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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 1 大人のいない世界
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ぼんやりとした空気

 リサがカレーを食べ終えると、ミツオとリサはバイクに乗ってホームセンターへ向かった。走っていると、運転中に運転者が塩になってしまったのであろう車が、ガードレールやビルの一階に突っ込んでいる光景をちらほら目にした。運転席と助手席が押し潰されたワゴン車のクラクションが、ビーッと鳴り続いている。

 途中、モール街を通り抜けたが人通りは全く無かった。全ての店のシャッターが降りていて、ゴーストタウンのようだった。いつもなら大勢の人でごった返している大通りが、無人だととても広く感じる。

 ホームセンターでボルトカッター二つと赤色のガムテープ五個を調達してから、ミツオ達は佐藤さんに指定されたマンションへ向かった。マンションは一階層五部屋の五階建てで、オレンジ色の壁面は年季が入って黒ずんでいた。現在時刻は午後三時二十二分。ミツオは荷物を抱え、リサと一緒にマンション内へ入っていった。

 古めかしい内装の廊下を歩きながら、リサが呟いた。

「なんかさ、現実感ないよね」

 ミツオも同じ気持ちだった。世界中の大人が塩になった、と聞かされた時からずっと、世界中をぼんやりとした空気が覆っているような感覚がある。世の中の全ての物が偽物で、盗もうが壊そうが何をしてもいいように思えてくる。こうしている間にも、次の瞬間に目が覚めて、気づけばベッドの上にいるんじゃないか、と思う。

 ミツオとリサは101号室の前まで来た。玄関のドアノブの横にドリルで開けられたような穴が開いていて、鍵はかかっていなかった。お邪魔します、と呟きながらミツオは部屋に上がり、リサも続いた。入ってすぐ右側に台所があり、シンクに汚れた食器が溜まっている。奥の部屋へ進むと、小さなテーブルの上にコンビニの中華丼の食べ残しが置かれていて、ベッドの上にアンダーシャツとトランクスが混ざった塩の塊があった。

「若いサラリーマンの一人暮らしって感じだね」

 ハンガーラックに紺色のスーツがかけられていて、壁にはアメフトのポスターが貼られている。部屋には生活感が漂っていて、ミツオは空き巣に入っている気分になった。ミツオ達は部屋を出て、ドアに赤いガムテープで印をつけた。

 続いて102、103号室に入ったが、どちらも子供はいなかった。

 ミツオとリサは効率を上げるために、手分けして部屋を回る事にした。リサが一階から、ミツオは五階から部屋を調べていく事にした。

 501、502、505号室にチェーンロックがついていたから、ボルトカッターで切断した。五階には誰もいなかった。

 四階の403号室のドアを開けた時、チェーンロックがかかっていたので切断しようとすると、ドアの隙間から小学一、二年生くらいの男の子の姿が見えた。身長はミツオの腰くらいの高さだ。無表情で、虚ろな目をしている。

「こんにちは」

 声をかけたが、男の子は無反応でミツオを見つめてくる。

「ここ、開けてくれない?」

 チェーンロックを指差して言ったが、男の子は首を振った。知らない人が来ても鍵は開けない。正しい防犯意識だ。

 ミツオはその場で胡坐をかいて、男の子と向き合った。ドアを開けた時、男の子は玄関に立っていた。親を待っていたのかもしれない。室内に塩になった親がいるかもしれないが、それが親だとは理解できないだろう。もう二度と親に会えないとわかった時、男の子はどうなってしまうだろうか。

 ミツオは生徒手帳を取り出し、メモ部分を破って、そこに自分の電話番号を書いた。

「また来るよ。ここから出たくなったら連絡して。郵便受けに電話番号入れておくから」

 ドアに赤ガムテープで印をつける事無く、ミツオは次の部屋へ向かった。

 404号室には誰もいなかったが、405号室に中学生の女子が一人いた。生気が全く感じられない顔をした女子に筈久中学校へ行くよう伝えると、女子は無言で頷いてマンションの階段を下りて行った。

