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大根と王妃②【改訂版】  作者: 大雪
第三章 隠れ里
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第二十三話 『海耀石』と傷

 『海耀石』はただの宝玉ではない。

 確かに見た目は何処にでもある様な蒼い透明な石だ。

 しかしそこに宿る力は、神力に問わず、強い力を押え付ける恐るべきものだった。

 つまり、神力の制御を可能とする。

 通常であれば神力は神々本人が意識して制御するが、例外として子供や生来強い力を持つ存在、また何かのきっかけに感情を暴走させてしまう事で放出されてしまう事がある。

 これらは本人ですらどうにも出来ない「どうしようもない事」として今までは諦められていた。

 だがそれすらも、この宝玉を身につける事で制御してくれるのだ。

 遙か昔はその地形すら変え、あらゆる天災をも制御し世界を支えた神々の偉大なる力は、今の不安定な天界十三世界では、滅びと消滅を誘発するものでしかない。

 その為、本人では漏れる力をどうにも出来なかった神々を始め、少しでも世界を支える者達の負担を減らす道具として、世界各地で『海耀石』が求められたのは当然の流れだった。

 しかもこの宝玉は、【乗り物】や【電化製品】の広い普及にも大いに貢献した。

 というのも、天帝や十二王家の技術と共にこの宝玉の力によって、【乗り物】や【電化製品】に使われる宝玉の欠片の力がいっそう安定した事、また緊急時の際に緊急停止する装置として組み込むことで安全性に優れるようになったからである。

 力を押え付ける石――すなわち、規定以上の力が出た時にこの宝玉はその効果を発揮し、暴走する力を押留めてくれるのである。

 だから、『海耀石かいようせき』は『荒れ狂う洋を抑え支える石――支洋石かいようせき』とも呼ばれ、供給量よりも遙かに大量の需要によりその価値は爆発的に値上がりした。

 そして凪国は、炎水界における『海耀石』の約九割を産出する国として、市場の独占および経済の頂点に君臨するようになったのだった。

 だが――凪国が経済の頂点に立てたのは、それだけが理由ではない。

 そもそもこの宝玉は、未加工のままでは効果は半減してしまい、特殊な技術によって加工しなければその奇跡の力を十分には発揮出来ない。

 つまり、宝玉だけでなく、加工技術という二つが必要でありどちらか一方だけではその価値も半分になるのは必死である。

 ゆえに、ただ産出しているだけでは、加工技術を持つ国々によって安く買いたたかれる恐れがある。

 しかし、凪国は違った。

 独自に最も効果的に力を発揮する特殊な加工技術の開発に成功したのである。

 また必要な資金源も確保され、人材もいる。

 そうして凪国は、他国の手を必要としない、原料の生産から製品まで一手に引き受ける巨大な生産工場となった。

 凪国がこの炎水界でも一、二を争う大国で有り得るのは、そうして得た利益を仲介業者にとられる事なく全て自分の懐に収められる為と言ってもいい。

 と同時に、全てを凪国で十分にまかなえる――そう、逆に言えば凪国にそっぽを向かれてしまえば他の国々は非常に困った事態になるのだ。

 因みに他の国々でも加工技術の開発には力は注がれたが、凪国に優るどころか同程度の加工技術の開発にも達することは出来なかった。

 それが、凪国が大国として数多の国々の上に君臨出来た真相の一つであると同時に、食糧自給率が低くても周辺国から食料を輸入を打ち切られず、凪国が破竹の勢いで繁栄と発展し続けてる事が出来るのは、この為と言われている。

 また食料輸入を盾にとればいいのではないかという案も出るかもしれないが、万が一それを行えば、凪国は当然『海耀石』の生産を停止する。

 そしてそれが停止すれば、神々の力を制御する制御装置はおろか、【乗り物】や【電化製品】の製造すら停まってしまう。

 そしてその中には、食料作りに必要な農機具もあれば、魚を捕る為の【船】も存在する。

 だが、それらは『海耀石』によって造られた緊急停止装置が組み込まれているからこそ使用出来るのであって、当然凪国が生産を止めれば緊急停止装置も足りず、結果食料作りも大幅に減少し、自国の分すらまかなえば自滅する。

 つまり、どうあっても凪国に食料輸入し続けなければならないのである。

 とはいえ、全ての国が敵に回ったり、長期的に食料輸入が停まれば凪国側も受ける被害は大きいだろうが、そこは王と上層部の手腕。

 そんな事が起きないように外交を進め、それこそ自分達の思い通りに事が進むように会議を操る。

 そうして他国の外交官達は誘導された事すら気づかずに、凪国の思惑に嵌まるのである。

 ただそれを除いても、各国からすれば凪国は無茶な注文は付けないし、その事を盾にとって何かする事もない。

 また緊急事態の時にはさりげなく便宜を図ってくれるし、協力もしてくれる。

 牙を剥いて楯突いたり、自分達から無茶な注文さえしなければ、これほど頼りになる国はないという認識が強く、多くの国々は凪国対して非常に友好的である。

 ただ、それでも凪国に刃向かおうとする国々は幾つかあるが。

 だが果竪からすればそれが当然なのだ。

 むしろ全ての国が何の疑問も思わず凪国に依存したらどうなるか。

 既に凪国への依存は強く、凪国と同盟を組む大国――津国ですらその傾向を見せている。

 しかしもし凪国が倒れた場合はどうなるだろうか。

 一緒に共倒れである。

 そればかりか、もし凪国がおかしな要求を突きつけ始めたら?

