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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第五章 駆ける者達
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第四十一話 閉ざされた街道

注意)残酷な描写が強いです。嫌な方はUターンお願いします。

 夜の闇が濃くなる。

 いつの間にか周囲は崖際の道から、月の光も遮る暗い森の中へと変わっていた。

 けれど、夜目が鍛えられた影達にとってはたいした困難さはない。

 馬達も主達の意を受けたように、果敢に森の中を駆けていく。


 そんな中、突如響く馬の嘶き。


「っ――」


 微かに眉を顰めたが、玲珠は冷静さを失う事なく前足を高くあげた馬を落ち着かせていく。


「玲珠」

「大丈夫です、柳様」


 淡々と答え、玲珠は懐から取り出した針を周囲に放った。

 何かが肉を突き破る音が聞こえ、同時に悲鳴が響き渡った。


「あ~らら、醜い叫び声ねぇ」

「このような場所を隠れ家にするとは、中々に剛胆な者達ですが」


 長の言葉に、側近である男がその背後を守るように馬を操る。

 背中合わせになりながら、側近である男が視線を周囲に巡らせた。


「仲間を傷つけられてもまだ喪失しないとは、どれだけ欲深な者達やら」

「仕方ないわよ。こ~んなに沢山の上物が自分達の縄張りに入って来たんですものねぇ?」


 木々の合間にギラギラとした幾つもの光が見える。

 暗く淀んだ欲望の光は、茨戯達を獲物として見ている証。

 いや、ただの獲物ではなく、その美貌と色香に酔いしれ集まってきた害虫達に数神が眉を顰めた。


 自分達が男である事に気づいてるのかは分からないが、少なくとも性別など奴らには関係ないだろう。

 獲物が飛び込んできた。

 それが極上の部類の者達というだけで、奴らの心は決まった筈だ。


「有無を言わさず慰み者ですか」

「それも一生飼い殺しにされるパターンね」


 柳が暗く笑えば、茨戯がケラケラと笑う。


 この美貌で生きてきたのだ。

 余りにも穢れた視線を向け続けられてきた彼らにとって、こんな事はいつもの事として、茨戯達は殆ど気にせず現状を冷静に見極めた。


 ゆらゆらと揺れる幾つもの瞳が、更に欲の色を増す。


「どうやら来るみたいね」


 その言葉に、ざわりと周囲の気配が動く。


「さあ、今回は誰が舞うのかしら?」


 その言葉と共に、木々の合間の揺らめきが茨戯達を追い詰めるように距離を縮めた。


「俺が――」


 すっと茨戯の前に出たのは、氷貴神と名高い男が一神。

 彼はトンッと馬の背を蹴り、その腕に填めた金の輪っかと共に闇へと身を躍らせた――。


「だいたい十分程度というところかしら。丁度良いから、仮眠をとりなさない」


 茨戯は場にそぐわないのんびりとした口調で部下達に告げた。


「柳、アンタも寝なさいな。殆ど寝ていないんでしょう? 途中で馬から落ちたら笑うわよ?」

「落ちませんから」

「あら? このアタシに口答え? 生意気ね~」


 隣では、血の祭典。

 茨戯達の周りだけが、のんびりと時が過ぎていく。


「ふふ、アンタもかなりの剛胆になったわよねぇ」

「元々俺は将軍職でしたから、そこまで変わってはいませんが」

「ああ、それもそうね。というと、玲珠かしら? 一番変わったのは」


 そう言うと、茨戯は闇夜に紅い花を幾つも咲かせる絶世の華へと視線を向けた。


 驚愕。

 恐怖。

 絶望。

 焦燥。


 あちこちで聞こえる肉を切り裂く音と、仲間達の断末魔に悪鬼達は焦っていた。

 いつもと同じ筈だったのに。

 いつもと変わらない筈だったのに。


 哀れな獲物達。

 狩りに出かけるでもなく、わざわざ無防備にも自分達の縄張りに飛び込んできた獲物は極上の部類に入る者達だった。


 女。

 それも、絶世の美姫と言っても過言ではない者達が自らこの檻の中に入ってきた時からずっと目を付けていた。

 そしてとうとうこの場所で取り囲んだ。


 どう料理してやろうか――ただそれだけをずっと考えていた。

 今までの獲物達のように売り飛ばす事は考えなかった。

 その美貌を初めて目にした瞬間から、ずっとここで飼い殺しにしてやろうと思った。

 自分達の子供を産ませ、死ぬまで可愛がってやろうと。


 けれど、実際にはどうだ――。


 また一神、仲間が断末魔をあげる。

