翡翠の恋心5
『なにー!! 結姫がさらわれただとっ!? 貴様、いったい何やっていたんだ!』
「うるさい。自分だって結姫の元にいなかったじゃないか」
藤子の抵抗はむなしく、梨香はあっさりと連れ去られてしまった。当たり前だ、藤子は自衛の術ぐらいしか持っていないのだから。そもそも側にいなかった烏之瑪が悪いのだと、事が起こった後にのこのこと顔を見せた烏之瑪に愚痴愚痴と藤子は言う。
烏之瑪は悪びれた様子は全く見せず、あまつさえ助けに行くのが面倒だとでも言うように身繕いなんかしている。藤子は本当に烏之瑪と梨香の関係の微妙さ加減が分からない。
「助けに行かないのか」
『……そうだな。行くには行くが、助け出せるかどうかは分からぬ。何たって相手はあの狐だからな』
溜め息をつくように烏之瑪は荒ぶらせていた翼を折り畳んだ。烏之瑪でも白すぎる狐の相手はあまりしたくない。すこぶる相性が悪いのだ。そもそも烏之瑪は戦う術はあの白すぎる狐程持っていない。生まれの由縁からくる違いが深く関わるのである。
そんなんだから本当は極力あの白すぎる狐とは関わって欲しくなかったのだが……。言っても今更、後の祭りだ。やはり前世からの繋がりを断つことはできないらしい。
烏之瑪は赤い右目だけをくるりと動かした。閉じられた左目は梨香に契約の証としてやったものだ。梨香と繋がっているから、彼女が死んだ時はこの目が教えてくれる。あの白すぎる狐の事だから、梨香を殺せるかどうかは怪しい。以前もあれは敵なのか味方なのかよく分からない行動を起こしていたから。
『我は好きで結姫から離れていたのでない。少し思い当たる伝手を探しておったのだ』
弁解するために烏之瑪のくちばしがやっと開いた。
『イロリという囲炉裏の付喪神なのだが、奴にあの狐の封印をしていた所を結界でさらに囲ってもらっていたんだ。案の定、封印されていた場所には狐の新しい結界が張ってあって近づけんし、イロリも早々に元の住処に戻っていた。奴の話によると狐は目覚めてもう半年以上経つらしい。お前等と会うとっくの昔にこちらの動向は調べられていたようだ。何にしろ日記の存在は目立つ』
藤子には言わないが、日記が欲しいのはあの白すぎる狐ではなくその主の方だ。だがどういうわけか、その主の方は封印の外へ出た形跡がない。完全に白すぎる狐の意志だけで自由に振る舞っているようだ。
とりあえず行こうにも烏之瑪一人では心許ない。かといって攻撃的な妖怪の知り合いもいないから、供に引き連れることもできない。
ならば奥の手。
『藤子、お前の男を借りてもいいか』
「別にいいが……いったい雪斗をどうするつもりだ?」
藤子は首を傾げた。烏之瑪は雪斗を使って何がやりたいのだろう。
『それはだな、』
ガタガタガタッ!
突然音がしたのでそちらを振り向くと、一人の少年が腰を抜かして入り口に座り込んでいた。今の会話を聞かれていたらしい。
「か、カラスが喋った……!」
烏之瑪の姿も声も常人に見える仕様となっている。だから梨香の見舞いにきた光が烏之瑪と藤子に出くわすのも無理はないが、何かげせぬ。
そして烏之瑪は気がついた。
『ふむ……。藤子、今の話は無しだ。雪斗ではなくこいつを使う』
きょとんとする光を置いておいて、藤子は烏之瑪に尋ねる。
「何故だ?」
『こいつ、どういうわけか結界系が効かないらしい。現に今、人払いの術をかけていたのに入ってきたからな』
「む。いつの間にそんな術を張っていた」
『最初からだ』
烏之瑪はバサリと飛んで光の頭に乗る。
『というわけでよろしく頼むぞ、蛍野。いざ行かん、結姫を助けに』
「……へ?」
光は茫然とした。




