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第1話 灯火

 ……その日は突然訪れた。


 しばらく鳴りを潜めていた新型サターンウィルスの再流行が始まったんだ。


 通常、感染症は数日から数週間かけてじわじわと広がるのだが、今回の感染は同時多発的に多数の感染者が発生した。


『感染爆発』と呼ばれる状態ではあるが、ここまで急激な『爆発』は異常だ。


 市井しせいでは『ウィルスの感染が収まった』という、全く根拠の無い安心感が漂い、厚労省が推奨していた感染予防策にも気の緩みが出始めた矢先だった。


 当初、感染経路のトレースや『スーパースプレッダー』と呼ばれる、自覚せずに感染拡散を引き起こす人物の特定を進めていた保健所も、感染者の登録や健康観察の業務に追われ悲鳴を上げていた。


 病床使用率は逼迫し、感染爆発を止める事が不可能な状況に陥ってしまった。




 私達のPCR検査センターも、以前にも増して検査数が激増し対応しきれない程だった。


 町野中央病院の先輩方に再びヘルプを要請したが、それでも足りず、別の系列病院からも応援に来て戴いた。


 しかし、例によって、急遽ヘルプに来てくれた方の半数は、PCR検査ほど感度が高くない『抗原検査』で陽性が判明し、当然お手伝いをお願いする事は出来ない為、そのまま帰宅して頂いた。


 やはり、病気の方々《かたがた》が集まる『病院』や『クリニック』は感染リスクが高い事を思い知らされた。




 「今度こそ、いよいよマズい状況ですかね」


 連日の疲労が蓄積し、私は陽向さんに弱音を吐いた。 


 ここでいつもなら陽向さんの頼もしい笑顔とガッツポーズが登場するのだが、今回は違った。


「この『波』は、今までとは全く違う。

 俺は、こういう言い方をするのは好きじゃないんだが……」


 この時の、およそ墨台さんらしくない言葉に、私は思わず息を飲んだ。


「……そろそろ、『限界』かも知れない!」


***


『ヴァレンティエ共和国』とその隣国『セディナス共和国』は紛争が絶えなかったが、大国『合州ごうしゅうユニリア国』がヴァレンティエ共和国に協力すべく武力供与した事で事態が動いた。


 セディナス共和国と蜜月の関係を築いて来た『トゥマール連邦』がセディナス防衛の名目で派兵し、最早もはや大国間の代理戦争の様相を呈していた。


 紛争はやがて他の地域にも飛び火し、海上封鎖や戒厳令が敷かれ、戦禍は一般人を巻き込む事態に陥っていた。


 ……そう……その魔の手が、とある小さな検査センターにも忍び寄っていたのである。


***


 PCR検査センターに出勤すると、検査資材のおろし問屋さんから緊急FAXが届いていた。


『検体採取用スワブ 出荷調整のお知らせ』


 出荷……調整!?


『ヴァ・セディ紛争』で船舶の往来が制限された上、原材料であるポリエステルの入手が困難になっとの記載があった。


『スワブ』とは、プラスチックや紙製の細い棒の先端に綿球が付いている、平たく言えば綿棒で、新型サターンウィルスの検査の際に患者様の鼻や口に挿入して粘膜や舌苔ぜったいを採取するためには必要不可欠な資材だ。


「う〜〜〜ん……まさかスワブが出荷調整とはね……」


 陽向さんが『出荷調整のお知らせ』を見ながら渋い声を出した。


 元々渋いではあるが、今回の声は『渋柿』の方の()()だ。


『出荷調整』と言えば聴こえが良いが、とどのつまりは『出荷停止のお知らせ』である。


「『町野』の関連施設に配った分を抜くと……在庫は800本弱です。

 スワブは簡単に入手出来ると思っていた私のミスです

 ……申し訳ありません」


「遥さんのせいじゃないよ。

 それよりスワブの残数を手分けして調べよう」


「はい!」



 検査や検体採取の合間に調査した結果、検体採取が可能な日数は……


  1 3 日 …… !


 このままでは2週間()たずに、スワブが底をつく!


 当然だが、検査は患者さんの検体が無ければ始められない。


 まさに『風前の灯火ともしび』!


 真綿で首をめられる思いがした。

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