第二十五話 二十数年前
蓮璋は滑らかな声で話し出した。
「今から二十数年前に見付かったその鉱石は、光の加減で虹色の輝きを放つ、見た目は水晶によく似ているものでした。だから最初は水晶だと思われたのです。しかし、たまたま領主館に居た採掘師の一人が、その鉱石を調査した事により、それは水晶でもなければ、今までこの国で発見された鉱石のどれとも違うものだと判明したのです――詳しい事は、分かりませんかが」
「詳しい事が分からない?」
明燐の指摘に蓮璋は頷いた。
「はい。全て、あいつが――いえ、領主が隠してしまいましたから」
「鶯州領主ですわね」
「確か――二十年以上前に代替わりしたって聞いたけど」
因みに、二十年前に果竪が追放された時も鶯州を通ったのだが、その時にはどこの州に追放されたか知られると追ってをかけられる恐れがあった為、通った州の領主に許可を取るどころか居所も隠したまま通り抜けた。
その為、他の州同様に鶯州の領主とも直接会う機会はなかった。
果竪の指摘に、蓮璋は哀しげな笑みを浮かべながら頷いた。
「はい、その通りです。鉱石発見の半年前に亡くなられてしまい……もし名君と名高い前領主様が生きておられたら、こんな事にはならなかった筈です」
悲痛に満ちた声を聞きながら、果竪は鶯州の前領主を思い出す。
まだ王宮に居た時に、果竪は見たことがあった。
夫への謁見だかで、訪れた鶯州領主。
優しく穏やかな雰囲気を纏い、とても礼儀正しい方だった。
そういえば、その時息子を伴っていたのを覚えている。
確か一人息子だと言っていたから、きっと新しい領主はその息子だろう。
だが父とは違う俗物だと上層部は吐き捨てていた。
確かに見た目は紳士的だが、慇懃無礼である事は果竪の目にも明らかで、たまたま王の側に王妃として立っていた自分に対して、その息子は恐ろしい台詞を吐き捨てたのだ。
『これからますます繁栄する現王の御代。その権勢は更に増すでしょう。ですがお体の弱い王妃様のご負担を考えればそれもどうかと臣下の一人として心配しております。常々言われますが、豪邸を支えるにはそれなりに沢山の柱が存在します。強大なものとなれば、やはりそれに見合っただけの支える存在が必要という事でしょうね』
つまり言い換えれば
『王を支えるにはお前一人なんて役不足なんだよ。公式の場にも満足に顔を見せず、后の最大の義務である子供を産む事さえ出来ない石女のくせしてデカイ面するな。それよりもっと沢山の女達を後宮入りさせるように進言しやがれ』
と言っているようなものだった。
まあ全て本当の事だから、果竪は黙っていた。
そこで動揺すれば余計に付け上がらせるし、基本はにっこり笑って無視である。
それに向こうの言い分の方が断然正しいのも事実だった。
王の世継ぎというのは、絶対に必要だ。
確かに大戦以前と違い、王の存在意義の大部分は、国の為政者よりも国の領地の空間を安定させる為とされている。
その強い力は国の空間を支える為にも今後も必要であり、その力の後継者たる王の血を引く子供は何としても必要とされていた。
それこそ、多ければ多いほどいい。
特に神々には子供は産まれにくい事も考慮すれば、一夫多妻制は理想的だし、妻が一人では一人産んでも次を産むまでに時間がかかるだろう。
もちろん、必ずしも力の強い子供が産まれるわけではないが、数打ちゃそれだけ確率は高くなる。
その点からしても、一人の妃では負担が大きいというのは誰にだって分かる事実だ。
しかも凪国の王は、炎水界はおろか天界十三世界においても希に見る強大な力の持ち主である。
その実力は、天帝達上層部を除けば、上から数えても百位には余裕で入るだろうし、五十位以内にもひっかかる筈だ。
よって跡継を切望する声は大きく、その点では子無しの果竪は、周囲の言うように役立たずと見なされても当然だった。
それだけではない。
公式の場に殆ど姿を見せないのは、王妃としていかなるものか。
だが、王や上層部は果竪を公式の場に殆ど出さず、後宮に押し込める日々。
その事で何度かやり合う事もあったが、結局は聞き届けては貰えなかった。
といっても最初からではない。
建国して間もない頃はまだマシだった。
思えば、あの日から徐々に酷くなった気がする。
朱詩の想い人を殺し、朱詩を拉致したあの国の事件。
そこでの騒動が終わって暫く経った頃から、少しずつおかしくなっていった。
「王妃様、どうかしましたか?」
「え?」
蓮璋が心配そうに見ている。
「あ、ごめんなさい。あの――ごめん、その、考え事してて聞いてませんでした」
「果竪……」
明燐の呆れた顔に果竪は素直に頭を下げた。
「いや、その、鶯州の前領主様を思い出してて」
「前領主様をですか?」
驚いた声を上げる蓮璋に果竪は頷いた。
「うん。以前に一度だけお会いした事があるの」
その前領主は息子の暴言にいち早く気づき、その場で息子を叱責した。
