青山ノゾミ
じっとりと重く、生温い風がノゾミの頬を撫で、髪の間を抜けていった。
眼下には河川公園が広がっている。大きな川を挟んだ向こう側に、ビルやマンション等によって描かれた地平線が見える。
ノゾミは、全焼した自宅マンションから数百メートル離れた、病院と福祉会館を結ぶ連絡橋に来ていた。病院の三階と繋がっている連絡橋は、十人くらい並んで歩ける幅がある。ノゾミは備え付けられているベンチに座り、手すりの先の風景を眺めていた。辺りには誰もいない。一時間くらい前に、四人の小学生が公園内を走り回っていたが、十分程前にどこかへ消えた。
お姉ちゃんとお父さんと普通だった頃のお母さんと一緒に、バーベキューやお花見やバトミントンをした公園。ここ数年間の記憶は曖昧で、パズルピースのような断片的な記憶しかないが、家族四人で暮らしていた三歳までの記憶は鮮明に覚えている。
今はもう『聞こえる』という感覚を忘れているが、目を瞑ってお姉ちゃんやお父さんの事を考えると『お姉ちゃんとお父さんの暖かな声』という概念が、焼きたての食パンにバターが溶けていくような感じでノゾミの胸に染み込んでいった。
ラケットにバトミントンの羽が挟まって笑っていたお姉ちゃん。川べりでノゾミの手に線香花火を持たせてくれたお父さん。つくしを採っていた時に犬のウンコを踏んで泣いていたお姉ちゃん。ノゾミがコタツで眠りかけていた時、抱っこして布団まで運んでくれたお父さん。




