第一章【辺境の国】
爆音が青空の平野に響き渡る。
鈍色の鋼鉄の塊が二人の人間を乗せ風を切って爆走している。車輪は丈夫なバネ状の部品と連結しているので、舗装もされていない悪路でも転倒などすることなく大地を蹂躙していった。
「チィッ、最近エンジンの調子が悪りぃな・・・・・・」
「なんか言ったー!?」
鋼鉄の塊――バイクを運転しているのは少年。
身の丈もある大型の剣を背に、黒の革製防護服レザースーツに身を包みゴーグルをした少年の呟きに、後部に乗っている白い聖外套ホーリーローブをはためかせている少女は、この速度に慣れないのか落ち着かない様子で叫んで返した。あまりの速度で声が風に流される。
「ほら、見えてきたぜ」
そう言う少年に促され少女は前方に眼を凝らす。
すると平野の向こうに石造りの堅牢な街壁が見えてきていた。目的の場所に到着し、ようやくこの超速度から解放されると少女は胸を撫で下ろす。しかし。
「よし、飛ばすぜ!」
「ちょ――――!」
魔獣が唸っているような爆音が激しくなる。
そのさらなる加速に声も景色も彼方に流れていった。
「うう、もうイヤ・・・・・・」
やっと大地に足が着き安堵した少女。
だが酔ってしまったのか顔色がひどく、横で少年が心配そうな振りをしながら顔で笑っていた。
「いい加減慣れろよな、サイ」
「うるさいキリヤ、アンタが異常なの! うっ」
少年はゴーグルを外すと、短く切り揃えられた錆がかった鉄のような灰色の髪を振り払った。
その肌は雪のように白く、眩しげに天を見上げた瞳は空よりも蒼。細い輪郭をしていて美しい顔立ちは少女のようにも見える。
そして苦しげにうずくまる少女。
漆で塗られたような美しい黒髪は長く、少年と同じ深海の如く蒼い瞳が唯一の共通点であり、顔の造りは幼さに負けない愛らしさを湛えているのだが少年の美しさには見劣りしてしまうようだった。
そんな二人は街門の少し離れたところに死角になる丘を見つけバイクを停め降りていた。
埒があかないので少女――サイの回復を待つことにし、その間キリヤは愛するバイクの点検を始めた。
「うーんやっぱりオイルかな・・・・・・」
サイのことなどすっかり忘れ、キリヤはバイクに夢中になっていた。
なんとなく自尊心を傷つけられたサイは頬を膨らませ、さっさと任務を開始することにした。
「もういいわキリヤ、いくよ」
「ちょっと待ってくれよ、コイツの点検がまだ」
そう言いかけたキリヤ。
しかし黙ったサイの背中から怒りのオーラが漂ってきてやめた。彼女を怒らせて生還できた日はない。
「えーとそれじゃ、いきますか?」
明らかな不信の目が突き刺さる。
特に、キリヤの背にある大型の剣に。
「コンニチワァ、私たち商人ネ、この街で商売しに来たネ」
「そ、そうアルネ、オレは護衛アルネ」
サイとキリヤは何故か片言の言葉で、がっちりと武装している門守に話しかけた。門守はさらに不信の眼差しを容赦なく二人に叩きつけた。
「それならその証拠にモノを見せてもらおうか?」
「もちろんアルネ」
サイが差し出したのは丈夫な革製の鞄バックパック。
「なんだコレは」
門守は革鞄の中をまさぐり、拳大の鉄の塊を取り出した。ボタンがついていてそれを押してみようとする。
「ちょい待ち!」
突然叫ぶサイ。
それに驚いた門守はボタンを押さずに済んだが、不信感を深めてしまったようだ。慌ててサイは説明する。
「ちょ、ちょっと待ってクダサーイ! コレは『魔導具』アルネ! お客サン、知らないアルカ? 素人がコノぼたん押したら大変なコトが起こるアルヨ」
「魔導具・・・・・・これがそうなのか! 話では聞いたことがあったが。確か古代帝国の遺産で現代科学も超越した、滅多にお目にかかれない代物らしいな」
門守はまじまじとその魔導具を見つめていた。
「そうそう、それをここの領主サンに売りに来たんだ・・・・・・来たアル」
慌てて言い直すキリヤ。
しかし門守はもう彼らには興味を持っていないようだった。
「ふむ、これは領主さまも気に入るかも知れんな、よし通れ。ようこそ、サウスムーンへ」
