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第四章【双龍】





「父さん! おれも父さんみたいに剣を使いこなしてみせるよ!」

 まだまだガキンチョのオレがいる。

 いまより、もっとだ。

 父さんが手にしている巨大な剣を見つめている。

 だけど父さんはオレには剣を触らせてはくれなかった。

「俺だって完全にコイツの力を制御できてるわけじゃない。コイツは人の精神領域に侵入して初めて存在を得る事ができる。俺みたいに大人になっちまったヤツの精神領域は狭くなるから得る事ができる存在は薄くなりコイツの力も弱くなる――ってわかるわけないか」

「わかるもん!」

 いや、わかっちゃいなかった。

 ある日、父さんの目を盗んで剣を手にしたんだ。

「う、うわぁぁぁぁ!!」

 なにかがオレを支配しようとするのがわかったよ。

 ガキンチョのただっぴろい精神領域に侵入したヤツは限りなく存在を得た。そしてソイツはオレは喰らおうとしていた。

 そうすれば完全な存在を得ることができる・・・・・・。

「キリヤ!?」

 異変に気付いた父さんはなんとかオレを救い出してくれた。その時負った傷のせいでもう剣を使って戦うことはできなくなった。

 だが父さんは怒らなかった。

 オレが無事であることを何よりも喜んでいた。

 オレは自分がしたことを深く反省し、もう剣には触るまいと誓った。

 それから数月後、襲撃があった。


「ん・・・・・・?」

 キリヤは眼を覚ました。

 夢を見ていたはずだが内容が思い出せない。

 しかし過ごしてみれば暗闇の牢獄も涼しくて意外と心地よく・・・・・・などとそんな現実逃避は通用しない。

「バイク・・・・・・」

 不意に青い空と平野を爆走していた爽快感が懐かしくなる。

 オイル交換しなきゃなぁ。などと無駄に呟く。

 と――なにか音がしているのに気付いた。それに少し揺れている。

 だんだん近づいてくるようだ。

「キィリィヤァァァ!!」

 と突然、かなりドスの利いた感じの呼び声と共にサイが牢の前に飛び出してきた。

「どうしたんだ、そんなに慌てて。服も汚れてボロボロじゃねぇか」

 いまいち事態が飲み込めずキリヤはぼんやりといった。

 それが追い討ちをかけたのかサイは修羅の如き面構えでいきり立った。

「こんのッッノーテンキ単細胞ミラクルオバカ!! とにかく出てきなさい!!」

「それが出ようにも出れなくって」

 刹那、サイの起動した魔導兵器『獣王』の鋭利な鉤爪が、牢の鉄柵を紙を切るようにしてやすやすと引き裂いた。

「早く来い」

「はい」

 これ以上怒らせたら本当に命はないと確信したキリヤだった。

 それからとにかく二人は走った。

「ここの領主の息子、リットだったんだ」

「・・・・・・そう」 キリヤの新情報。

 しかしサイは対して反応しなかった。もしかしたら薄々気付いていたのかもしれない。

「ここの領主、私たちの父さんと母さんの仇だった」

「・・・・・・なんだって!?」

 突然のサイの新情報。

 キリヤは驚愕のあまり足を止めてしまう。

「あの剣を持ってた。二対の一つをね。間違いないわ」

「・・・・・・」

 それを聞いたキリヤは踵を返し来た道を戻ろうとする。

「ちょっと! いまの私達じゃ無理! アイツ、二本の剣を持ってるんだよ、殺されるのがオチ!」

「・・・・・・わりぃ、先行っててくれねぇ?」

「!」

 キリヤはそれだけ言うとどんどん進んでいく。

 絶対に勝てないとわかっているのに。

 死にに行くために。

「待てよ・・・・・・アンタまで死なれたら、私は――!」

「・・・・・・わりぃ」

 キリヤはそれでも振り返らなかった。

 立ち止まらなかった。 サイは立ち尽くしていた。


「くそ・・・・・・逃げ足の速い」

 ウラガンは自分の屋敷内を両手に剣を持ってうろついていた。

 自分の不甲斐ない部下たちが慌てふためいているのを完全に無視していた。

「父上」

 幼い声に呼び止められ、ウラガンは振り返った。

 そこには一人息子のリットがいた。

「もうお止めください。部下たちも貴方を恐れています。民も、貴方を恐れています。もう、人を支配するのも、傷つけるのも・・・・・・止めましょう。でなければ・・・・・・」

 ウラガンは右手に持った剣を振るった。巨大な刃は庭の固い土を深く抉り取った。しかしリットは怯まなかった。

「お前を育てたのは誰だ? お前が着ている物も食べたものもこのワシの金があったからだろう。そのワシに意見するのか? 刃向かうというのか?」

「それには感謝しています。僕は恵まれている。だけど・・・・・・これっぽちも幸せだと思ったことはありません。僕の着ている物も食べた物も、病さえ治せない民から搾り取った金でできているのですから」

