薬箱の奇跡 10
五分後。ぱんっと手を叩く音が、光の部屋から聞こえた。結姫が拍手を打ったのかな? そのすぐ後に襖が開いて結姫が出てきた。
「終わったわよ」
ひらひらと真っ黒になった御札を振った結姫は、私の目線に合わせるようにしゃがんで笑った。
庭の甲冑の撤去作業と穴を埋める作業は、ぱぱっ、と済んでいる。式紙の力でとりあえず、穴にはちょうど良い大きさの石を上に置いて塞いでおいた。便利だね、式紙。
「根本的な原因のあの妖怪を退治できたら良かったんだけどねぇ。一応、部屋に漂ってた妖気はお札で吸収したわ。しばらく安静にしていれば、体力もすぐにもどると思うから」
「ありがとう、結姫!」
私はぴょこんと飛び跳ねて結姫の肩に何とか登る。そして、そっと結姫の頬を撫で撫でしてあげた。
「くすぐったいわ、ヤクバコ。……本当は追っ払うだけじゃなくて、封印できたら良かったんだけれど」
「ううん、十分だよ!」
「ごめんなさいね。でも、もうここには寄ってこないはずよ。私と接触したから、私本人との対峙を臨んでくるだろうし」
「なんか、結姫の方が大変じゃない?」
「そうねぇ」
苦笑する結姫。なんで日記は狙われるんだろう? なんで結姫は日記を妖の中で回しているのだろう? わざわざ危険な目に遭ってまで。
色々聞きたいけど、やめておいた。うっかり重要な事を聞いて、ああいう妖怪にだけは狙われる事は避けたい。
冷たいけれど、それは弱い自分の身を守るためだから。仕方ないのだ。
「とりあえず私たちは帰るから、蛍野くんの看病をよろしくね」
「え?」
なんですと? 看病ですと?
「え、じゃない。視えないからって遠慮することはないわ。貴女、薬箱の付喪神なんだから、薬に詳しいんでしょ? こっそり、水とかに体力がもどるような薬を盛りなさい」
打って変わって鮮やかに笑う結姫。いや、さすがにだめだろう。
『結姫、それはだめだろう』
おお、烏之瑪と初めて意見があった。
「あら、そう?」
「そうだよ。それに、私が光に近づいたら私の妖気で」
「それは問題ないわ。貴女は仮にも付喪神なんだから。人の想いの結晶が人に悪影響及ぼすはずがないわ。貴女に悪意がない限り、きっと大丈夫」
そうなのかなぁ?
私は言われてもまだ不安だった。でも結姫がふふふ、と笑いながら私を下に降ろす。
「日記、まだ書いてないでしょう? 何なら、この看病のことを書きなさいな」
「え?」
「他の妖じゃそうそう出来ない事よ? ───楽しみにしてるわ」
結姫が立ち上がった。
私は首を傾げた。私しか出来ないこと? 人の子の看病が?
確かに他の妖は私みたいに、積極的に人と関わろうとはしない。日記にだってそんなこと書かれてなかった。そっかあ。
……決まった。私が日記に書くこと。
結姫の言うとおり、光の看病について書こう。毎日、ちょっとずつ回復していく光について書こう。
私を降ろした結姫は玄関に向かって行った。烏之瑪は庭先から飛び立つ。
私は日記の元へ歩きながら、眼を輝かせる。
さあ、今日からしばらく徹夜で人の子の看病だ!




