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ミツオ・チャンネル  作者: 森茂
Chapter 3 タンポポの綿毛
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お弁当



 十一月六日



 一瞬、宙に投げ出されるような浮遊感に襲われ、ノゾミは反射的にベンチの縁を掴んだ。

 靴裏でタイルの感触を確かめ、地面がある事を確認する。顔を上げると、眼前に広がる風景に違和感を覚えた。雲の形が違う。空の色が違う。気温が違う。湿度が違う。風の強さが違う。

 それらは僅かな違いだったが、一瞬で全てが変化した事によって、ノゾミは別の世界に来たような感覚に囚われた。

 恐らく、あの人の能力で時間移動したのだろう。以前、マンションの屋上で時間移動した時と同じ浮遊感だった。夕陽の位置は変わっていないので、二十四時間単位での時間移動だろう。

 顔を左に向けると、連絡橋の床に敷いたレジャーシートの上で胡坐をかいているあの人がいた。コトワリ能力は発現していない。まだ、ノゾミが現れた事に気づいていないようだ。あの人の傍らには、ピクニックバスケットと魔法瓶の水筒が置かれている。

 しばらくすると、あの人がノゾミの存在に気づき、手招きをしてきた。ノゾミはレジャーシートをしばらく見つめてから、ゆっくりと腰を上げた。

 靴を脱ぎ、レジャーシートの上に正座する。あの人がピクニックバスケットから二段重ねの弁当箱を二つ取り出した。犬の足跡がプリントされたマグカップを二つ取り出し、魔法瓶に入っている液体を注ぐ。マグカップから湯気が立ち昇る。色と匂いからして味噌汁のようだ。細かく刻んだ万能ねぎが表面に浮かび、少し形の崩れた豆腐が入っている。

 あの人が弁当箱と味噌汁を一つずつ、ノゾミに手渡した。渡された弁当箱はプラスチック製で、デフォルメされたゾウとキリンのイラストがプリントされている。あの人の弁当箱は茶色のチェック柄だ。ノゾミが弁当箱を見つめていると、あの人が食べるように促す仕草をした。

 ノゾミは弁当箱の蓋から箸を取り出し、蓋を開けた。上の段には、豚肉と玉ねぎの生姜焼きと、少し焦げている卵焼き、プチトマト三つ、下の段には、小ぶりな俵おにぎりが五つ並んでいる。

 あの人がお弁当を食べ始めた。あの人の弁当箱の中身も、ノゾミのものと同じだ。

 ノゾミは俵おにぎりの中心に箸を入れた。海苔はシナシナになっていて、箸が抵抗なく入った。半分に割った俵おにぎりを口に運ぶ。薄い塩気と海苔の香りが口の中に広がる。あの人が作ったのだろうか。美味しい。

 生姜焼きには、白く固まった豚の脂が少し付いている。卵焼きの底のほうに、生姜焼きの汁が少し染みこんでいる。

 あの人が頬を二回たたき、首をかしげながらノゾミに向かって手を差し出した。『美味しい?』という意味の手話だ。

 ノゾミは卵焼きを咀嚼しながら小さく頷いた。

 あの人が微笑んだ。この人が笑うところを初めて見た。

 夕陽が半分以上地平線に隠れ、空の色がオレンジ色から紫色にゆっくりと変わっていく。強い風が吹き、河川敷に群生していたタンポポの綿毛が一斉に空へ舞い上がった。夕陽に照らされてキラキラ光りながら、綿毛は茜色の空に消えていった。

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