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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 1 大人のいない世界
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回想(ミツオとリサ)

 ミツオの祖母とリサの祖父は異父姉弟で、お互いの家も近かったことからミツオとリサは家族ぐるみで育てられた。ミツオが物心つく前からリサはそばにいて、幼稚園の頃は毎日一緒に遊んでいた。二人で近所の池に行って、ザリガニやカエルを捕まえて遊んだ事を覚えている。

 だが、お互い小学生になると同性の友達と遊ぶ事が多くなり、小学三年生にもなるとミツオとリサの交流は完全に無くなっていた。

 小学四年生の時、リサの家の前を通ると、リサの両親が大声で怒鳴りあう声が聞こえてきた。優しいおじさんとおばさん、というイメージが崩れてショックを受けたミツオは、駆け足でその場から走り去った。母さんはリサの両親の不仲の理由を知っていたようだが、ミツオには教えてくれなかった。

 数週間後、ミツオは小学校からの帰り道にある神社の石段前でリサと会った。少し前に校内で見かけた時は黒髪ロングヘアだった髪が、金髪のショートヘアになっていた。あまりの変わりように、別人ではないか、と疑った。リサはTシャツにジーンズというラフな格好で、ポケットに手を入れて俯き加減で歩いていた。一瞬目が合ったが、お互い無言ですれ違い、何事も無かったかのように振る舞った。

 その後、学校でリサの事が度々話題になった。金髪になってからは学校に来ていないようだった。神社の石段に座ってタバコを吸っている姿、ノーヘルでバイクに乗って警官に補導されている姿、本屋で漫画を万引きして母親を呼び出されている姿、目撃者は多数いた。家が近い事もあり、ミツオも時々リサの姿を見かけた。

 リサに何があったのか、と最初の頃は色々と話題になったが、二、三ヶ月もするとリサの話題を持ち出す人はほとんどいなくなった。

 リサが学校に来ないまま月日は流れ、ミツオは小学五年生になった。

 十月の日暮れ時、ミツオはコンビニに晩御飯を買いに行く途中、路上でリサの母親に声をかけられた。

「ミッちゃん、どこ行くの?」

 リサと交流が無くなってからも、リサの両親はミツオに会うと声をかけてくれた。だが、二人の怒鳴り合いを聞いてから、ミツオはリサの両親が少し苦手になっていた。

「あ、コンビニに、晩御飯買いに行こうと思って……」

 母さんが亡くなってから、週三回お手伝いの洋子さんがミツオの家に来て、掃除や調理等の家事をしてくれるようになっていた。洋子さんが来ない日は、弁当屋かコンビニで夕食を済ませていた。

「そんなの食べてないでウチでご飯食べればいいじゃない。おいでおいで」

 悪いからいいです、と両手を振って遠慮したが、おばさんはミツオの肩を抱いて強引にリサの家に連れ込んだ。三、四年ぶりくらいに入るリサの家は、ミツオの背が伸びたせいか昔より小さく感じた。

「すぐご飯にするから、ちょっと待っててね」

 おばさんはそう言って二階へと階段を上っていった。ダイニングルームに通されたミツオは、居心地の悪さを感じながら席に着いた。ダイニングルームには所々におばさんの作ったパッチワークの小物が飾られていて、暖かな雰囲気に溢れていた。

「リサ~ご飯よ~。今日はミッちゃん来てくれてるよ~」

 おばさんの声が二階から響き、ミツオは息が詰まりそうになった。何故かミツオには、リサは常に出歩いている、というイメージがあって、リサが家にいる状況を想定していなかった。自分の心臓の音が聞こえ、冷や汗が脇の下を流れる。どんな顔をしてリサとご飯を食べればいいのか分からない。

 しばらくして、おばさんが一人で下りてきた。

「ごめんね~、リサまだお腹すいてないんだって~」

 苦笑いでキッチンへ入っていくおばさんを見て、ミツオはほっと胸を撫で下ろした。

 晩御飯は、味噌風味の一口ハンバーグ、オニオンスープ、アボガドのサラダで、とても美味しかった。いくらでもおかわりしてね、と言うおばさんの言葉に甘えて、ミツオはご飯を二杯おかわりした。

 それ以来、リサの家で晩御飯をご馳走になる事が多くなった。リサはいつも家にいたようだが、一緒に晩御飯を食べる事は無かった。たまにおじさんが早く帰って来た時は、おじさん、おばさん、ミツオの三人で食卓を囲んだ。以前怒鳴り合っていたのが嘘のように、おじさんとおばさんは仲良く見えた。一緒に食べる事は無かったが、ダイニングテーブルの上にはいつもリサの茶碗が置かれていた。

 二月中頃のある日、ミツオは午後六時前にリサの家のインターホンを鳴らした。いつもならすぐにおばさんが出てきて中に入るよう言ってくれるのだが、この日は反応が遅かった。しばらくして、いらっしゃい、どうぞー、と、おばさんの声がインターホンから聞こえてきた。おばさんの声は、どことなく困っているような、恥ずかしがっているような、空元気を振り絞っているような感じに聞こえた。

 ダイニングルームに入ると、おばさんの声に元気が無かった理由がわかった。ダイニングテーブルの位置が大きくずれ、椅子が倒れ、スプーンと割れたお皿が床に転がっている。棚にあったお菓子やバナナやオレンジが床に散らばった後に踏み潰されたようで、果物の汁が床を流れている。ヨーグルトが壁と天井に飛び散り、ヨーグルトの塊がカレンダーとパッチワークにベッタリとこびりついている。

 ミツオがおばさんと一緒にダイニングルームの片付けをしていると、おじさんが帰ってきた。おじさんはダイニングルームを見渡してしばらくたたずんだ後、何も言わずに二階へと階段を上っていった。

「リサ! 晩飯だ! 下りてこい!」

 おじさんの怒気を含んだ声と、乱暴にドアを叩く音が二階から響いてきた。

「ミッちゃんも来てくれてるんだから、たまには一緒に食おう! 開けるぞ!」

 何を言っているのか分からない、断末魔のような金切り声が聞こえてきた。三年ぶりくらいに聞くリサの声は、幼少期の面影からは想像もつかない、発狂した猫の鳴き声のようだった。

 バタバタと取っ組み合うような音とリサの叫び声が聞こえ、おじさんがリサの二の腕を掴んで一階に下りてきた。はんてんを羽織ったリサは涙と鼻水で顔をグチャグチャにして、おじさんに抵抗しながら引き摺られるようにダイニングルームに連れて来られた。リサの髪は手入れされておらずボサボサだったが、金髪ではなく茶髪で肩にかかる程度の長さだった。

 おじさんはリサを椅子に座らせ、おばさんに晩御飯の用意をするように言った。おばさんが晩御飯の準備をしている間、リサはミツオの対面の席に座って泣き続けた。リサはずっと俯いたままで、絶対に顔を上げなかった。

 四人の席にハヤシライスが行き渡ると、誰もいただきますを言わずにハヤシライスを食べ始めた。リサは嗚咽を漏らしながらハヤシライスをグチャグチャにかき混ぜ、震える手で少しずつ食べ始めた。ダイニングルームにはリサの嗚咽と、スプーンと皿が擦れ合う音だけが響いていた。

 パッチワークにこびりついたヨーグルトの匂いが漂ってきて、ミツオは己の迂闊さを恥じた。

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