儀礼的な言葉と共に二人はまんまと街の中へ入り込む。
自然が街中にも残され石造りの屋根の低い建物が多く、文化水準は並の下というところか。
行き交う人々は粗末な服に身を包み、表情に生気はなく二人にも興味を示して来るものはなかった。それはこの国の領主に原因があるのを二人は知っていた。
しかし、帝国の眼も届かないような辺境にある国。やっと辿り付いたという感慨が湧いてくる。
「到着ね!」
「楽勝、楽勝」
――と浮かれている二人だったが、背後からまた呼び止められる。
「ところで・・・・・・どこかで会ったことないか?」
「はあ? ねーよ、じゃなくて、ねーアルヨ」
すでに片言もどうでもよくなっているキリヤとサイの顔をまじまじと見つめる門守。さすがに気持ち悪くなり罵声の一つでも飛ばしてやろうかと思った矢先。
「お、思い出した! お前ら、帝国指名手配されてる双子だな!」
「げぇっ、こんな辺境の国でも知られてんのかよ!?」
「まー今まで派手にやらかしたからねぇ・・・・・・」
などと戯れていると騒ぎを聞きつけた兵士たちが駆けつけてくる。
気がつくと統一した槍で武装し明らかに敵意を放つ彼らに包囲されてしまっていた。
「こうなったら強行突破アルネ!」
「それはもういいっつの! キリヤ、前衛は任せたよ!」
サイはまず敵の数を数えた。
するといつのまにか十人を越す兵士たちが集っていたので眩暈を感じたが、なんとか気を取り直し背嚢に手を伸ばす。
「うらぁー!」
先手必勝とばかりに槍を掲げ突進してきた兵士。
即座に反応したキリヤは背にある剣の柄に手を伸ばす。だが。
「キリヤ!」
「――チィッ、うるせぇな」
サイの制止にキリヤは素直に剣を使うのをやめた。
拳を固め、突進してくる兵士が迫ると同時に跳躍。容赦なく顔面に拳を叩き込み沈ませた。
「これでいいんだろ。次!」
キリヤは倒れた兵士の槍を奪い、手前にいた兵士の足を払った。
「うお!」
「このガキ!」
無様に転がされた兵士。
その隣のほうが無防備なキリヤに槍の鋭利な穂先を突き出す。
だが横手から飛んできた鉄塊が頬を砕き兵士を弾き飛ばした。そして鉄塊は再び飛んできた方向に戻っていくとサイの手の平に収まった。
「この魔導具、『飛燕』はボタンを押して起動すると自分の意思で自在に操れるようになるの。訓練がいるけどネ」
サイは微笑みながら得意気に語り、さらに『飛燕』を放り投げた。すると重力や慣性を無視した鉄塊は三人の兵士の顔面をことごとく潰し、サイの手に帰還した。
「・・・・・・つくづく恐ろしい女だぜ」
この女を敵にはするまいとキリヤは誓った。
しかし、並外れた戦闘力を披露した二人だったが兵士たちの包囲網にじりじりと追い込まれていく。
「そうか貴様ら、魔剣士というやつか・・・・・・しかし多勢に無勢という奴だな。大人しく投降すれば命はとらんぞ」
兵士の一人が余裕たっぷりに言った。刹那『飛燕』が彼の顔面をとんでもない状態にした。
魔剣士というのは魔導具や魔導兵器の扱いに長けた者が得る称号で、その戦闘力は一介の兵士の十人力倍はあり、戦などでは傭兵として高給で雇われたりしている。
「・・・・・・キリヤ、眼と耳閉じて!」
「おう!」
二人が追いつめられたときの脱出パターンのひとつ。
サイが身につけていた首飾り型の魔導具『雷神』が発動し、そこから轟音と閃光が迸った。
耳をつんざく爆音。世界が白と黒に染まる。
その強烈な音と光の凄まじい衝撃に兵士は次々と倒れ、その隙に二人は飛び出しとにかく走った。
すると角を曲がったところで横から呼び止める幼い声がした。
「お姉ちゃんたち! こっち!」
「え?」
見ると二人より幼い少年。
まるで案内をするかのように走り出したので後に続く。
何度も角を曲がってようやく行き着くと、人気のない通りにひっそりと佇む石造りの寂れた宿の前にたどり着く。看板の文字がかすんで読めない。
「もう、大丈夫だよ、ここなら、泊めてくれる」
息を弾ませながら、少年。
キリヤは信用していいものかとサイに視線を送る。サイは頷き、ゆっくりと宿へと足を向けた。




