第5話 『クシュクシュ』
矢も楯もたまらず、PCR検査センターに電話しようとスマホを探したが見当たらない。
母に聴くと、大東風部長の指示で母がスマホを預かってくれているという。
産業医との面談が済むまでは、仕事を忘れて休養するようにとの計らいとのことだった。
それを聴いて、焦燥感が少し落ち着いた気がした。
……もう夕方だし、今更ジタバタしても、過ぎた時間は戻らない。
部長のお言葉に甘えて、部屋に戻って再びベッドに横になった。
眼の奥が痛くて、目を閉じていると楽ではあるが、色々な考えが頭に渦巻いて、とてもじゃ無いが眠れない。 それに、15時間以上も寝てたから、身体がこれ以上の睡眠を欲していないんだろう。
『コン、コン、コン』……とノックの音がして、母が食事を持ってきてくれた。
……オートミールと、湯冷ましのお白湯だった。
「あまり刺激が無い方が良いと思って薄味にしてあるから、何か足りなかったら言ってね」と言ってくれたが、絶妙な味付けで、更に空腹も手伝ってか、母の目の前で、あっという間に平らげてしまった。
「……誰かから、私に連絡来た?」と聴くと……
「……さっき、部長さんがいらして、何度も謝ってたよ。 それと一週間は連続で休めるから、ゆっくりさせて……って言ってた」
一週間! それはまた長い!
「後ね、検査は町野中央病院の人たちが交代で来てくれるから、心配要らない……って」
町野中央病院は。サターン患者さんの受け入れをしており、一般患者さんの受け入れを制限している。
検査は『発熱外来』の『サターンウィルス抗原検査』がメインで、通常の臨床検査はほぼ無いので、交代でPCR検査センターに来てくれる事になったそうだ。
「それと、部長さんが褒めてたよ! 真優が纏めていた『検査マニュアル』のお陰で、技師さんたちが直ぐに業務に就ける。 本当に有難い……って」
陽向さん(育児休暇中)と、遊び半分で作っていた『おサルさんでもわかるPCR検査』が、まさかこんな形で役に立つとは! (実際には専門用語が多く、一般向けでは無かったが、臨床検査技師なら理解して貰える仕様になっていた)
「……何かやって欲しい事ある?」
母が優しい声で聴いてくれた。
その声は、私が小さい頃、風邪で休んだりした時と変わらない、慈愛に満ちた声だった。
「……頭……マッサージしてくれる?」……と、私は遠慮がちに言った。
子供の頃、私が兄貴と騒いでいたりして眠らない時、母に頭のマッサージをされると、数分で寝落ちしたのを思い出したからだ。
母の掌の安心感と、髪が擦れる『クシュクシュ』……という骨導音を聴いているうちに、私は再び、眠りに付いていた。




