第12話『軌跡』
用事を済ませた唐口さんが席に戻ってからが、またひと苦労だった。
ねんねさんが息を吹き返したように多弁になって、必死に自分のお仕事の素晴らしさを語り、唐口さんがそれを補足するように畳みかけてくる。
2対1ではこちらが不利だ。 しかし、こちらも負けていられない。
私も必死で、今日までの体験してきた『日々の軌跡』を語った。
輸血拒否や子宮外妊娠の胎児を見た時の衝撃。
尿を運んでいた時に受けた屈辱と、膀胱癌を早期発見出来た時の、臨床検査技師としての喜びと誇り。
いつもバカなことばかりしているタレントさんの真の姿を知った時の驚き。
警察の依頼で受刑者の検査をした時の緊張と、やり遂げた時の充実感。
癌患者さまが亡くなってしまった時の無力感と、癌予防の為に作った啓蒙冊子を、皆さんに喜んでいただけた時の喜び。
私と同じ臨床検査技師が、ご家族の最期に際して苦渋の決断をしていた時の苦悩の伝播。
そして……サターンウィルスパンデミックを戦い抜いた時の、仲間と分かち合った達成感……!
これらは、お金では得ることの出来ない、かけがえのない日々だったという事を、とうとうと話した。
……それまで大人しくしていた私が捲し立てるように話し出したので驚いたのか、二人とも黙って聞いていた。
話しているうちに私も調子に乗って来て楽しくなり始めた矢先、唐口さんが手のひらをこちらに向けて遮った。
「わかった……真優ちゃん、わかったよ。 君は、今のまま、自分や患者さんのために出来ることを続けた方が良い。 ただ、もし気が変わったり、お金がどうしても必要になったりしたら、オレかねんねに相談してくれ」
そう言って、前にも見たことがある黒いお名刺を渡してくれた。 ……もっとも、これは以前貰っていたので丁重にお返ししたが。
唐口さんは、例の妖しい香りを残して帰って行った。
ねんねさんも、てっきり一緒に帰るものだと思っていたが、私に笑顔を向けたまま席を立たない。
「ねんねさんは帰らないの?」
「だってアタシ、今日は真優さんの話を聞くために来たんだもん! またさっきの続き聞きた〜い」
……後から知った事だが、ねんねさんは本当に臨床検査技師という仕事に興味があって声をかけてくれたそうだ。
唐口さんが途中で登場したのは、全くの偶然だった。
まさに『事実は小説より奇なり』だ。
その後、私は思いっきり検査の話をして大満足だった(笑)
気づくと、既にてっぺんを回っていた。
「こんな時間になっちゃってごめんなさい!」
「とんでもない! こっちこそ、本当に楽しかったぁ〜」と言いながら、優しくハグしてくれた。
***
実は、ねんねさんとは今でも良いお友だちだ。 月に一度は会ってグチや自慢を言い合う仲だ。
いつも本作をお読みいただき、心より感謝申し上げます。
ご高覧いただいております『パンデミック〜その後』のエピソードは、今回で一区切りとさせていただきます。
ただし、これで完結ではありません。
実は、現在進行形で、新たな疾患対策を行っている真っ最中です。
落ち着いたら、こちらを執筆する予定でおります!
今後とも『臨床検査技師の「はるか」です!』をよろしくお願い申し上げます。
なお、明日からは、主人公が臨床検査技師の専門学校を卒業し、働き始めた頃のエピソードを連載いたします。
引き続きお楽しみいただけましたら幸甚でございます!