 その隣では、断末魔さえあげる暇なく首が飛んだ。


 闇を飛び交う二つの輪。

 あれは、なんだ。


 二つの輪を自在に操りながら、冷たく妖艶な美貌の美姫が仲間達を切り刻んでいく。


「この程度か」


 トンッと、地面に降り立った美姫が無表情で自分を見つめた。


「ほら、もっと頑張らないと全滅するぞ」

「っ――」


 美姫の顔に突如浮かんだのは、壮絶たる笑み。

 滴り落ちる色香も、自分達を死へと誘う拘束具でしかない。


 ああ、なぜ自分達は思ってしまったのだろう。


 簡単だと。

 いつものように、楽しめるのだと。

 いや、今までの中で一番の棚ぼただと。


 そんな事はない。

 そんな筈はない。


 手を出してはいけない禁忌に触れてしまった者のように、怯え、逃げ惑う。

 けれど、それすらももう遅い。


「逃げないのか?」


 そう言いながら、逃がす気など毛頭ない美姫がすっ――と腕を振る。

 視界が、大きくずれる。


「根性なし」


 その一言と共に、美姫の視線が逸れた。

 その事実にようやくほぅっと息を吐いた途端、視界が暗闇に包まれた。

 そうして、二度とその生首の眼瞼が開くことはなかった。


 自分達の頭領の無残な姿に、残った男達が悲鳴をあげる。

 残りはもう数十まで落ちていた。


「さあ、次に踊るのは誰だ?」


 玲珠は淡々と誰何する。


「ないなら、こちらから指名するが」


 死神の死刑宣告すらも凌駕する恐怖に、男達が逃げ出す。

 しかし、逃がすつもりなど玲珠には最初からない。


「ゴミ掃除はきちんとしないと、怒られる」


 玲珠は愛する妻を思い出し、そこで初めて苦笑した。

 玲珠が愛する心優しい妻の身を案じ、家では家事を手伝うことはいつもの事だった。

 自分の仕事だからと拒む妻を説き伏せ、ただ妻の負担を軽くする事だけを願って動く。

 妻が幸せなら、玲珠も幸せだった。

 妻が笑ってくれるなら、玲珠だって笑える。


 妻を女性として愛せない分、玲珠はそれ以外の事で妻に尽くしてきた。

 沢山のものを捧げてきた。


 玲珠はトンッと、最後の男の前に降り立つ。


「ひ、ひぃぃぃっ!」

「存外聞き心地の悪い声だな」


 パンっと、輪が男の首を飛ばす。

 その最後の首が地に落ちるのと同時に、戻ってきた輪を玲珠はいとも簡単に掴む。


 ――乾坤圏。

 円環状の投擲武器を自在に操る舞姫の舞はようやく終わりを告げた。


「ふふ、見事な舞だったわ」


 血を一滴も浴びることなく舞い終えた絶世の舞姫に、茨戯は賛辞の拍手を送る。

 その周囲には、幾つもの死体が散らばっていたが、誰もそれを気に留める者は居なかった。

 暗黒大戦時代では珍しくない光景だった。

 いや、もっと悲惨な状態だった。

 まだ原型を留めているだけ、幸せである。


「これで、この【閉ざされた街道の山賊】達は壊滅したわねぇ」

「そうですね」


 主の背後を守っていた側近の男がスッと懐から紙の束を取り出す。

 そこにはずらりと名前が羅列され、その一つを墨で消した。

 それは、『海影』が消すべき者達の名前が書き記されている。


 盗賊、山賊、海賊、国賊、そして数多の犯罪者。

 通常で捕縛出来ない者達や、その包囲網をくぐり抜けもはや死罪すら甘いと言う者達が記された紙の束を側近の男はパラパラとめくる。


「これで五件目ですね」

「そうねぇ。ふふ、別の任務を受けながら他の仕事もする。アタシ達ってなんて有能なのかしら」


 どうせ鶯州に向かうなら、そこで跋扈するゴミの掃除をしろと命じられ、そのようにしてきた。

 そう――この閉ざされた街道で山賊達に出会ったのは不幸な偶然ではない。

 出会うように、わざとこの道を通ったのだ。


 もちろん、一刻も早く鶯州に辿り着くにはこの道が一番近かったというのもあるが。


 しかし、山賊達と交戦すればそれだけ時間がかかるものであり、それを考えれば速いけれどより安全な道を選ぶのが普通である。

 それをしなかったのは、山賊達と交戦したところでたいして時間がかからないと踏んだから。


 実際、十分かからずに終わった。


「後始末はどうしますか?」

「このままで良いわよ。この付近には色々と肉食獣がいるし。美味しく食べてくれるでしょう」


 そう言うと、茨戯は馬首を進む方へと向けてその腹を蹴った。

 そうして茨戯達が去った後には、馬でむごたらしく踏み散らされた肉の残骸だけが残ったのだった。

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