 四階を調べ終えて三階に下りると、二階から上がってきたリサと鉢合わせになった。リサは赤ちゃんを抱いていて、赤ちゃんは大きな泣き声をあげている。

「ミツオ、どうしよう! どうしよう!」

 リサが地団太を踏みながら、赤ちゃんを揺らしてあやしている。

「泣き止まないんだが~!」

「落ち着いて、二階は全部チェックした?」

「うん、最後の部屋でこの子見つけたの」

「じゃあ三階はこっちでやるから、えーと……赤ちゃんのいた部屋で、本人確認できる物を探してきて。保険証とか母子手帳とか。身元確認できるように」

「りょ、了解!」

 リサは爆弾を扱うかのように赤ちゃんを抱き、慎重に階段を下りていった。

 301号室、302号室、303号室には誰もいなかった。

 304号室のインターホンを押し、反応が無い事を確認して、ミツオは玄関のドアを開けた。中に入ると、奥からテレビの音が聴こえてきた。リビングに進むと、幼稚園児くらいの女の子がアニメを観ていた。ミツオに背を向けてテレビを観ている女の子の周りには、ジュースやお菓子の袋やDVDケースが散乱している。

「こんにちは」

 ミツオが声をかけると、女の子は振り返って目をパチクリさせ、こんにちは! と元気よく挨拶をしてきた。全く警戒心を持っていないように見える女の子は、すぐにテレビへ視線を戻した。

 ミツオは女の子の隣にしゃがみ、並んでテレビを観た。アイドルの格好をしたキャラクター五人が歌って踊っている。

「おにいちゃんだれがすき?」

「んー、あの青いのかな」

「わかってんじゃん」

 女の子はミツオにポテトチップスを食べるよう勧めてくれた。

 女の子はマチコと名乗った。ミツオはマチコちゃんを連れ出し、三階の残りの部屋を調べて誰もいない事を確認してから二階に下りた。二階の廊下を歩いていると、205号室から赤ちゃんの泣き声とリサの狼狽した声が聞こえてきた。

 205号室に入ると、リサが赤ちゃんのおしめを外して下半身を露出させていた。リビングの床に敷いたタオルケットの上に、赤ちゃんを寝かせている。

「ミツオ、ウンコウンコ! ヤバい!」

 テーブルの上にノートパソコンがある。ミツオはパソコンを立ち上げ、インターネットでおしめの換え方を調べた。

新しいおしめとお尻を拭くウェットティッシュがあるかリサに聞く。マチコちゃんは、ぷにぷに、と言いながら赤ちゃんの頬っぺたをつついている。赤ちゃんのウンコは、少し酸っぱい臭いがした。

 ミツオはリサと協力して、赤ちゃんのおしめを換えた。初めてにしては上手にできたと思うが、赤ちゃんは泣き止まない。もしかするとお腹が空いているのかもしれない。

「ミルク作ってくるよ」

 ミツオはパソコンでミルクの作り方を調べてから台所に行った。哺乳瓶を煮沸消毒するためにお湯を沸かしていると、リビングからリサとマチコちゃんの話し声が聞こえてきた。

「マチコのほっぺもぷにぷになんだよ。さわってさわって」

 リサがマチコちゃんの頬っぺたを人差し指でつつくのに合わせ、マチコちゃんは、ぷに、ぷに、と声を出した。

「ね、ぷにぷにでしょ?」

「てめーかわいいな、この野郎」

 リサがマチコちゃんの頬っぺたを両手でグニグニと引っぱった。人見知りの激しいリサだが、子供は大丈夫なようだ。マチコちゃんの人懐っこさのおかげかもしれない。

 赤ちゃんにミルクをやり、ゲップをさせ、泣き止んだところでミツオとリサはマチコちゃんと赤ちゃんを連れてマンションを出た。赤ちゃんはリサが抱いている。時刻は午後四時四十分をまわったところ。ミツオ達はバイクを置いて、徒歩で筈久中学校へ向かった。

 マチコちゃんの歩幅に合わせてゆっくり歩く。リサとマチコちゃんはアニメソングを歌っている。

 マチコちゃんの家の寝室に、マチコちゃんの母親だったと思われる塩の塊があった。マチコちゃんは状況を理解していないのだと思う。両親にもう二度と会えない、と理解した時、マチコちゃんはどういう反応をするだろうか。

 一曲歌いきり二人が二曲目を歌い始めた時、ミツオは遠くの空の一部がオレンジ色に染まっている事に気づいた。八月の午後五時前に、夕焼けが見えるなんて事はありえない。

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