 ウラガンは左手に持った剣を振るった。巨大な刃は庭に植えられた見事な松ノ木を数本同時に切断した。しかしリットは退かなかった。

「生意気な。ガキのくせに偉そうなことばかりぬかしやがって。そんなに望むならもうワシの子供でもなんでもない。自分一人の力で生きていけるというのならそうしろ!」

「それはあんまりってもんじゃないか、親父さん」

 ウラガンが振り返るとキリヤが立っていた。いつかの光景と重なる。

「――あの時のガキ。でかくなったがその女子みてぇな顔は相変わらずだな」

 その時、雨雫がこぼれ突然の五月雨が降り注いだ。

 キリヤもウラガンもリットも、濡れようが構わなかった。

「そんなことはどうでもいい――あんたが持っているその剣、名前を教えてやろう。左手に持っている天空の印が彫られた剣は『天龍剣』。右に持っている大地の印が彫られた剣は『地龍剣』。二つ揃って『絞龍剣』と総称する。高位魔導兵器の一つだ」

 キリヤは何故か懐かしい気持ちになっていた。

 二つの剣が揃っているのはあの父が生きていた頃以来なのだ。

「ワシが奪ったのは大地の印――『地龍剣』だったということか。だがもう一対――『天龍剣』があったのは知らなかったが?」

「そうだ。あの日、あんたが持っていったのはその『地龍剣』の一本だけで、もう一振りは屋根裏に隠してあったんだ」

 ウラガンは合点がいき納得したように顔を歪ませた。

「なるほどな。それで疑問が解けた。なぜ最強の剣が二つも存在するのかとな。最強の魔剣士シン・ムラクモは二つの剣を使いこなしていたということか」

 シン・ムラクモとはもちろんキリヤの父の名を指している。

 絞龍剣を操りその名を知らぬ者はいないとされるほどの魔剣士だった。

「かつてはワシも魔剣士として国に雇われ食っていた。だが、シン・ムラクモはたった数名の部下だけを引き連れ戦に勝利した・・・・・・敗北した国はワシの雇われた国だったのが全ての始まりよ。生き残ったワシは仲間と共にシンに復讐を誓った。そしてヤツが剣を使えなくなったという噂をきき、襲撃を計画した・・・・・・!」

 ウラガンは独白しながら奇妙に顔を歪ませた。

 自分の殺した男の息子にその顛末を語るのが愉快なのだろう。

「そして剣の力でこの国を奪い取り領主に成り上がった・・・・・・そういうことだろう」

「くくっ・・・・・・そうだ。そしてワシは二対の剣を手に入れた。もうこんな辺境の一国で満足するワシではない・・・・・・いずれは帝国を手に入れてやるッ!」

「ふふ・・・・・・ふふふ・・・・・・」

 キリヤは突然笑い出した。

 必死に堪えようとしているが堪えられないというふうに。

「何がおかしい!?」

「ふふ、奢りも甚だしい・・・・・・『絞龍剣』の正体も知らずによく言う!」

「!?」

 キリヤは突然ウラガンに飛びかかった。不意を突かれたウラガンの右手――いや、『天龍剣』の柄にキリヤは手を伸ばしていた。

「何をする気だ、放せ!」

「リット、『地龍剣』を解放させろ!」

「な――!」

 ウラガンがキリヤに気をとられている隙に、リットはウラガンの左手に手を伸ばした。『地龍剣』の柄に触れる。

「さあ入って来い、本当の姿を見せろ!」

 念じると精神に何かが侵入してくるのがわかる。

 意識の片隅に自分のものではない、何か邪悪な意思が入ってくるという感じだ。

 そしてキリヤが触れている『天龍剣』と、リットが触れている『地龍剣』の刻印が鳴動し、唸る。

「な、んだ?」

 そして閃光、轟音、振動、明滅――それぞれの刃が軟体生物のように奇妙に蠢いたかと思うと、それは何か形を成そうとしていた。そしてウラガンにもそれがなんなのか分かった。

