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第4話 ディベート

 さて、おふざけはここまで。 引き続きカンファレンスルームで『健康推進課』として『UTSUSEMI(うつせみ)プロダクション』さまの『STD(性行為感染症)検査』のご依頼をどうするか議論《ディベート》することにした。


 検査の方法としては、私と陽向さん、そして『もりもっちゃん』こと盛元先生が、直接『UTSUSEMIプロダクション』の店舗や事業所にお邪魔して、盛元先生が問診、陽向さんが採血、そして女性が中心とのことなので、私が採血に加え、尿・唾液・膣分泌物などの回収を行う流れになる……と言う。


「さて、今回の依頼を受けるかどうかは、実際に従事する二人に委《ゆだ》ねたいと思っている。 率直な意見を聞かせて欲しい」と大東風部長が口火を切った。


「まずはゲンキ」


 指名された陽向さんが少し難しそうに眉をひそめ「そうですね……業種が業種だけに、俺は遥《はるか》さんの意見を尊重したいです」と言った!


 な! なんで〜〜!?


 私は今まで、議論や主張とは縁の無い人生を送って来た。 そんな私の意見を尊重するなんて言われたら、なお何も言えなくなっちゃうじゃん!


 二人の視線が突き刺さる! ど……どうしよう(汗)


 そうだ! この際、パスを投げ返してしまおう!


「陽向さん」


「ん?」


「陽向さんが私の立場だったら、どうお答えになります?」


 さあ! どう出る? 陽向元気!


 陽向さんは即座に「俺が遥さんに意見を聞きたかったのは、俺だったら、たぶん断ってしまうと思ったからなんだ。 ただ、正直言って、俺には女性の気持ちは判らない。 遥さんなら、案外『検査は検査』と割り切って、平然と受け入れるかも知れないしね」と返答した。


 ……う〜ん、なるほど! さすが陽向さん、ぐうの音も出ない。


 前回も言ったが、人間が生物である以上、風俗業が不可欠なのは充分に理解している。 しかしその反面、不特定多数の人に対して性的な行為を行《おこな》って対価を得る職業に、ちょっとした拒否感を抱いているのも事実だ。


 しかし誤解されたくないのは、私は風俗業の方《かた》たちと接する事を拒否している訳では無い。 そんな方《かた》たちをいけないと判りながらも偏見の目で見てしまう自分が嫌なんだ。


 ただ、そういった気持ちがある以上、安易にお受けしてしまうのは、先方様に失礼だろう。


 ここは断るべきか……?


 いや、断るにしても、私の一存で重要な決定をしてしまっては申し訳が立たない。 何か大義名分があるなら話は別だが……。


 暫くの間、沈黙が流れた。


 大東風部長が「今回は、デリケートな問題を含んでいるから即答は厳しいか……」と言って苦笑いした。


 う〜〜ん


 実はもう一つ引っかかることがある。


 それは、私たちが直接、店舗や事業所に出向いて検体採取をすることだ。


 私たちは、医師の具体的指示があれば、いつでもどこでも検体採取は可能だし、サターン禍の際、ご施設に直接出向いて検体採取を行《おこな》った実績があるので、ノウハウは身に付いている。


 とは言え『風俗店』にお邪魔して医療行為をするというのは……ちょっと怖い(泣)


 町野中央病院グループは、首都圏を含む東日本に五カ所、関西に七カ所あり、大病院ではないが国内を広範囲にカバーしている。 私たちが出向く必要は無いんじゃないかな……。


 私は思い切って大東風部長に聞いてみた。


「検体回収の件ですが、例えば最寄りの町野グループの病院に来ていただく事は出来ないのですか?」


 大東風部長が眉間に皺を寄せ、座り直しながら言った。


「遥さんは分かるだろうが、今回の検査は『自由診療』……即《すなわ》ち『自費』だ。 それだけでも高額なのに、交通費を負担する余裕は無いそうだ」


 ……! 


 私たちが出向くのは、費用を少しでも少なくする為の『苦肉の策』だったんだ……。


 お金の事を言われると、こちらも何も言えなくなる。


 現に、このお話を頂戴したのも元はと言えば『UTSUSEMIプロダクション』さまが、今まで検査の契約をしていた医療法人さまが値上げした事に端を発している。


 この時、ふと、ある記憶が蘇った。


*****


 私が小学生の頃、母方の祖父の手が、分厚くかすり傷だらけだったのを不思議に思い「おじいちゃんの手って、なんでこんなに固いの?」と聞いたことがあった。


 祖父は鉄工所を営んでおり、鉄の切り屑で傷つき、また重い鉄を運んでいたので皮膚がマメだらけになっていたんだ。


 そんな大きな手を私に見せながら……


「人間、霞を食って生きていく事は出来ないから、誰しもがこうやって、身を粉にして働いているんだよ」……と言って優しく微笑んでくれた。


*****


 今、この瞬間も、たくさんの人々が必死に働いている。 生きるために!


 法律に触れることをしない限り、どんなお仕事でも優劣など無い。 現に検査技師だって、日夜、血液・喀痰・便や尿・腟分泌液や精液までこねくり回して検査している。 それだって、汚いなんて一度も思ったことは無い!


 妙な偏見に囚われていた自分が恥ずかしくなり、思わずこんな言葉が口をついた……


「承知しました。 遥、ご依頼をお受けする事に賛成します!」

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