激しく、厳しく怒る事で自分の怒りを表わした後に、王である果竪の夫に謝罪した。
貴族が公衆の面前で、しかも王やその側近達の前で叱られるなんて事は激しく屈辱的な事である。
つまりその屈辱を味わせたので、これで許して欲しいというパフォーマンスでもあっただろう。
しかし、その怒りが真実である事は誰が見ても一目瞭然であり、前領主に免じて王宮側はその場では溜飲を下げるしかなかった。
王の御前を辞した後、前領主は更に息子に激怒し反省を促すと共に、後日改めて王妃に謝罪を申し出てきた。
だがそこで再び息子の暴言。
二度目はないとして、明燐や宰相、他の側近達は怒り心頭で突っぱねるように言ったが、果竪としてはここで広い器を見せる事は今後とも鶯州と上手くやっていく為にも必要であり、これは一つの恩として売れると周囲を説得した。
まあ――といっても、それは全て建前で、優しい瞳をした前領主の必死の謝罪を突っぱねる事が出来なかったのと、確かにその様に言われる事をしているのは自分だという負い目があったからだ。
もともと、果竪はそこそこの大根農家に嫁ぎ、大好きな大根に囲まれて暮すのが夢だった。
間違っても王妃になどなる気はなかった。
そんな思いが何処かにあったのかもしれない。
王妃は他人の税金で生かして貰っている存在であり、時には自分の心を曲げてでも国と民の為に生きなければならない。
その覚悟がないから、そう言われたのだ。
だから果竪は怒らない。
自分の不甲斐なさを反省しても、怒ったりする権利はないのだから。
「良い方だったのに、残念です」
「王妃様……」
蓮璋は感極まった様に声を震わした。
今は亡き前領主は、今も蓮璋にとって尊敬する存在である。
それを残念と惜しまれて喜ばないはずが無い。
「それで、その石が今までと違うものだと気づいた後はどうしたんですか?」
「領主はその石が貴重なものと分かると、軍を派遣して民達に石を掘り出させたのです」
領主は州軍という軍を持つ。
主に、領内の警備、国境の警備の任に当たり、数は多くて二万、少なくて千から二千。
州の広さや州力によって差があり、当然ながら統帥権は領主にある。
だが、普通に考えれば、たかが鉱石掘りに軍は投入しない。
「つまり、鉱石掘りの為の神員集めですか?」
果竪の問いかけに蓮璋は頷く。
「その通りです。領主は国に新たな鉱石の発見を告げずに隠し、全てを自分のものにしようとした。しかし、それには短時間で事を済ませなければなりません。バレる恐れが出ますからね」
「うんうん」
「また、全ての手をそこに投入すれば、今度は他の鉱山が一気に回らなくなる。そうすれば供給率も一気に下がり、どちらにしろ遅かれ早かれ事は露見する。だから、他の鉱山の人手はそのままにし、その鉱石の発見された場所付近に住む村人、街の者達が強引に働かされました――女も子供も」
「で、でもそれだとバレませんか? だってそこに新たな鉱山があると分かれば、全体的な供給率は必ず上がる筈ですし」
果竪の疑問に蓮璋は同意した。
「確かにその通りです。ですから、他の鉱石の産出量を減らし、その鉱山で掘られたように見せて数を調整しました」
「鉱石に限らず資源は有限。ずっと同じ供給量が続くわけではありませんからね。少しずつ操作して、その供給量を減らせば出来なくもありませんわね」
「ええ。その為にも、他の鉱山から労働者を奪うわけにはいきませんでした」
「って事は、詐欺罪も追加か。一種の帳簿操作ね」
果竪の淡々とした罪状把握に蓮璋は溜息をついて頷いた。
「労働力は限られた分しかない。だから、よりいっそう休む暇も寝る暇も与えず、まるで奴隷の様な仕打ちでしたよ、本当に。逆らえば殺される。厳しい監視の下、恐怖に支配されながら彼らはひたすら石を掘り続けました」
「反対する者は居なかったのですか?」
明燐から発せられた当然の言葉に、蓮璋は押し黙る。
「領主が暴走したとはいえ、州官達が止めれば何とかなったのではありません事?」
「……確かに、その通りです」
「明燐殿、蓮璋は」
「老師、オレから話します。ええ、止めました。でも――領主はその制止すら振り切った」
蓮璋は目を閉じた。
「オレの父を含めた前領主の側近達は、全て領主に殺されました」
明燐が驚愕に目を見開き、果竪は言葉を失った。
「殺された?」
「ええ。反逆者として――見せしめですね、一種の。そうして、残った者達は全て領主に組みする者達だけになった」
「だが、あの領主はそれだけでは止まらなかったのじゃ! あの男が手にかけたのは、蓮璋の父達だけではない! 蓮璋は他の家族も皆殺しにされたのじゃっ」
老師の叫ぶ様な言葉に、果竪が蓮璋を見つめた。
「……本当、なの?」
「……はい」
蓮璋は果竪と明燐を交互に見ると、ゆっくりと口を開いた。
「あの日、幾ら待っても帰ってこなかった父をオレと家族は待っていました。志を同じくする者達……領主の横暴を止めようとする者達と領主館に行って……本当はオレも行く筈でしたが……父はもしもの時の事を考えていたのかもしれません」