 真紅の邪悪なる瞳を持つ二頭の龍――現代では絶滅したとされる伝説上の生物、いや生物を越えた存在。

 あまりにも巨大であまりにも獰悪。

 『天龍』は蒼い炎を迸らせ屋敷を無差別に焼いた。

 『地龍』は激震を起こし屋敷を粉々に砕いた。

「や、やめろぉぉぉ!」

 世界の終焉が訪れたかのような壮絶なる光景だった。

 屋敷にいた人々も各々退去してしまった。

 もうすでにウラガンに戦意などなかった。

 自分が手にして頼っていたのは凶悪な怪物だったのだ。

「リット、逃げろ!」

「え・・・・・・でも」

「いいんだ。もうこいつらはほぼ存在を得ている。あとは――肉体を喰らうのみ」

 その意味は幼いリットにも理解できた。

 具現化した双龍は互いに一つずつ肉体を喰らい完全なる存在を得ることができる。

 ウラガンとキリヤ――それぞれの肉体を双龍が視界に捕える。

「リット!」

「・・・・・・ごめ」

「謝るな!!」

 激震する大地にそれ以上留まれなくなりリットは振落とされた。

 そして双龍はその巨大な顎を開く。

「――これでしまいか」

 ここまで具現化してしまってはいかにキリヤでも制御することはできない。

 しかしキリヤは何故だか恐怖を感じてはいなかった。

 それは、龍の顎の向こう両親の幻影を見てしまったからだろうか。

「ぐぅぅぅぅ! いやだぁぁぁ!」

 ウラガンは暴れもがき逃げようとした。しかし龍の呪縛により剣を手放すことができない。

 双龍が咆哮をあげ生贄を喰らうべく顎を開く――

「ふうっ、間に合ったようだ。キリヤくん、いま助けるから」

 それは突然の闖入者だった。

 雨が降りしきり燃え盛る屋敷に激震する大地のなかで、余裕を見せるように微笑むその男。最上級階級の装飾がされた聖外套ホーリーローブを着ている。

「しゃ、社長!?」

 キリヤは眼を疑った。

 彼らの社長はここより遠く何千キロは離れた本社の社長室にいるはずなのだ。そのうえ滅多に本社から離れることはないというのに。――正確には離れられなのだが。

「高位魔導具を使って文字通り飛んできたのさ」

 灰色の瞳をウィンクさせそう得意気に話し、初対面のリットとウラガンに向かって帽子をとり白金の髪と共に恭しく頭を垂れる。

「挨拶が遅れました。私の名はレイ・ブラッドレス。魔導具及び魔導兵器回収を目的とする組織『アスラ』の取締役代表です――と、悠長に説明している場合ではなかったな。どれ」

 双龍は獰悪な紅い瞳を輝かせ、名刺まで出そうとしていた軽薄な男――レイを睨みつけた。

 レイは気を取り直し、ふざけているのか真面目にやっているのかおっかなびっくりという調子でおもむろに『天龍剣』と『地龍剣』に手を伸ばす。

「社長!」

 すると突然、敵意を剥き出しに双龍は男を喰いちぎろうと迫る。しかし間一髪、レイがそれぞれの剣に触れた刹那――空間が破裂するような音とともに、激しい旋風が吹き乱れた。

 時間と空間が逆流するように龍達は剣の姿へと戻されていく。口惜しそうな龍の咆哮を虚空へと残して。

 そして静寂。いつしか雨も上がっている。

 剣はウラガンとキリヤの手から離れレイが持っていた。

「フゥン。やはりな」

「ど、どういうことです?」

 キリヤはとにかくレイに食いついた。

 殆ど完全体となった龍が元に戻るなんて、どんな仕掛けをしたのか。キリヤは夢でも見ているかと疑った。

「いやね、私には精神領域が全く存在しないんだ。全くね。新たに剣に触れた私の精神領域に反発し彼らは一気に剣へと逆戻り、というわけんだね、たぶん」

「たぶん!?」

 キリヤは叫んだ。

 この尋常ではないような男が、やはりとんでもない異常であることを改めて思い知らされる。

「・・・・・・」

 ウラガンはそんな彼らに構わず、座り込んでいた。

 剣を失い戦意もなくしたウラガンは、もうただの太った醜い男でしかない。

 何もかもを失い、もはや茫然としている。

 するとリットは心配そうに駆け寄る。

「ち、父上!」

「・・・・・・リット」

 たとえ見るに耐えないほど醜くとも、人々を苦しめる悪党だとしても、リットにとって唯一の肉親なのだ。

 キリヤはその光景を眺めていると、ウラガンに対する殺しても殺し足りないほどの憎悪が消えてしまっているのに気付いた。

 そこへサイが走ってやってくる。

「よかった、間に合って」

「私を呼んだのは彼女なんだ。通信用の魔導具を使ってね。感謝するなら彼女にしたまえ」

「サイ・・・・・・」

「キリヤ」

 と言って直後キリヤは殴り飛ばされた。さらに馬乗りになり首を絞められる。

「ぎぇ!?」

「アンタ、私を残して死のうとしたわね! わりぃ、で済むと思ったら大間違いよぉぉぉ!」

「ま、って、そのまえに、マジにじ、ぬ・・・・・・・」

 天国が見え始め、割と寸前まで死にそうになったとき、レイが心配しはじめたのでやっとキリヤは解放された。

「っと、そろそろ私は戻らなくてはね」

「げほっ、げほっ・・・・・・も、もう行くんですか?」

 そう言う割りに何故か嬉しそうなキリヤ。

 しかし。

「今回の数々の失態の責任はキリヤくん、君にすべてとってもらう。本社に戻って来るのを楽しみにしてくれたまえ。――おっと、剣は返そう」

「な――」

 なんとか抗議しようと口を開くキリヤ。 しかし言うだけ言うとレイはさっさと背中に装着している鉄箱の形状をした謎の魔導具を起動し爆音と業火を噴射。瞬く間に空の彼方へと消えていた。

 反動による爆風が吹き乱れ、また静寂が戻る。後には二つの剣――『天龍剣』と『地龍剣』が瓦礫の大地に突き刺さり残っていた。

「とりえあず、おつかれさま」

「ああ・・・・・・」

 全て終わったのだと安堵するサイ。

 しかしやっぱり死んだほうがよかったかもしれないと、キリヤは思い悩んでいたのだがサイの手前それを言葉にすることはできなかった。





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