 永遠に変わらぬものなどない。

 永遠に、良いままであるものなどない。

 決して滅びないとされた、永遠のまほろばたる『天界』さえ滅びかけたのだ。

 だから一つの国が資源の独占をする事の危険性に果竪は危機感を抱いているが、それには新しい『海耀石』の代わりになるものが必要である。

 近年になってようやく『海耀石』の代わりになるものの新しい鉱石探しに周辺国は力を入れ始めてはいるが、それには長い時間がかかるだろう。

 また代わりが見付かったとしても、凪国も馬鹿ではない。

 きっと『海耀石』に変わる別のものにて、その頂点を維持し続けるだろう。

 抜け目が無いから――王と上層部は。

 と、そんな凪国を強大国にのし上げた『海耀石』。

 それすらも超える石の存在が凪国で見付かったとなれば、世界の勢力図は更に変わらなくなる。

 いや、その前にそんな石が見付かったとなればある程度の騒ぎになるだろう。

 特に、この鶯州の隣にある瑠夏州ならすぐに噂が聞こえてくるはず。

 なのに、果竪は聞いた事などなかった――一度も。

 それは明らかにおかしい状況だった。

 それこそ、故意に隠しでもしない限りは――。

『自分の財を増やす為には、新たな鉱石の存在をも国から隠し』

 先程の蓮璋の言葉が蘇る。

 新たな鉱石を……国から隠した?

「王妃様の思われている通りですよ」

 蓮璋の声に果竪はハッとして哀しげに微笑む青年を見た。

「蓮璋……」

「そう――なまじ、『海耀石』を遙かに凌駕する力をその石が持っていたばかりに、その悲劇は――」

 蓮璋は拳を握りしめる。

「いえ、違いますね。その石はただのきっかけに過ぎなかった。深々と燃えたぎる怒りと激しい屈辱を募らせ、それらを憎悪と殺意に変え続けていたあいつが、暴走するきっかけが……たまたま、あの石の発見でした」

 驚く果竪達を見つめながら蓮璋は思い出す。

 この話を語るには、あいつとの思い出も語る事になる。

 それは、蓮璋がズタボロにされた心と共に鉄製の箱に投げ込み隠したものだった。

 その相手とは、昔からの付合いだった友だった。

 かたや、名領主と謳われた父を持つ息子のあいつ。

 かたや、その領主に仕える貴族の息子の自分。

 幼い頃から共に学び、共に遊び、いつか自分は身分を超えた友人に仕えこの領地を更に発展させていく。

『見ろ、蓮璋! この広がる世界を! これが俺達の住む故郷。そして俺達が治めていく領地なんだ――』

 偉大なる父に憧れ、いつか自分がこの地の領主として支えていく。

 それを夢見てキラキラと瞳を輝かせる友を、蓮璋は心強く思っていた。

 何が悪かったのだろう。

 何処までも真っ直ぐだった心は見る影も無く折れ、清かった心はグズグズに腐り果て、友は堕ちていった。

『俺は、昔からお前の事が大嫌いだったんだよ!』

 にやけた笑み。

 のしかかる重み。

 顔にかかる生温かい息と体を這いずり回る手。

 服をはぎ取られ、沢山の手に押え付けられながら、その後に与えられた痛みは――。

『お前は一生俺の下でイヤらしく鳴き続ける奴隷なんだよ!!』

 太股の内側に、ジュウウと肉を焼く音と激痛が蘇る。

 ―――――!!!!!

