で楽しいんだからよ! 女も酒も、奪ったものは自由に出来た!」
この世界では、よくあることだ。心を凍らせ、その言葉を無視して、ギルドの自分の席へと戻って来る。
「……あれ、キスケさん。どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
「大丈夫だよ」
一人の受付け嬢の女性が心配してくれたが、自分の価値観を起因とする動揺は隠しきれなかったようだ。だが、問題ないと事を伝えて、俺自身の仕事に戻る。
翌朝、地下牢に入れられた男たちは、国の役人に引き渡され、そこから危険な炭工夫として生涯を終えることになるとの事。刑期は、30年。その環境も劣悪であり、死刑に等しい。一年での生存率は、50%以下の世界。
「俺も少し道が違えば、ああなってたのかもな」
後ろ盾も身寄りもない俺は、生きる為に最後には人から奪っていたのかもしれない。そう考えると、昨日の彼らの盗賊の理由は、自分にも、誰にも当てはまる。
「はぁ、今日は久しぶりに酒場で酒でも飲もう」
堅実に貯めているギルドの給金だが、こういう気分の落ち込んだ日には、少し高めの酒を飲んで、忘れることにしている。
普段のご褒美と思い、一度自分をリセットする。その日、町の酒場に珍しい男がいたとのことである。