薬箱の奇跡 2
「ねえねえ、それ、私が書けばいいの? ねえねえ」
「うわ、喰い付きスゴ」
てこてこと結姫だと思われる女の子に近づいて叫ぶと、彼女はちょっと吃驚したようだ。それでも私は舌を奮う。全く結姫は事の重大さを分かってない!
「そりゃそうよ! こんな面白そうなこと、暇を持て余している私達がほっとくわけないじゃない! 結姫っていう人の子が妖ものの類に日記を書かせてるっていう噂が今、私たちの間で流れているの。知らないの?」
妖は気まぐれだ。楽しいものには食いつくしそうじゃないものは気に留めない。私だって例にもれないのだ。ここ数日、他の妖達とも会ってないし。退屈だったし。
私にとって暇つぶしは重要だ。それなのに結姫は軽く言う。
「知らないわ。私、人間だもの」
結姫の左目が煌々と紅く輝いた。深い深い赤色。片方だけ色が違うなんて珍しい。私はその色に惹きつけられそうになった。人の癖になんて不思議な色の瞳をしているのだろう?
「知り合いの妖が、結姫を見たって言ってたけど……。言っていた姿と全然違うわ」
吸い込まれそうになるのを誤魔化すために私が首を傾げながら言うと、結姫が「へえ」と笑った。
「その妖は何て言ってたの? 気になるわ」
結姫が知りたそうにしていたので、私は心優しく教えてあげる。ええと……、
「確か……。毛むくじゃらで真っ黒な熊みたいで、片目が紅く輝いて、凶暴な鳥の妖を手下にしてる、だったかな?」
「……へぇ、そうなんだ」
結姫が半眼になる。すると、
『くくくっ』
「笑うな、烏之瑪!」
『仕方なかろう?』
え? 今、知らない声がした? した? したよね? 結姫は一体、誰に話しかけたの?
きょろきょろと部屋を見渡して、障子に目を向ける。もしかして……、
「不法侵入者!」
障子に近づいてぱっと襖を開くとギャ、カラス!
「あわわわわわ」
私は及び腰になって後ずさった。
逃げ出そうとした私の着物の裾をカラスがパクリと咥える。いーやー、食べないで~。
『誰が貴様なんぞ食うか。あんまり騒ぐと本当に食うぞ? なんていったって私は、結姫の凶暴な手下らしいからな』
恐怖で口をパクパクさせるしかない。食べられる、絶対食べられる……!
「ちょっと烏之瑪? そんなに怖がらせないの」
『何を言う、結姫。こやつが勝手に怯えておるだけだぞ? 我は関係ない』
「はいはい。いいから、その付喪神こっちの机に持ってきて……、もとい連れてきて」
カラスは頷く代わりに私を咥えたままひょこひょこ歩いて机に飛び乗って、私を解放した。
し、死ぬところだった……!
「それにしても、この日記も有名になったものね」
日記を持ったまま表紙を眺める結姫は、なにやら感慨深そうだ。
私は堂々と言ってやる。
「そりゃそうよ。あなた、色々な所で妖に日記をかいてもらってるでしょ? 近所の妖が騒いでたわよ。こんな面白そうなこと、噂にならないはずないわ」
カラスの目線が怖くてフルフルと声と身体が震えてるし。あわわ、お願いだからこっち見ないでえ~。
私は必死に視線を逸らした。




