第4話 パワー
翌日、朝のルーチンである入院患者さんの心電図を記録し終わり、検査室に戻ると、技師長に「お、遥さん、お帰り! 急いで3階のロビーに行って〜」と言われた。
3階は整形病棟もある。
今朝、新規入院の患者さんは居ないはずだけど……緊急検査かな?
「はい!」と言って、私が心電計を取りに生理検査室に戻ろうとすると技師長に引き止められた。
「あ! 違う違う! 本体だけ行って〜」
「ぷっ!」
『本体』って! 思わず吹き出してしまった。
……3階ロビーではカマキリ似の本田刑事が待っていた。
ちぇっ! 岸くんはいないのね。(←不謹慎)
「遥さん! 昨日、本件の容疑者が逮捕されました」
「え!? もうですか!?」
本田さんの話によると、昨夜、病院近くの交番に、高齢男性が自首したと言う。
男性は、警備員さんや夜勤看護師さんの隙をついて3階のナースステーションに侵入し、私のプリンだけ盗んで帰ったそうだ。
やだ! キモっ! どゆこと?
「どうして私のプリンだけ狙われたんでしょ?」
本田さんは表情ひとつ変えず言った。
「遥さんに対するストーキング行為や嫌がらせ行為では無いので、その点はご安心下さい」
「は……はあ」
それなら、ひと安心……よね?
本田さんが続けて「それで、今後ですが……遥さんには刑事並びに民事での裁判を起こす権利があります」と言った。
プリンひとつでお爺さん相手に裁判〜!?
「そ、その裁判って、必ず起こさないといけないんですか?」
本田さんが初めて表情を緩め、柔らかい口調でおっしゃった。
「ふっ、まあ、プリンを購入するより、はるかにお金がかかりますし、時間もかかりますから、無理に……とは言いませんがね。 ただ、その権利は遥さんが有しています」
「それでしたら……私は遠慮します。 お金も時間も無いので……」
「判りました。 では、後は法人への不法侵入等に関しての話を、事務長さんと進めます。
貴重なお時間を割いてのご協力、有難う御座いました!」と、本田さんは、深く頭を下げてくれた。
意外! こういうとき、刑事さんって敬礼するものだと思っていた。
私も頭を下げ、検査室に戻った。
***
それから暫く、この件は忘れていたのだが、数カ月後の暑気払いの時、院長先生から、思いがけず、この事件の顛末を聞くことになった。
この事件の犯人は、町野中央病院の患者さんでは無かったが、違う病院で余命宣告をされていたらしい。
『苦しんで死にたくない』と思った犯人は、『安楽に逝きたい』と切実に願っていたという。
あまり小さな病院だと毒薬が無いと思った犯人は、地域ではそれなりに大きい、うちの病院から盗もうと侵入し、ナースステーションの冷蔵庫を漁ったそうだ。
その時、犯人曰く『可愛らしい文字で所有権を主張している付箋紙とプリンに生き抜くパワーを感じ、思わず手にとった』んだそうな。
その時、巡回から戻る看護師の気配を感じ、慌てて逃走したそうだ。
「さぁて、お立ち会い! 本題はここからだ」
院長先生のお芝居かかった口調が熱を帯びてきた。
気付くと、私と院長先生の周りは、職員の皆さんが話を聞こうと巨大なドーナッツを形成している。
は……恥ずかしい!
その夜から、犯人は鬼のような女性の霊に襲われる夢にうなされる事になったと言う。
「ってなわけで、犯人は遥さんの生霊によって自首したそうな……」と、院長が語り部よろしく仰った。
大きな拍手が巻き起こった。
……前章から、お芝居じみてない〜!?(←内輪話)
その直後……私の目の前に、竜宮城の浦島太郎ばりのご馳走が山のように積み上げられたのは言うまでも無い。
結局今回は……私が『食いしんぼ』って事を証明しただけの事件だったとさっ! ←やけ
ちなみに……
その余命宣告を受けた犯人さんは、警察病院で治療を受け、今でも存命らしい。
もしかしたら、プリンのパワーのおかげだったりして(笑)




