第三十九話 大根の永久的防腐処理
「それで、いつ大根の永久的防腐処理が完成したですか」
「いや、問題はそこではないでしょう」
素早く突っ込むのは、碧易。
王宮から果竪達を迎えに来た使者団の長であり、猛烈な襲撃にも怯まず、この隠れ里まで強引に食らいついてきた猛者。
そんな彼は、まだ手足と腹部に包帯を巻いていた。
といっても、女王様オーラ全開の明燐に「口答えなど赦しませんわよっ」と鞭打たれたからではない。
蓮璋達が王妃を拉致する際に襲いかかってきた事、そしてその際に乱入してきた新たな正体不明の襲撃者からの攻撃で負った傷だ。
それでもだいぶ良くなってはきている。
そんな、本来なら療養の為に与えられたこの部屋で一神静かに休んでいる筈の碧易だったが、それも明燐の来訪で終わりを告げた。
そして――先程の碧易の渾身のツッコミも、明燐によってスルーされた。
そして、明燐の足下で正座させられている果竪にも。
「蓮璋から淳飛さんの妹さんのお話を聞いた時に閃いたの。これって、きっと運命よね!」
誰と誰の。
あれか?淳飛の妹と大根とのか?
まだ一度も見た事がない淳飛とやらが、無言で刀を持って追い掛けてくる姿が容易に碧易には想像出来た。
「全く。私に内緒で勝手に淳飛という者の所に行ったかと思えば、相手様にご迷惑をおかけするなんて困ったものですわ」
「何を言うの明燐! 閃きから徹夜で施した防腐処理はまさに大根への愛の証! それを否定するなんて酷すぎるわっ」
「詳しくは何をどうしたんですか」
「大根に私の愛を注いだの」
「現実を直視しない馬鹿みたいな発言はどうでも良いですわ」
碧易は思った。
本当に、ほんと~~に王妃はこの果竪という少女の方かと。
確かに大戦時代からの仲とはいえ、あまりにも侍女長の王妃に対する仕打ちは酷かった。
普通なら不敬罪で打ち首ものである。
「明燐、大根への愛は全てを可能にするのよ」
「碧易、怪我の具合はもう大丈夫ですの?」
「ふっ! 明燐、いくら私の方が大根に対する愛のコミュニケーション能力が高いからって――きゃあぁぁぁ! 私の大根人形がぁぁっ」
果竪の大切にしている大根人形。
それをどこからともなく取り出した明燐は、真ん中からぶちぎった。
容赦?何それ美味しいの?
そんなレベルの無慈悲すぎる行動だった。
そんな明燐は、以前にも果竪が大切にしていたぬいぐるみのクビを引っこ抜いた事がある。
理由は、果竪があまりにもぬいぐるみばかり大事にしている――という嫉妬。
しかしそれを全てを喪った、当時十二歳児に感づけという方が鬼である。
「め、明燐様」
「気にしなくていいですわ」
ぶちぎられたぬいぐるみを踏みつける明燐の姿と、床でオイオイと泣き崩れる果竪の姿を交互に見ながら碧易はオロオロする。
ってか、どうしてこうなった?
碧易はとりあえず今までの経緯を思い出した。
え~、自分は宰相閣下の部下で、先の瑠夏州での農作物盗難事件では王妃の迎えとしてきた使者団の長。
そして、今回の王宮帰還の警備上の責任者だったのだが、途中で不届き者達に襲われ拉致された王妃と侍女長の身の安全を少しでも図るべく、強引に同行してこの隠れ里に来た。
けれど、怪我が酷くてつい先日まで殆ど寝台上で過ごしていた、うん。
って、戻りすぎだ。
そう、それで数時間前まで寝ていた自分のもとに侍女長である明燐がやってきて、この隠れ里が出来た経緯と、蓮璋達の過去を教えられた。
で、そこに王妃が蓮璋という王妃を拉致した首謀者を抱えてやってきて。
そこで明燐に内緒で淳飛とやらの家に勝手に行った事がばれて怒られたと。
うん、そうだ。
そして、最初の「大根の防腐処理発言」に戻るのだ。
因みに蓮璋は、先程まで自分が寝ていた寝台に寝かされている。
よって、碧易はまだ傷が完全に癒えていないにもかかわらず、椅子に座る羽目となっていた――まあ、いいけど。
柔らかい椅子にしか座れません――なんていう柔な育ち方などしてないし、むしろ昔はよく石でゴロゴロとした床で寝ていた。
それに比べれば今など断然マシである。
というか、今大事なのはそんな事ではない筈だ。
「それで、淳飛という方には後でお詫び状を送るとして」
「頑張ったのに。もの凄く頑張ったのに」
「頑張っても相手にはいらぬ世話というものがあるのです」
やっている事は鬼畜だが、言ってる内容は筋が通っている。
これが「理不尽が具現化した存在」と影で囁かれる侍女長の真の実力。
「なら、明燐だったらお詫びとしてなら何をあげるの?」
「そうですわね~、もちろん相手の喜ぶものをリサーチしますわね」
それは基本中の基本だろう。
「その相手が苛められる事が好きな相手ならば、その恋神を徹底的なSに仕立て上げますし、いなければまあヒールで踏みつけて差し上げてもよくってよ」
「いやいやいや」
なんかおかしい事を言い出したぞ、この神。
ってか無理です、私には止められません宰相!!
