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第3話 疲弊

 ……実は、そろそろ私の心も身体も疲労が蓄積してきていた。


 先の見えないサターン禍、増え続ける陽性者、労基上問題があるので連勤は出来ないそうだが、休んだ翌日には、眩暈めまいがする程の検体が検査センターに到着している。


 加えて、お手伝いに来て下さる方々が日替わりなので、その都度、検査方法をお教えしなければならない。


 皆さん、頑張って下さっている。 しかし、私の指導力の問題かも知れないが、やはりスムーズにはいかない。


 自分が普段、無意識にやっている行動を言葉で説明する事の難しさを改めて知った。


 ……思い返せば、看護師の陽向さんもエッペンドルフすら使った経験が無く、1から説明していた。


 エッペンドルフ……『ピペット』の一種で、検体操作や試薬調整には不可欠なアイテムであり、検査技師わたしたちにとっては呼吸並に身近にある物だが、一般の方々は、一生(ふれ)る機会は無いだろう。


 そもそも一般の方々は、検体の検査だけをする仕事がある事さえ知らないかも知れない。


 陽向さんに説明していた頃……余裕があった頃は、人に教えるのがむしろ楽しいくらいだったのに……。



 疲労が蓄積すると、判断力が鈍ってくる。 


 ヘルプの人に、どこまでお願いしたら良いのか? それ以前に、毎日毎日、なんで違う人が来るの?


 下手に説明するより、自分でやってしまった方が早いので、結局ヘルプの人には電話番とマジックペンでの容器のナンバー書きをお願いし、結局ほとんど全てを自分一人でやっていた。


 更に、朝から深夜まで同じフローを繰り返していると『ゲシュタルト崩壊』して、自分がどこまでやったか判らなくなってくる。


 その日ヘルプの人が帰ったあと、休憩室で立ちすくんだまま、座ることも帰ることも出来ない……という奇妙な状態になった。


 これ……まずいかも……


 ……そんな考えが脳裏をよぎったが……手足が全く動かせなくなっていた。


***


 何分? 何時間? くらい立ちすくんでいただろう?


『時間』という観念がかすみのように消え去り、なぜか壁に貼ってある『手指消毒の仕方』のポスターを、ピントがボヤケた目で見詰めたまま、微動だにする事が出来なくなっていた。


『歩く』どころか、座る事すら出来ない!


 とにかく指ひとつ動かす事さえ出来ない程、まるで身体が綿わたのようだった。


 何か意欲を出さなくては! このままではまずい! と思おうとしても、その考え自体がロウソクの火が消えるように『フウッ』と消えてしまう。


 私……もしかして……このまま『過労死』しちゃう……?


 私が死んじゃったら、このセンターはどうなるんだろう?


 今の機械は高性能で簡便なので、わざと間違えようとしない限り、正確に検査をしてくれる。


「私が死んでも代わりはいる」


 某アニメの有名な台詞だ。


 厳密に言えば意味合いが違うが、私が明日消えても、何も変わらず装置は動き続けるだろう。 そうで無ければならない。 患者さまの為に!


 ……むしろ私は、そんな時代が来た事を喜ばしく思う。


『検査結果は、検査技師の技量に左右されてはならない』は、お題目なんかじゃない!


 …………。 


 って


 それは判ってる!


 判っているけれど。


 ここで私の命の灯火ともしびが消えちゃったら……どうしよう……


 みんな……泣いてくれるかな?


 お父さん、お母さんには、親孝行の一つも出来なかった。 可哀想な事になっちゃうな。


 私を信じて、このセンターを任せてくれた町野中央病院の方々(かたがた)も、責任問題の矢面やおもてに立たされちゃうかも!


 ……可哀想に……ごめんね……。


 いや……


 いやいや……


 誰が可哀想って


 私 が 一 番 可 哀 想 だ !


 まだまだやりたい事、いっぱいあったのに!


 年頃の女性ひとたちは、みんな着飾って輝いてる!


 こんな化粧っけの無い顔、髪はひっつめ……しかも白衣ケーシーなんかで死にたくない! 


 はっしーに言われたピアスだって、まだ怖くて空けてないしさっ!


 運転免許をとって、可愛い軽自動車を買ってドライブにも行きたいよ!


 何より、素敵な彼氏と、夢のような『デート』をしてみたい!


(作者注:真優が『大林 真也』と出会い、結婚するのは、時間軸的には、もう少しあとの事です ……詳しくは、本編『特別編 TB』をご参照下さい)


 海の見えるレストランでお食事して、その後プロポーズされちゃったりしてみたい!


 結婚式で皆に、祝福されて嬉し涙をいっぱい流すんだ!


 そして……そして、愛する旦那様の子供をたくさん産んで、めちゃくちゃ可愛がって、家族でドライブして、みんな笑顔で、美味しいものをいっぱい食べて……それから……それから……


 …………!


「うわあぁぁぁ〜〜〜ん」……突然、感極まって、堰を切ったように涙が溢れ、大声を上げて泣いた!


 一度スイッチが入ったらもう止められない! 体内の水分が無くなるくらい泣いた!


 ……その反面、第三者目線で自分を冷静に視ている自分も居た。


 私……まだ大丈夫だ。


 さっきの『立ちすくみ状態』は、どうやら身体が、強制的にスリープ状態に入ってしまった為らしい。


 平たく言えば『気絶』していたって事だ。


 ……その『気絶』のお陰で、多少だが体力が回復したようだ。


***


 読者の皆さまは、こうなる前に逃げ出して下さいね! 絶対に!


 自分の『代わり』は居ませんよ!

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