「蓮璋!」

「っ!」

 ハッと我に返った時、蓮璋は自分の両肩を掴む必死な形相の老師と向かい合っていた。

 また自分が床の上に尻餅をついている事にも気づく。

 茫然と立ち尽くす王妃とそれを守ろうとする明燐が自分を訝しげに見下ろしているのが分かった。

「え……お、オレ、は」

「突然ひっくり返って叫びだしたのだぞ?! 一体どうしたのじゃっ」

「……オレ」

 呟きながら無意識に持ち上げた手を見れば、ガタガタと震えている。

 これは……あいつの事を思い出したからだろうか。

 蓮璋は自分の震える手を反対の手で押え付けた。

 今からこれでどうするんだ。

 王妃様に全ての事情を説明するには、あいつとの事も話さなければならない。

 それどころか、最終的にはあいつと対決する予定なのだ。

 なのに思い出しただけでこのざま。

 もう大丈夫だと思っていたというのに――。

 二十年以上だ。

 二十年以上もの時が経っている。

 たとえ数千年を軽く生きる神々にとっては二十年などあっという間だとしても。

 それに、計画を立てた時は大丈夫だったではないか。

 あいつと対決すると決めた時、自分は平気だった。

 だから大丈夫だと思った、克服出来たと思った。

 だが、体に及ぶ震えは、蓮璋の心の傷が癒えていない事を如実に表わしている。

「……蓮璋、まさかあの時の」

 事情を知る老師の言葉に蓮璋がカッと目を見開いた。

「――っ!」

 引きつる喉。

 声にならない叫び。

 極限まで見開かれる瞳がグルリと動く。

 鎖でがんじがらめにして奥底に沈めた禁忌の箱がガタガタと音を立てる。

 まだ、大丈夫だ。

 まだ、箱さえ開かなければ。

 しかし、強固な鎖の抵抗すらものともしない強い力で箱が少しずつ開かれ、そこから漏れ出した黒いものが蓮璋へと忍び寄る。

 その、忌むべき記憶を鮮明に呼び起こすべく触手を伸ばし、ついに蓮璋の脳裏に悪夢としか言いようのない光景が――。

「しっかりしなさい!」

 鋭く飛んだ叱責。

 頬に浴びた強い衝撃。

 それは蓮璋を飛ばすと共に、同時に蘇りかけていた悪夢すら吹っ飛ばした。

「め、明燐、殿」

 茫然と明燐の名を呼ぶ老師。

 だが、それ以上に蓮璋は尻餅をついたまま茫然と明燐を見た。

 輝く美貌が自分を見下ろし、ゆっくりと濡れた薔薇の唇が妖艶に動いていく。

「――我に返ったようですわね」

 美しい玉響の如き声音が蓮璋の耳に優しく木霊した。

「明燐、なんて事を!」

 焦る果竪に明燐は淡々と告げる。

「ただのショック療法ですわ」

「しょっ――」

 にしては、力一杯殴った気がするが。

 蓮璋の吹っ飛ぶ姿を目の当たりにした果竪は責める様に明燐を見つめるが、友人はさらりとその視線を無視した。

「それに、蓮璋が落ち着いたのだから結果オーライですわよ」

 明燐の開き直った態度に果竪はガクリと項垂れた。

 どうして明燐はこうなのか。

 まあ――鞭とか出して殴らなかった分良かったのかもしれないが。

 明燐が蓮璋の元にしゃがみ込む。

「それで、パニックは落ち着きました?」

「……あ」

 パニック?

 明燐は、自分の状態をパニックと言ったのか。

 という事は――。

「心の傷は誰にでもあるもの。大切なのは、それと上手く共存する事ですわよ」

「――っ」

 目を見開く蓮璋に明燐は微かに微笑むと、優雅に立ち上がった。

 一方、蓮璋は茫然としたままだった。

 明燐は気づいている。

 これが、蓮璋の負った傷によるものだと。

 詳しい内容は知らずとも、傷だと気づいた上で彼女は何も言わずに手を下したのだ。

 蓮璋はぼんやりと明燐を見上げた。

「早く立ちなさい」

 聞きようによっては冷たい言葉。

 でも、蓮璋は向けられた視線の中に入り交じるそれに気づき、ゆっくりと立ち上がった。

「さあ、説明の続きをお願いしますわ」

 明燐は何も言わない。

 言わないが、それとない仕草に出ている。

 蓮璋の傷に気づきながらも、そのプライドを傷付けぬように立ち振る舞う姿。

 哀れだと慰めるのでもなく、なんて事をと不憫に思うのでもなく、乗り越えろと叱責するわけでもなく、可哀想と同情するのでもなく、ただあるがままに受け入れた。

 そう――蓮璋が欲しかったものを、明燐はあっさりと行ってくれた。

 心の傷を持ったままの自分を責めるのでも哀れむのでもなく、そのままの蓮璋を普通に扱ってくれた。

 自分の事を知った者達が哀れみ同情の眼差しを向ける中で、ただ一人――。

 蓮璋の中で育ちゆく恋心が、その時ぶわりと、本人にも嘘のつきようがない大輪の花を咲かせた。

「――明燐、ありがとう」

 蓮璋の笑みに明燐が首を傾げた。

「あら? 私が何かしました?」

「蓮璋、殴られた場所大丈夫?」

 王妃の心配に笑みを返すと、蓮璋はスッと表情を改めた。

「ええ、大丈夫です。すいません、話を続けましょう」

 もう、蓮璋の指先は震えてはいなかった。

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