碧易は心の中で自分の主に助けを求めた。
しかしその主が実は結構役に立たない事を碧易は認めない。
むしろ妹を傷つけるぐらいなら自ら鞭で殴られるぐらいするなんて、絶対に認めない。
「じゃあ大根に鞭を持たせたらいいの?」
「何を言うのです! 鞭を操るには毎日の練習にかけて、その神業を極める為には沢山の奴隷達をシバキ倒していかなければならないというのに! たかが半年もたたずに成熟する未熟ものに神聖なる鞭を使いこなせる筈がなくてよっ」
「……」
あれ?燃えてる?
ってか、めっちゃ対抗心燃やしてる?
碧易は王妃の背中に燃えさかる炎を見た。
ってか、水の国の王妃だろ。
凪と時化を司る凪国の王妃が炎って何だよ。
「い、今に見てればいいよっ! きっと大根の鞭乱舞に吠え面かくんだからっ」
「おほほほほ! たとえ相手が誰であろうと、この私の鞭裁きに敵う相手など居なくってよ!」
いや、それはそれで問題だろう。
というか、実は「誰が相手」の中に「大根」を入れている時点で大問題だ。
しかし今の明燐には何を言っても無駄である。
いや、そもそもこれが自国の王妃と侍女長の会話……と、思い返してみた途端に涙が溢れるのはどうしてだろう。
出来るならばこの悲しみを誰かと分かち合いたい。
だが、唯一分かち合えるだろう相手――蓮璋はいまだに寝台の上で気を失ったままだった。
淳飛の家の前で気を失い王妃に抱きかかえられて連れて来られた蓮璋に軟弱だと嘲笑った碧易。
しかし、同時にその光景に――。
(いや、あれは私の幻覚だ!)
碧易は続けざまに蘇りかけた記憶を激しく否定する。
王妃が勇者っぽかったなんて、抱えられた蓮璋が魔王から救出された囚われのお姫さまっぽく見えたなんて、認めない。
というか、どこまでヒーロー度上げるんですか王妃。
あの農作物盗難事件とそれに連なる大事件での王妃の立ち回りを間近で見ていた碧易だからこそ突っ込む。
あの事件での王妃はまさしく『ヒーロー』そのものだった。
碧易も実は影ながらキュンとしてしまったほどだし――。
(いやいや、待て私)
してどうする、キュンとしたら駄目だろう。
むしろ王妃こそ囚われのヒロインでなくては。
けれど、目の前でギャアギャアと大根について熱く語る王妃を見ていると『ヒロイン』の『ヒ』の字もなければ、『かよわい』、『お姫さま』、『囚われの』とか、およそ女性に使う形容詞とか名詞が全て似合わなさすぎた。
どうする、私。
どうしたら良いんですか宰相閣下。
今まで生きてきた神生の中でも、この悩みは碧易の中で五指に入るほどの重大なものだと再認識する。
しかし、その悩みの解決を手助けしてくれるだろう相手は此処にはいない。
更に悩みを深くしてくれる相手なら沢山居るが。
だが、そこに一つの奇跡が起きる。
「……ここ、は」
長い睫が揺れ、ゆっくりと開いていく眼瞼。
蒼白な顔はそのままだが、時間をかけて体を起こし始めた蓮璋に碧易はハッと我に返った。
「じ、侍女長! それに王妃様っ! 蓮璋が目を覚ましましたっ! もう喧嘩は」
「もう少し寝てらっしゃいませ!」
蓮璋の顔面に叩き付けられたのは、大根人形のなれの果て。
それを顔面に受け、再び昏倒した蓮璋に碧易はうわぁぁぁと絶叫した。
何もしてないのに、この酷すぎる仕打ちの犠牲者がせめてこの事を覚えていない事だけを必死に願う。
「明燐酷い! 私の愛する艶めかしい大根になんて事を!」
「ちょっ! 王妃様、心配する相手がちが」
「だって蓮璋は寝台が受け止めてくれたけど、私の愛する大根を受け止めたのは固い床よ! 酷すぎる! 差別だぁぁあっ」
だから、問題はそこではない。
しかしそんな碧易の叫びも侍女長と王妃には届かなかった。




