新井アツシ
「ミツオ、お水取って。ここお茶しかないの」
リサが、牛丼屋のカウンターの上に置いているポットを手の甲で軽く叩いている。今のリサと比べると、あの時のリサは肌が異常に白かったと思い出す。
「……よかったなあ」
ミツオはそう言いながらリサの頭を撫でようとしたが、リサが噛みつこうとしてきたので手を引っ込めた。
ミツオはカレーを食べ終えたが、リサの皿にはカレーがまだ半分くらい残っていた。リサは食べる速度が遅い。引きこもりで時間が余っているから何にでも時間をかけすぎてしまうのではないか、とミツオは推測する。
リサに冷たい水が入ったコップを手渡すと、一台のバイクのエンジン音が牛丼屋に近づいてきた。
自動ドアが開き、店内に入ってきたのはミツオが知っている人物だった。
「新井君」
「おー! ミッちゃんか! ひさしぶり!」
手を振りながら、ミツオより頭一つ背の低い新井君がカウンターに近づいてきた。細身だが筋肉質でガッチリした体つき。甚平を着て雪駄を履き、顔や腕は小麦色に日焼けしている。頭に巻いたタオルから、金色に染めた髪の毛がはみ出ていた。
「表のマジェスティってミッちゃんのか? バイク乗れたのか?」
「いや、あれはリ……」
言いかけてミツオの口が止まった。先程まで目の前にいたリサの姿が消えている。
不意に、ズボンの太腿の部分を引っ張られた。足下を見ると、リサがカウンターの下に潜り込んでいた。ミツオの足に絡みつくように丸まっているリサは、人差し指を唇に当てて殺し屋のような目つきでミツオを睨みつけていた。
「……うん、乗れたの。それより新井君、お腹空いてるんじゃない?」
バイクの話が続くとボロが出そうだったので、ミツオは話題を変えた。
おう! と元気よく言いながら、新井君はカウンターの内側に入ってこようとした。
「い、いいよ、よそうから座ってて。牛丼がいい? カレーだったら温まってるからすぐに食べれるけど」
「じゃあカレーたのむ」
新井君は雪駄を脱いで椅子の上に胡坐をかき、大きなアクビをした。童顔の新井君は、見ようによっては小学生に見える。ミツオは大盛りによそったカレーとお冷やを新井君に渡した。
「新井君は何してるの?」
「サムターン回し」
家やマンションに取り残された子供を救出しなければならないが、大抵の家は玄関の鍵がかかっている。救出員が行く前に、新井君が金属の棒やドリルやバールを使って、方々の玄関の鍵を開けて回っているらしい。
「オレ、もう一人前の空き巣だぜ!」
笑いながら新井君は、チェーンロックされている場合はボルトカッターで切断しなければならない事、室内のチェックが済んだ部屋のドアには赤色のガムテープを貼って中に誰もいない印をする事、保護した子供は筈久中学校の体育館に連れて行く事を教えてくれた。大まかな事は佐藤さんに教えてもらっていたが、ボルトカッターの事は聞いていなかった。ホームセンターに行けば置いてあるらしい。
新井君はリサの十倍くらいの速さでカレーをかき込み、水を飲み干すと、ミツオに別れを告げて出て行った。
バイクのエンジン音が遠ざかっていくと、リサがカウンターから顔を出した。
「誰? 今の」
「小学校の時、一緒のクラスだった新井君」
「ふーん……あんなヤンキーみたいなのと友達なの?」
「そういう事言うなよ」
小学生時代、新井君はリトルリーグチームで副将を務める野球少年だった。小学五年生の時に母さんを爆弾テロで亡くしたミツオに対し、腫れ物に触るように接してきたクラスメイトの中、新井君は今までと変わりなく接してくれた。小学六年生の時、ミツオはリトルリーグ大会の応援に行った。一番セカンドで出場した新井君のチームは準優勝した。
中学生になったらシニアリーグに行くと言っていたが、新井君は地元中学の軟式野球部に入った。新井君は三ヶ月で軟式野球部を辞めた。
野球をやめてから髪を伸ばし、タバコを吸ったりバイクに乗ったりするようになった。新井君は学校を休みがちになり、ミツオとはクラスも違うのでなかなか会わなかったが、たまに顔を合わせるとお互い簡単な挨拶をする仲だった。