果竪は何も言わなかった。
何となく、分かったからだ。
「自分に何かあったら家族を頼むと言われました。でも、オレはそんな父の言いつけを破り、帰らない父を追い掛けて領主館に向かい……そこで、父達の遺体を見つけました」
バラバラに切り刻まれた父達の遺体と、そこに凶器を持って立つ領主の姿。
「茫然とするオレはすぐに捕らえられ、そのまま……幽閉されました」
正直なところ、幽閉――なんて話ですむものではなかった。
確かに領主館に囚われたが、その後に受けた肉欲の拷問の数々は完全なる凌辱。
散々辱められ、太股に押し付けられた焼印は、奴隷の中でも性奴隷と言われるものだった。
「……幽閉されて三日目です、残りの家族が殺された事を知ったのは」
「……」
「母と妹弟達の首を……目の前に転がされました」
その直後から暫く記憶がなかったが、ようやくそれが母達だと認めた時には、既に半分ほど腐敗した状態だった。
「母と妹弟達は、父と一緒に殺された州官達の家族達と共に……一箇所に集められた先で自害したそうです……」
それでも幸いだったのは、辱められる前に命を絶てた事だ。
女や子供、特に美しければ楽に死ねず殺す前に散々慰み者にされる場合がある。
「領主は悔しがっていましたよ。殺す事も出来ず、兵士達の慰みものとしても利用出来なかった事に。他の方達も同様に自害されたそうですから……だから、嫌がらせで首を切り落としたそうです。まあ――オレの家族の場合は見せる為にの部分が大きいでしょうが」
「酷い……」
無意識に呟いた明燐は愕然とした。
大戦中などそんな事はいくらでもあった。
惨殺される事も、慰みものになる事も、闇オークションで売られたり、奴隷売買もそれ以上の酷い事も沢山あった。
珍しい事ではない。
なのに、この震えるような怒りは一体何なのか。
「蓮璋は……ずっと幽閉されていたの?」
王妃の質問に蓮璋は頷いた。
「ええ。資源が枯渇するまで、逃げられないように閉じ込められてました」
資源が枯渇するまで、ひたすら凌辱され弄ばれていた――とは、言わずに蓮璋は微笑んだ。
「情けないですね」
ポロリと零れた言葉は心からのもの。
しかし、王妃は激しく首を横に振る。
「そんな事ないよ。蓮璋だけでも生きていてくれて良かったよ」
「王妃様」
「それに今ここにいるって事は、最終的には何とか抜け出したんでしょう?」
「……どうして、そう思うんですか?」
蓮璋はさらりと言い切った王妃に問いかける。
「だって、蓮璋ぐらいの行動力があるなら、絶対に黙ったまま囚われているよりも知恵と力を振り絞って逃げ出す可能性が高いし」
「……そう、ですか」
「それに、一度はお父さんと一緒に領主の元に行こうとした。それだけ民達の事を考えて居るんだから、苦しめられている民達を見捨てたりはしないもの」
「王妃様……」
「今だってそう。家族を殺されて、沢山酷い目に遭わされても……それとなく、仲間の事を気遣ってる。料理長の事だってそう。料理長は悪くないって言ったよね? 全て自分の責任だって。だから、私は蓮璋が諦めずに抜け出したって思うの」
「――ありがとうございます」
流れそうになる涙を必死に堪え、蓮璋は頭を下げた。
「けど、蓮璋のお父さんは州官だったんだね――って事は、結構偉い家」
「まあ、一応そうですね。貴族の爵位を持っていますが」
「では、場合によっては、その領主の代わりも務められますわね」
「へ?」
明燐の言葉に蓮璋は瞬きする。
「へ? じゃありません。そんな横暴を行う領主をこのままにしてはおけません。地位の返上及び王都での正式な裁きのもと、厳重なる罰を下さなければなりません」
「明燐の言うとおりよ。領主だからって、民達に何をしても良いなんて事はない。民は領主の玩具じゃないのよ」
「明燐……王妃様」
茫然とする蓮璋に果竪は続けた。
「そもそも領主は民達を守る為に存在する。何かあった時には、王と戦ってでも民達の命を守り抜く、領地の最後の砦。それが率先して民を虐げ、殺す。そんな事が許されるわけないじゃない」
激しく、きつい王妃の言葉が蓮璋の心を揺さぶる。
ああ、この方は、本当の意味での為政者だ。
もちろん口だけの者達も居るが、実際に王妃を目にしている蓮璋には全てが真実だと感じられる。
その言葉の一つ一つは、全て王妃の真実から出た言葉。
「果竪、少々熱くなりすぎですわよ」
「あ、ごめん――その、蓮璋、先を続けて」
「はい。……反対派を全て粛正した領主により、もはや横暴を止める者は誰も居なくなりました。そうして鉱石はどんどん掘られていった……でも、どんな資源だって掘り続ければやがては枯渇する。しかも毎日毎日休みなく掘ったせいで、三年という余りにも短い年月で資源は枯渇しました……そしてそこから更なる地獄が始まったのです」




