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第三章【再会】




 青空は残酷にも清々しい。

 サイは公園のブランコに座り揺れていた。

「懐かしいわー、あの頃は良かった・・・・・・いち、にい、さん、しい」

 流れる雲の数を数えながら思う。

 などと現実逃避をしていても何も変わらない。

 これからすることを考える。

 元々の任務だった、領主が所有しているという高等魔導具の回収――それは大事だ。ここまで来たのだから。任務に失敗したとなればあの社長が黙ってはいないだろう。

 では次に、捕えられた哀れなキリヤは? 当然後回し。最低置き去りにする。だが、剣は? きっと奪われたのだろう。あれも取り返さなければなるまい。

 余計に任務の難易度が上がっている。

 こんちくしょう、バカキリヤ!

「あーッもう、いくしかない」

 サイは運命を呪いながらブランコから飛び降りた。


 甘ったるい香り。

 芳香によるそれは鼻の粘膜を刺激する。

「領主様!」

 領主の側近は鼻が垂れそうになるのを必死に抑えながら言った。どうもこの香りはアレルギーらしい。

「賊を捕えました!」

 おそらく、お褒めの言葉でも欲していたのだろう。兵士から報告を受けた側近はその情報を自分から進呈しに赴いた。

 しかし残念ながら領主は期待に添えなかった。

「そうか」

 それだけ言うとまた女と戯れる。

「・・・・・・それと問題もございまして。ずずっ、賊を捕えたのはいいのですが・・・・・・ずずっ」

 側近の男はたまらず懐から紙を取り出し鼻をかんだ。

「失礼しました・・・・・・ずずっ様が・・・・・・」

「なんだと? それはどういうことだ」

「どうやら・・・・・・ずずっ・・・・・・らしいのです。それと――」

 報告を終えてやっと領主の間を後にした側近だが、不満そうな顔つきだった。

「まったく、あのハゲ。自分の子供よりあんな剣などに興味を示しおった・・・・・・ずずっ」

 側近は領主の子を思うと哀れでならなかった。

「・・・・・・ごめんなさい」

 暗い牢獄のなか、キリヤが聞いたのは幼い少年の声だった。

 ここは領主の屋敷にある牢獄。

 そんな場所に似合わぬ幼い少年の声。

「僕は・・・・・・」

 さらに続く言葉の前に、キリヤは口を開いた。「領主の息子なんだろ? リット」

 暗闇のなかにいるキリヤ。

 彼は黒い天井を寝転がったまま見つめているだけだ。しかしリットの姿が見えないわけではない。何となく見当がついていた。あの身なりの良さも言葉が大人じみているのも納得できる。

 牢の向こうにいるリットは黙った。それが肯定を示していた。

「それはいいんだ。確かに盗みや強盗なんてとんでもない犯罪だぜ。だけど剣をあんな無防備に置いていたのはオレだ。なんだかんだでお前も子供ってことさ。だから一番悪いのはオレ」

「・・・・・・ごめんなさい」

 再びリットは謝罪した。

 その今にも消え入りそうな弱々しい声は、本当に深く反省しているのだとわかった。こうなってしまったのは自分の責任だと強く感じているのだ。

「――なあ、どうして強盗なんかしたんだ? それが理解できない。お前は領主の息子で、金に困っているわけじゃないだろ」

 キリヤは本当にそれが謎だった。

「僕は・・・・・・薬がほしかったんです。いっぱい。・・・・・・いまこの国は、この国の人々は、僕の父の圧政で薬も買えないほど苦しいんです。重い税に病さえ治せない人々がいるのを・・・・・・放って置けなかった」

「買えばいいじゃねぇか」

「僕だってお金を自由に使えるわけじゃありません。父は、誰も信用していないんです・・・・・・母も父を見捨てて僕を置いて去っていきました・・・・・・父は、哀れな人なんです」

 そして沈黙。

 最後にリットは「ごめんなさい」と謝って去っていった。

 一人残され、剣も奪われたキリヤ。

「サイ、助けに来るかなぁ・・・・・・」

 正直わからなかった。


 一人の美しい若き娘が領主の屋敷を訪れた。

「ん、お前は・・・・・・そうか、領主様に奉公に来たのか」

「こんなべっぴんがあの醜い領主の手に・・・・・・えげつねぇ」

 門守は勝手なことをいって娘を中へと迎え入れた。

 屋敷はそれは広く、堀のある中庭を中心に部屋が並んでいる構造をしている。

 なので、一見ではどれがなんの部屋なのかわかりにくい。

「一体どこに・・・・・・」

「ん? なにか言ったか?」

「い、いえ、おほほ」

 誤魔化すように微笑む娘。

 やっとのことで領主の間とやらに着いたようだ。

「領主様、新しく入った娘でございます」

「うむ」

 返事とともに襖が開き、甘ったるい香りが漂う。

 なんとも悪趣味な部屋の中央には大きな天蓋つきのベッドがあり、二人の女を両脇にした男が横になっているのがわかった。

 しかし娘は領主にも眼をくれずとにかく部屋を見回し目的のものを探した。

 あった! それはベッドの脇に無雑作に立て掛けられていた。

 大きな剣。見間違いようがない、キリヤが奪われたのであろう剣。

「?」

 しかし、よく見ると反対側にも同じ剣があるのに気付く。

 同じ・・・・・・?

「ようこそ、サウスムーン国領主こと、ウラガン・コンドウの間へ」

 領主――ウラガンの顔を見た瞬間、娘の脳裏に電撃が走った。全身が痙攣したかのように震える。

「まさか・・・・・・お前は――」

「なに?」

 ウラガンは娘の様子がおかしいのに気がつき、怪訝に眉根を寄せた。

 まずい、コントロールが! そう娘が心中で叫ぶが遅かった。ピアス型の魔導具『猫娘』の幻影効果が消滅し、娘の姿は刹那にして正体を表し、黒髪の長い幼い少女――サイになっていた。

「お前・・・・・・! 何者だ!?」

 突然のことにウラガンは驚愕し、女たちを振り捨て慌てて傍らの剣を手に取った。兵も慌てふためき応援を呼びに走る。

「――フン、覚えていない? だったら思い出させてあげる。その剣を私の両親から奪った盗賊め!」

「なッ」

 サイはすかさず鞄から『飛燕』を取り出し起動した。鉄塊は弾かれたように激しく飛び出しウラガンに迫る。しかし。

 『飛燕』はウラガンの眼前で、衝撃を受けたように弾け生命力を失ったように落下した。

「くっ・・・・・・魔導干渉領域!」

 それは、剣が高位魔導兵器である証拠でもあった。

 高位魔導兵器は他の魔導具や魔導兵器の攻撃から使い手を守る障壁――強力な魔導干渉を与え力を打ち消す見えない領域を自動的に発生させる。それが魔導干渉領域。

「まったく! 余計な機能つけてくれたものだわ!」

 毒づくサイの横を裸の女たちが逃げていった。

 そしてようやく思い出して合点がいったように、ウラガンは顔を歪めた。黒く淀んだ眼がサイを焦点に捕える。

「そうか・・・・・・お前、ムラクモ家の娘か。さてはもう一人捕まった賊というのは息子のほうだな。それにしても大きくなったものだ」

「うるさい!」

 男の胴間声を聞いているだけで鳥肌が立ちそうになり、サイはたまらず叫んだ。

 そして新たに魔導具を取り出す。それは鈴型の魔導具『紫電』。彼女の持っているなかでもとっておきの強力な高位魔導具である。

「鈴なんかでどうする気だ? 踊るか?」

 ウラガンは嘲笑し明らかに油断していた。

「馬鹿ね。踊るのはアンタ」

 サイは鈴を起動し凛と鳴らす。その刹那、電撃が鈴の音に重なるようにしてウラガンに向かって迸る。

「ぐおぉぉぉ!?」

 『紫電』の電撃は剣の魔導干渉領域を突破。

 狙い通りウラガンに命中し肉体を灼いて全身に軽い火傷を負わせた。

 だが『紫電』はコントロールが難しく、サイは命中させるために威力を抑えたので、致命傷を与えるまでにはいかなかった。

「き、貴様ァ!」

「次は威力あげるわ。死ぬかもね」

 サイは冷笑を浮かべ再び『紫電』を発動させる。

 するとウラガンは咄嗟にベッドの反対側へと転がり込む。

 その刹那、電撃がウラガンを追ってまっすぐ迸る。だが――電撃は命中する前に虚空へと消失した。

 立ち上がったウラガンの手には、もう一振りの剣が新しく握られていた。

「そんな・・・・・・二対の剣の領域が共鳴して、絶対魔導干渉を発生させている――」

 それはどんな強力な魔導具の影響も打ち消す強力な障壁。

 いまサイの所持している魔導具を駆使してもそれを打ち破る破壊力は生み出すことができない。

「ふ、ふはははははは! どうやら打ち止めらしいな! では今度はこちらから、たっぷりと可愛がってやるぞ?」

 ウラガンは嗤いながら二つの剣を振るった。

「ヤバイ――」

 サイはその剣の恐ろしさは知っている。

 たとえそれが真の力を発揮していなくとも、とてつもなく脅威であろうことは変わりない。

 突如、虚空に蒼く燃え盛る火球が生み出されまるで生きて意思を持っているかのようにサイを追って飛んで来る。

 慌てて飛び退き距離をとるが、手前の床が急速に盛り上がり質量を増していく。すると木片や置物を無雑作に詰め合わせ身体を造った巨大な怪物が顎を口開き、サイを飲み込むべく眼前に迫る。

 二つの剣の殺戮的魔導効果。

 眼を閉じ、一瞬駄目かと諦めたサイ。

「――まだ!」

 革鞄から壷型の魔導具『風神』を取り出し起動。地面に向けて超圧縮された風圧を発射し反動で後方へ弾き飛ぶ。

 着地がうまくゆかず庭を無様に転がってしまう。

 だがウラガンの攻撃は避けることができた。間合いもある。咄嗟に立ち上がりそのまま背を向けて走り出す。

「待て!」

 もう任務もどうでもいい。

 とにかくキリヤを救出して生きてここから逃げよう。

 サイはとにかく走った。





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